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17話 喪失(2)

 夕暮れ、人の気配で目が覚めた。講義を終えたサラーサがまた見舞いに来たみたいだ。


「エリル、少しは元気になった?」

「体は元気だよ。だけど、運動不足でなまっちゃいそうだよ」

 医務室で寝起きするようになってからもう5日目も経つ。

 外に出たかったが病室の扉は魔力で開閉するタイプで、今の僕には開けることができず閉じ込められたような状態になっている。


「何か必要なものはある? 鍵を貸してくれたら部屋から持ってくるわ」

「大丈夫だよ! それぐらいは自分で取りに行くから」

 すでに色々と面倒を見てもらっていて、これ以上サラーサに迷惑を掛けるのは申し訳なさすぎる。それに僕の部屋にはちょっと問題があるモノも置いてあるし・・・。


「それは脱走するということかしら?」

 背後から冷たい声が突き刺さる。セルネル先生だ。

「もちろん先生の許可を取ってから行きますよ!」

 慌てて僕は答える。セルネル先生の話はどこまでが冗談なのか判断しずらい。

 まあ、全部本気で本当に僕らを実験動物として見ているのかもしれないけれど。


「それにしても魔力(マナ)が回復しないわね。ひょっとかして、あの病気だったりするのかしら・・・」

「あの病気?」

「ちょっと前に世間を騒がせた、魔力(マナ)が体に定着しなくなる病気よ。最近は噂も聞かなくなったのだけど・・・」


「どのくらいで治るんですか?」

「残念だけど、この病気に関しては碌な記録が無くてね。魔術師にとって魔力(マナ)が無くなるなんて致命傷だから患者は発病をひた隠しにするし、おそらく治癒ちゆしなかったであろう魔術師達は姿を消しちゃったわ」

「そんな!!」

 僕は恐ろしい可能性に声を荒げた。

 サラーサも顔をこわばらせる。


「その年は自殺や行方不明になった魔術師がちょっと増えたけど・・・大半の患者は自然治癒したと考えられているわ。まあ、どうなるかしばらく様子を見ましょう」

 慰めるような口調と裏腹に、僕を見るセルネル先生の目は新しい獲物を見つけたように爛々と光っている。


「わかりました・・・」

 まあ、逃げ出したところで行く先もないし、実験されるのは嫌だけどそのうちに治ると思いたい。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 セルネル先生を交え雑談をしていると夕食の時間を知らせる鐘が鳴った。

 寮の食堂に向かうサラーサに続いてセルネル先生も出かけるらしく、2人を扉まで行って見送る。


 2人が医務室から出ていくのを確認して・・・僕は病室の扉にそっとスリッパを挟んだ。

 こんなチャンスを待ってたんだ!


 僕は病室を出て・・・扉の正面に置かれた棚に向き合った。

 扉に付いた窓からうっすらと見える上に、開け閉めされるたびに気になって、どうにかしたかったコイツ。目玉の入った瓶に手をかける。

 何気なく扉の方を見る度に、目が合ってぶっちゃけ気分が悪かった。


 瓶をそっと回転させる・・・・も、目玉は瓶の中で回って相変わらず僕の方を向いていた。

「なっ!」

 2度3度繰り返しても結果は一緒だった。


「うーん、それなら・・・」

 僕はその辺りにあった布を手に取る。

 そっと布を被せようとしたその時、突然目玉が跳ねて封を破って瓶から飛び出した。

「うぁ!」

 余りのことに驚き、尻餅をつく。


「あいたたた、一体何が?」

 周囲を見回すと、飛び出した目玉は医務室の出口付近に転がっていた。

「やばい」

 僕は慌てて目玉を追いかけ掴む。

 ぬるぶちょっとした感触に閉口する。と・・・


「先生、さっき話した病気は感染したりしますか?」

 廊下の向こうでサラーサの不安そうな声が聞こえた。

 さっきまでそんな気配を微塵も感じさせなかったけれども、

 サラーサも国を背負って来ている、当然の不安だろう。


「恋人同士がするような濃厚接触をしない限り感染はしないとされているわ。・・・もしそういった関係なら実験も兼ねて同じ病室に泊めてあげても良いけれど?」

「そんな関係は全くありません!」

 サラーサの怒る声が響く。とりあえずサラーサにうつすなんて最悪な事にはならなさそうでほっとする。


「そう? 随分と尽くしてあげているように見えるのだけれど」

「あくまで学友としてです」

 学友の域を超えて母親みたいな勢いだけど。


「先生、エリルは良くなるんですか?」

「良くなるか、ねぇ・・・・」

 サーラサの質問にセルネル先生が言い淀む。

 僕は気になって聞き耳をたてる。


「この5日間で魔力(マナ)を吸収する素振りが全くないわ。魔力(マナ)の吸収効率が悪いのかもしれないけれど・・・この学園内、高濃度の魔力(マナ)の中で回復しないとなるとさっき話した病気の疑いが濃厚ね。ただ稀有な病気だし、診断を下すとしてもひと月かかるわ」

「ひと月・・・長いですね」

「長い? 医務室としてはもう結果が出たに等しいわ」

「結果が出てるって、どういう意味ですか?」


「退学ということよ」

 端的な答えに僕は絶句した。僕が退学に?


