21話 修復槽
僕らは部屋の中央に水を満たしたバスタブの様なものが置かれた部屋に案内された。
壁沿いにも怪しげなものが浮かんだ水槽が並んでいる。
アマリア学長がそのバスタブを指さす。
「修復槽に服のまま入れてください」
修復槽というらしい、とりあえずメサを入れ抱きかかえていた手を放す。
ゆっくりと沈んでいくメサを見つつ・・・ふと気になったことを聞いてみる。
「これって溺れない?」
「溺れる? その認識はありませんでした」
「わぁ!!」
人形のアマリア学長にとって呼吸するって概念は無いのかもしれない。
僕は慌てて沈んでいくメサを掴んだ。
「オチツケ下僕。大丈夫ダ、溺レル様子ハナイ」
帽子のはーちゃんに大丈夫だと言われても判断に困る。
確認のため、そっと水面に顔をつけて息を吸ってみる。
「この水、中で息ができる!」
「水ではありません、高密度に圧縮された魔力です。回復に特化していて、浸けた物を修復します」
触れたところから何か力の様なものを感じる。水のように濡れる様子もない。
「へーー」
「魔術師であるなら外見に惑わされないことです」
表情の変わらないアマリア学長だが、得意げに感じるのは気のせいだろうか。
「オレモ入レロ」
はーちゃんに催促され、そっと頭から外して沈める。
衣類の類も修復されるみたいだ。
メサの顔色も見る間に良くなっていく。
「さて、ノエインさん、先ほどの話ですがメサとの契約を知っている人間は他にいますか?」
アマリア学長からの質疑が再開された。
「いません。森で僕がメサと出会ったことを知る人もいないと思います」
「それは非常に幸運です。アマリアもこのことはプライベート案件として秘匿させていただきます」
アマリア学長は目をつむり胸に手を当てて何かを誓う素振りをする。
「プライベート案件?」
「気休めでしかありませんが、理事長は道具に人と同じ権利を認めています。そのためプライベート案件とすることで、情報開示を拒否することができます」
人形が主人に対して秘密を持つ? 予想外の内容に驚く。
ゴルグレーの外では人の生きる権利すら怪しいっていうのに。
「理事長ってどんな人なの? 見た感じすごく恐そうだったけど・・・」
第一印象は邪悪な魔術師で、とても人権とか考える人じゃないって思うけれど。
「理解しがたい魔術師です。権利を犯すことで嫌がる人形が理想だとのことで」
「鬼畜だ!!」
「話が脱線しています。メサの存在や能力は国家機密に該当し、今回の話が国に伝わると諜報活動を行ったとしてノエインさんは重罪、最悪処刑対象となります。理事長を含め学園関係者についても話した場合の安全を保障しかねますので、決して他言しませんように」
アマリア学長が部屋の奥にある薄汚れた水槽を指差す。
「最悪、あの様になるとお考えください」
各水槽には壊れた人形や怪物の死体、変異した人の腕、そして―――幼い子供の首が浮いていた。
「うわぁ・・・理事長がこれを?」
「成り行きにより入手したものです。理事長が直接手を下したわけではありません」
「あの子供の首って本物だよね、なぜこんなところに?」
鋭い刃物で切断されたみたいだ、惨いことをする。
「貴重なものだからです。詳しくは機密事項のため説明できませんが」
「子供の首が機密事項って」
「ノエインさんもあれらと同じ区分になったとお考えください」
つまり処刑後に死体を水槽に浮かべられると。兄上、僕はヤバイ所に留学してきちゃったみたいです。
「話したらダメなのはわかったけど、どうしてアマリア学長はこのことを秘密にしてくれるの?」
「理由は色々とあります。一つは人命尊重が理由ですが、知識の探求や国家間の関係、知らないことにすれば責任を回避できるとする理事長の意向も大きな割合を占めています」
また一つ理事長の評価が下がった。
「メサとの契約って一体どんな効果があるの?」
契約のおかげで僕は膨大な量の魔力を使えるようになったみたいだけど。
「これまでメサと契約できた人間は存在せず、効果は不明です」
効果が不明なのに国家機密として扱われるんだ・・・
自分の知る限りだと、契約の大半は借用書や奴隷の拘束が目的で、恩恵のあるものはあまり聞かない。大昔に作られた魔道具とかは、契約することで凄い力を発揮できるようになるものがあるらしいけれど。
「彼女自身についても不明なことが多く、判明しているのは闇属性の補助魔術に優れていること。また、本人の証言から、滅びた魔術国家群の生まれで英雄を造るのが目的だと記録されています」
重要そうなことをあっさりと説明してくれた。
「英雄を造る? じゃあ契約した僕は英雄になったってこと!?」
そういえば、抜いたら英雄になれる剣の物語を聞いたことがある。
兄上のようになるのは夢だったけど、まさかのタナボタだ!
