14話 白の会
「おまえがノエイン・エリルか?」
ある日の講義の終わり、僕は白いマントを付けた学生達に取り囲まれた。
「そうですけど・・・あなた方は?」
応えると白マントの学生たちが道を開ける。
「会長、こいつで間違いないみたいです」
「方々、その子は捕縛対象ではありませんので、下級生とはいえ礼節を持って対応してください」
声と共に淡く光る人物が僕へと向かってきた。
「口が悪くて済みません。わたくしはサンラーク・フィーア。始業式でご挨拶させていただきましたからお覚えになられていると思いますが、白の会の会長を務めさせていただいてます」
落ち着いた物腰でフィーア先輩は話してくる。
ただ、周囲の取り巻きが威圧してくるせいで、捕り物のような雰囲気だ。
「急に押し掛ける形になってすみませんが、お聞きしたいことがあります」
「えっと・・・なんでしょうか?」
「最近、魔術で姿を隠して講義に参加している学生をご覧になったとか?」
色々な人に聞いて回っていたのが白の会に伝わったみたいだ。
「はい、そうです」
嘘をついたところで仕方がない。
「あなた以外の学生や、先生にすら全く見えていなかったと聞いていますが、本当に?」
「そうみたいで。ステンス先生から聞いた話では、姿を隠す魔術以外に精神系の魔術も併用して使ってるとか。これまで停学になっていた学生らしいんですけど、お知り合いですか?」
「停学になっていた学生?」
空気が変わる。
フィーア先輩の纏う光が赤みを増したような気がする。
取り巻きの囁き声が聞こえる。
「ここ数年で停学になった奴なんていたか?」
「退学やになった奴はいるが停学なんて聞いたことはないぞ」
「いや、過去に退学処分にならなかった奴が一人だけいるぞ」
「・・・その人型は小柄で、体格に合わない大きな魔法帽を被っていませんでしたか?」
フィーア先輩は笑顔で問いかけてくるが、背筋に冷たいものが走る。
「その、体格についてはわからないですが・・・大きな魔法帽は被っていました」
何か因縁でもあるのだろうか?
「奴だ・・・」「まだこの学園都市に居たんだわ」「あいつに違いないよ!」
「俺は知らないぞ?」「昔の話だ、思い出したくもない」
周囲がざわつく。
「お静かに」
フィーア先輩が注意をすると彼らは一瞬にして静まった。
「9年も前の話ですが、おそらくそれはわたくしが小等部の頃の同級生です。大きな問題を起こして、わたくし達の前から姿を消しました」
「9年前に?」
ステンス先生の少し前ってそんな前か。
「基本、問題を起こした学生は退学させられます。彼女の場合は、おそらく国が放逐するのを渋って退学させなかったと考えていいでしょう」
「一体何が?」
「彼女は流浪の魔術師でしたが、精神系などを含む黒魔術が得意でその能力を認められて中等部に転入しました。後になって聞いた話ですが、当時暗躍していた黒の会という犯罪に手を染めた派閥から支援されていたとも」
「じゃあ、彼女も何か犯罪を犯して停学に?」
「いえ、彼女は犯罪に加担していなかったらしく、むしろ反目して黒の会が行っていた犯罪を暴露して解散に追い込みました」
「悪い派閥を正したの? なら・・・」
停学になる要素は無いように思うけれど。
「詳しくは何とも。それで終わっていればよかったのですが、その後彼女は黒の会の残党から報復を受け、禁忌に手を染めました」
「禁忌って一体何を?」
「精神魔術で様々な者を無理やり操って襲撃者と戦わせ、多くの死者を出すに至り彼女は停学処分となりました」
「精神魔術で人を操った上に死人まで!?」
幾ら身を守るためだったとしても、無理矢理に他人を巻き込むなんて正義に悖る行いだ。
「事件の全容は不明な点が多く、また知っていたとしても禁忌に触れることとして話すことが禁じられています。ただ、わたくしもその事件で大切な家族を失うことになったとだけ」
「心中お察しします」
と、そっと取り巻きの一人が口を挟んだ。
「会長、大切だったのはわかりますが、その話し方では誤解を与えてしまいます」
「―――――ええそうね。家族といったのは使い魔のことです」
そう言うフィーア先輩の目は笑っていない。人じゃないからって許せるわけではないけれど、僕の中で彼女の悪行度は少し下がった。
「とりあえず、彼女の黒魔術は先生方も見破れないほど高度なものです。しかし、あなたは黒魔術への耐性が随分と高いようで、惑わされていないと見受けられます」
フィーア先輩が僕を正面から見つめる。
「黒魔術の使用をやめさせるために、わたくし達に協力していただけませんか?」
「彼女が隠れるのもわかる気がします。姿を現したらまた黒の会に襲われるのでは?」
「黒の会はすでに関係者全員が追放されて学外含めドラグノーツから居なくなっています。それに、すでに事件から数年が経っているため報復を考えるような者はもう残っていないでしょう」
本当だろうか? フィーア先輩達の様子を見るに俄かに少し信じがたい。
「僕の方で魔術を使わないように説得するので、任せてもらえませんか?」
今のところ悪いことをしている気もしないし、できれば穏便に済ませたい。
「エリルさん。学内で、しかも生徒全員に影響を及ぼす黒魔術を使うような輩が、いち学生の説得で行いを改めるはずがありません。確実に風紀を守るためにも、捕縛して魔術を使用できなくするべきなのです」
嫌な予感が的中した感じだ。
「どう考えても彼女は抵抗すると思いますが・・・」
「多少傷つけることは致し方ありません。魔術師の世界というのはそういうものです」
「魔術を封じたら、危害を加えようとする輩が出た場合に彼女は身を守る術が無くなると思うんですけど?」
「そうならないためにも彼女の身柄はわたくし達が管理します」
サラーサから聞いた学生を監禁したというのは根も葉もないうわさじゃなかったみたいだ。
たとえ過去に問題を起こしたとはいえ、同級生に足かせを平気で履かせようとする考えに僕は賛同できなかった。
「協力するのは少し考えさせてください」
とりあえず僕だけで説得してみよう。強硬手段に出るのはそのあとでも良いはずだ。
僕の返事を聞いて取り巻きが非難の声を上げる。
「ここまで会長に言わせておいて!」「貴様、何を言っているのかわかっているのか?」「これだから田舎者は!」
「みなさんお静かに。協力が得られないのなら致し方ありません。無為な魔術の行使が如何に危険か、いずれエリルさんにも分かっていただけると思います。今回は彼女が学園に居るのが分かっただけでも行幸です。わたくし達だけで対処を考えましょう」
そう言うとフィーア先輩は軽く会釈をして去って行った。