「退学!? 休学ではなくて?」

 僕を代弁するようにサラーサが食って掛かる。


「何を根拠に休学と言っているのか知らないけれど、休学して学園に残った事例はないわ」

「でも先生! 休学して学園に残ったって生徒が一人・・・ひとり・・・・」

 詳細を説明しようとしてサラーサは言いよどむ。

 彼女のことを話すのはきつく口止めされている。


「何を言いたいのか想像はつくけれど、事例が無いのだから口を慎むことね。そして、例の病気だった場合、器欠けと言われているけれど魔力(マナ)がゼロになってしまったら回復する見込みはないの」

「さっき大半の患者は自然治癒したって・・・それに詳しい情報はないって話だったかと思います」


「唯一、だけど確定的な症例があるわ。公にはされていないけれど、ゴルグレーの前国王はこの病気が原因となって崩御されたわ」

「ゴルグレーの前国王が・・・」

「1年以上様々な治療が施されたけれど回復しなかった」

「・・・」

 僅かな沈黙が随分と長く感じる。


「・・・エリルには何て説明を?」

「特に説明をする気はないわ。ここは病院じゃないし1~2週間データを取ったら自宅療養ってことでセルバウルに帰ってもらうわ。例の噂に信憑性がついて国交としては怖いことになりそうだけど、私には関係のないことだし」

 僕は目の前が真っ暗になった。


「ずいぶんと短かったけどセルバウルからの依頼はこれでおわりね」

「依頼?」

「何かあったらここで保護して国に送り返すってこと。抵抗されたら麻酔を使う予定だったけど、前と違って今回は楽に済みそうでいいわ」

「先生それは・・・」

「いつも通りのお仕事なのに先生得しちゃった。サラーサちゃんは優等生だから変な面倒はかけないわよね?」

「・・・」

 何かとんでもない会話がされている気がするが全く耳に入ってこない。


 血が滴るほどに手を強く握りしめる。

 力を籠めれば勝手に雷を発動していた力は、今や微塵も感じられない。


 セルバウルから笑顔で送り出してくれた人達の顔が思い浮かんだ。

「エリル様! この国の未来を頼みます。ぜひとも活躍して、魔術師どもの鼻をあかしてやってください!」


 渋い顔をする父上の顔が思い浮かんだ。

「将来のためとはいえ、我が子を元敵国に送り込むことになろうとはな。だが、いかなる手段をもってしても国を守り支えるのが騎士の務めだ、しっかりな」


 心配そうな母上の顔が思い浮かんだ。

「悪鬼共の巣に一人で行かせるなんて、母は未だに認めたわけではないですからね! 身の回りのこととか手が回らないのではなくて? 立派になんてならなくていいから、無事に、無事に帰ってくるのよ」


 怒る姉上が、

「確かに得られるのがあるのかもしれないけれど・・・これではまるで人質じゃない! せめて 毎週手紙を送りなさい。何かあったら兄貴を切り捨てて助けに行くからね!」


 そして、喜ぶ兄上が、

「無理を言う。しかし、俺では成し得ぬことだ。人の未来、平和のためにエリルがセルバウルと魔術師の国を繋ぐんだ。たのんだぞ!」


 ここまで、ここまで来て退学処分に?

 しかも病状によってはもう魔術を使うことが出来ない。


 ・・・僕はみんなの期待を裏切ったのだ。


(もう無理だね)(父上の面目は丸つぶれだ)(兄上の苦労も水の泡)(国に帰れば一生昏い屋敷の中さ)(魔術師は人をますますあざけるだろう)(夢見た未来はもう掴めない)

 陰鬱な気配が背後から迫り心を押しつぶす。


(見つけた)


 なんとなく手を引かれたような気がして医務室の扉に触れると、音もなくそれは開いた。


(さあ外に出て、助かりたければ)

 特に考えもなく医務室の外に出る。


 奥の廊下から人が向かって来る足音がする。

(走るんだ、捕まる前に)

(こっちだよ。こっちにおいで)


 僕は何故か居ても立ってもいられなくなり、無我夢中で走り出した。

 見えない何かに誘われるがままに。

ちょっとしたホラー回に?


①セルネル先生とサラーサの話は続く

「エリルさんの体にも興味はあったのだけど、お兄さんから色々と貰ったおかげでセルバウルの研究も進んだし、もういいかな」

「セルバウルの研究? いったい何を貰ったんですか?」

「向こうの人の死体とかをね」

「・・・・」


②目玉はエリルが聞き耳を立てている間に手から脱出しました。

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