13話 顔の見えない同級生
オリエンテーションも終わり、待望の学生生活が始まった。
魔術師の学校と言っても1年生では魔術を使う講義も少なく、大半はAランクの学生と合同の座学だった。学園に来る前にジャン王子が手配してくれた家庭教師や教材でそれなりに勉強してきたつもりだったけれど、講義の内容にまったく追いつけず遊ぶ間もなく勉強に明け暮れることとなった。
赤点はサラーサに色々と教えて貰うことでなんとか避けられそうだ。代わりにSランクの講義内容を教えることになったけど、少しぐらいなら話しても大丈夫だよね・・・
そんな勉強漬けのある日、回復魔術の講義を聞くために入った教室で、見慣れない不思議な学生に僕の目は釘付けになった。
大きな帽子を被っていて、帽子の下は影に覆われていてほとんど見えない。
帽子が時折不自然に動くが、教室の誰もそれを気にする様子はない。
誰かの使い魔なんだろうか?
隣のサラーサに小声で囁く
「ねえ、サラーサ、最後尾に座ってるアレって何?」
「なにエリル? 何か変な物でもあった?」
サラーサはそっと後ろを伺うが、特に違和感を感じる所はないといった素振りだ。
「帽子の下が真っ黒の人」
「帽子? 真っ黒? 後ろの席にそんな人は居ないけど・・・もしかして、からかってる?」
サラーサが疑いの眼差しで僕を見る。
「最近、勉強のしすぎで、ふざけたくなる気持ちもわかるけど」
僕ってサラーサに案外信用されてないみたいだ。
「いや、ふざけてるわけじゃなくて・・・」
「じゃあ疲れてるんじゃない? 今度疲れに効く良いハーブを紹介するわ」
「それは嬉しいかな・・ってそうじゃなくて、本当に、本当に後ろの席に居るんだって、黒い変なのが!」
少しムキになる僕の前に人影が立つ。
「エリルさん。今は講義中です。話を聞く気が無いのなら、出て行ってもらって構いませんよ」
回復魔術の先生が眉間にしわを寄せて僕の前に来ていた。
「す、すみません!」
先生に平謝りした後、後ろの席を見ると真っ黒なそれは居なくなっていた。
講義が終わった後、先生を含め学生全員に話を聞いてみたが、みんなサラーサと同じように見ていないと言われてしまった。
僕の見間違いか、誰かのイタズラかだったんだろうか? そう思ってその日は済ませることにした。
が、翌日からその黒い変な人物は様々な講義に出現するようになった。
僕以外には誰もそれが見えないらしく、下手に騒ぐと僕の正気が疑われる始末。
これはセルバウル出身の僕に対する、新手の嫌がらせなのかも。
そんな疑いすら抱いてそれを観察することにした。
神出鬼没ではあったけれど、それは講義以外の廊下でも見かけることがあり、立ち振る舞いから普通の学生みたいだった。人かどうかは置いておいて。
観察していると、ぶつかりそうになった学生はそれを避けていることに気が付いた。
「見えていないわけじゃない?」
避けた学生に話を聞いても、ぶつかりそうになったことすら気が付いていなかった。
他の学生と会話する様子はないが、意図して僕だけに姿を見せているわけではなさそうだ。そういう結論に至った。
ただ、話を聞こうにもそれはすぐに姿を消してしまい、捕まえて話を聞くことはままならなかった。
そんな日々を送ること数日、僕は思い切ってステンス先生に相談することにした。
「姿を消しても人が認識して避ける魔術? ああ可能だとも、精神魔術を使えばいくらでもな」
精神魔術はステンス先生の得意分野だ。
黒魔術とも言われ、忌避される傾向があり、適性のある学生も少ない。
「学生でも出来るものですか?」
「学生でか・・・おそらく奴だな」
心当たりがあるらしい。
「ステンス先生は知っていて?」
「顔を見たことはないが、私の講義にも何回か来ている。前に騒ぎを起こして停学になった学生の筈だ」
「それは―――」
停学、シナール先輩ですら停学にはならなかったらしいのに、一体何をすれば停学になるのだろうか。
「悪い学生ではない、ただ恐ろしい力を持った魔術師だ」
「恐ろしい力?」
「簡単なところだと、一つの精神魔術だけではそこまで存在を消すことは出来ない。つまり、複数の魔術を長時間行使していることになる」
驚くばかりだった。
講義中、下手をしたら一日中複数の魔術を使っているなんて、どれほどの魔力があれば持つのだろうか。
「でも、そんな力を持つのにどうして隠れて?」
「そこまでは知らん。停学になった理由を含め理事長なら知っているかもしれんが・・・知りたければ本人に聞いた方が良いだろう」
ステンス先生も理事長には思うところがあるみたいだ。
理事長に話を聞くのは無理だろう。というか近づきたくない。
ただ本人に聞けと言われてもすでに何度もチャレンジ済みだ。
「それができたら苦労しないんですけど」
「ならば捕まえられるように魔封じの仕掛けを作ってやろう。魔術が使えなくなれば捕まえて話すことも容易だろう」
それは良い手だ。魔術さえなければ追いかけっこは得意だ。
「ありがとうございます!」
「ただし! 設置と起動は友人のサラーサ子女にやってもらえ。貴様が発動したら学園中の魔術が封じられる恐れがあるからな」
ステンス先生の僕に対する評価に凹む。他の先生も最近はそんな感じになっているし。
ちょっとした暴発騒ぎが毎回あるだけなのに・・・
取りあえずサラーサとカナミに手伝ってもらうことにした。
何をして停学になったのかは知らないけれど、できれば友達になりたいと思う。
あと、気になって勉強が手につかなくなってる僕の問題を解決するためにも!