「ノエインさんの状態を見るに、現状の効果は力の無い者に魔力を供与する魔術と考えられます。現状、確認した限りでは特段の能力向上もなく、心身の変質は確認されていません」
いつの間にかいろいろと調べられていたみたいだ。
「変質?」
「一般人が突然英雄になったとしたら、変質以外の何物でもありません」
兄上は・・・もともと一般人じゃなかったと言うべきか。
まあ、山ほどの魔力が使えてメサとはーちゃんの支援があれば余裕で英雄になれる気もする。
「あと、こちらが本題ですが、メサの魔術には注意が必要です。メサが停学になる原因となった事件の内容は聞きましたか?」
「黒の会の報復にあった際に、黒魔術で周りを巻き込んで死人を出したから停学になったって・・・」
色々と急すぎて僕はメサのことを全く知らない。
ただ、彼女が無暗に人を巻き込むような人物には思えなかった。
「死んだのは使い魔と襲撃者で、通常であれば正当防衛として停学にはならないはずでした」
「じゃあ何で停学に?」
「主な理由としては耕作地を毒沼に変えたこと、危うく酷い食糧難になる状況だったと記録されています。次に他人の使い魔を無断で使役したこと。そしてこれが大きな要因ですが、制御不能なアンデットを大量に発生させたことです」
「アンデットを発生させた?」
特定の物は魔力が貯まるとモンスター化する。
死体も魔力を注いだりするとモンスター化するのだろうか?
「基本的に死霊魔術は禁忌とされ―――」
話しの最中、不意に修復槽の液面が波立ち、
「ぷはああああぁぁぁ!」
声を上げてメサが飛び出してきた。
「溺れるところだったぞ! 我を殺す気か!」「全快シタゾ」
大声で怒られるも安心する。
はーちゃん共々、元気になったみたいでよかった。
「何がよかっただ! 元はと言えば汝が馬鹿みたいに魔力を使ったのが原因ぞ! どう落とし前付けてくれようか・・・」
怒り心頭のようで、ワキワキと手を動かし今にも飛びかかってきそうだ。
魔力を貰った上に問題を起こした身としては何の反論も出来ない。
「えっと、お手柔らかに・・・」
身構えていると、
「メサ、そこまでです」
アマリア学長が間に入った。
「アマリア!? なぜここに?」
「ここが理事長の研究室だからです」
「な゛」
メサがたじろぐ。どうやらアマリア学長が苦手みたいだ。
「久しぶりですね、いい機会なので全身の検査をします。服を脱いで診療台に上がってください」
「待てアマリア、ワシはこれから下僕と大切な話があってな!」
修復槽を出ようとするメサの前にアマリアが立ちふさがる。
「残念ですがアマリアも最優先事項として、メサに重要かつ大切な話があります。今回の件についてもですが、3年間にわたって検査を受けていないのは許容できません」
検査、随分とサボってたんだ・・・
「ぐぬぬ」「諦メルッキャネーナ」
逃れられないとわかったのか、メサは肩を落とす。
アマリア学長が僕の方に向き直る。
「ノエインさんはもう遅いので寮の部屋にお戻りください。医務室にはアマリアから魔力が戻って退院になったと伝えておきます」
「あ、ありがとうございます」
セルネル先生に何て説明しようか悩んでいたところだった。
なんとか寮の鍵は持っているから、医務室に残っている荷物の回収は明日以降にしよう。
「あとコレを」
アマリア学長から分厚い本が手渡される。
「これは?」
「メサが黒の会に襲撃された際の調査資料になります。気休めですが、たとえ機密であっても自身の命に関係することを知る必要があるとアマリアは考えます。不明な点については後でメサ本人からお聞き下さい」
「我はしゃべらんからな」
「・・・・」「・・・・」
メサの拒否に場が静まる。
「ノエインさん、メサには良く言い聞かせておきますので、寮にお戻りください」
アマリア学長から黒いオーラを感じる。
早々に帰ろう。
「わかりました。それじゃあメサを頼みます」
「おい、待て下ぼっ」
逃げ出そうとするメサをアマリアが掴みあげた。
「さてメサ、折角なので採血から始めましょう。3年分も取らないといけませんからね」
「待てアマリア! 3年分も血をとったら死んでしまうのじゃ! というかそんな必要がどこに―――」
反論するメサをアマリア学長が締め上げる。
「教育としての必要があります。逃げればなかったことに出来るといった甘い考えは、早々に修正するべきです」
賑やかな二人を置いて僕は部屋の外へと向かう。
ぱっと見、この部屋には碌な医療器具が無かったような気がするけど・・・
「アマリア!、その―――それは、採血用の注射器に見えぬぞ!」
「アマリアの認識ではメサは丈夫です。もしもの場合は修復槽があるので問題ありません」
「問題だらけなのじゃ! 待って、待って! あ゛ーーーーーー」
メサの悲鳴から逃げるように僕は部屋を後にした。
明日は我が身かもしれない・・・
修復槽の秘密①
「人形は再生能力が無いため修復槽でのメンテナンスが必須となります」
「これって重傷を負った人にもよく使ってるの?」
「欠損が多いと変異が発生する可能性があるため、基本人への使用はしていません」
「え゛」
修復槽の秘密②
「修復槽はなんでバスタブ型に?」
「理事長の趣味です。入る際に服を脱ぐよう嘆願されます。不要なため応じませんが」
「変態だ!」
アマリアとメサ
「今回、メサは主への口のきき方も勉強する必要があると認識しました」
「違うぞアマリア、ワシが主で奴が下僕だ!」
「ノエインさんが下僕に? 嘘の可能性は低いみたいですが・・・アマリアの理解を超えています。とりあえず国賓への失礼が無いように言語の矯正を図ります」
「どうしてそうなるのじゃ!」