12話 オリエンテーション
始業式の翌日から講義に向けたオリエンテーションが始まった。
Sランクをもらった僕は、同じくSランクになったカナミと一緒のオリエンテーションを受けることになった。サラーサはAランクで別グループになってしまったけれど、講義は一緒に受けられるはずだ。
「Sランクのオリエンテーションて何をするんだろうね? サラーサには悪いけど、楽しみだねカナミ!」
「ん? ああ、そうだな」
カナミは相変わらず興味がなさそうだ。
集合場所にはすでに数人の学生が集まっていた。
「Sランクの同級生だよね! よろしく!」
「・・・・」
近くにいた学生に手を差し出すもガン無視された。
「やめとけエリル。Sランクになる新入生なんて、無駄にプライドの高いお貴族様と奇人や変人の類しかいねーからさ」
集まっていた学生たちが鋭い視線を僕らに向ける。
カナミは笑みを浮かべて彼らを見返し、張り詰めた空気が漂う。
「カナミ、それだと僕の分類は・・・」
僕の問いかけにカナミは振り返り、
「そりゃ間違いなく奇人変人の類だな!」
あっさりと言い放った。
わかってはいたけどショックだ。
「ひどいよカナミ! でも、それならカナミも同類だね!」
負けじと言いかえす。
「お! やる気かエリル? 奇人変人でどっちが上か試してみるか?」
軽い反応とは裏腹に、カナミは手から火球作りだし中に浮かべる。目がマジだ。
「うっわ! さすがにそれはシャレになってないんだけど!!」
そんなやり取りをしていると叱責が飛んできた。
「お前たち、何をやっている!」
先生が来てしまったらしい。
「すみません!!」
咄嗟に声のほうを向いて謝る。
授業が始まる以前に問題を起こしたなんて国に知らされたら、兄上達に顔向けができない。
「へいへいっと・・・なっ!?」
カナミも火球を消して先生の方へ振り返るが、目を見開いて絶句した。
周囲にいた同級生たちも先生を見て驚いた様子だ。
何だろう? 僕もつられて先生を見る。
ぱっと見は背が頭一つ高いだけの先生だ。しかし、先生が近づくにつれて香木のような香りが漂い、肌に特徴的な模様が入っているのが見えた。見た目から感じるそれは、アマリア学長に通じるところがある。
「人じゃない?」
「エリル、あれはエルフって言うんだ」
僕の疑問にカナミが耳元で囁く。
「エルフ?」
「よほどマナの祝福から外れたい者がいるみたいだな」
そう言って険しい目付きをした先生が僕らの前へとやってきた。
「――――――」
珍しくカナミが蒼白になっている。
「お前が噂のガキか」
不躾に先生は何かを確認するように僕を見て、
「ふむ・・・噂は噂、所詮はこの程度か」
勝手に何かに納得した。
「先生、僕の名前はノエイン・エリルって言います! たとえ学生相手とはいえ、ガキ呼ばわりは失礼だと思います!」
「失礼? ガキをガキと呼ぶ行為が失礼だと?」
先生が凄む。
カナミを含め周囲の学生たちが気圧されて後ずさる中、僕は躍起になって先生を睨み返した。
「そうです! それに噂って? 一体何がこの程度だっていうんですか!?」
「ほぅ」
なぜか先生は食って掛かる僕の様子に感心する。
「いいだろう。私の名はエルデ・ザク・ステンス、南に広がる樹海の深き場所からやってきた森の民、エルフという種族だ。マナの祝福を知らぬ者、ノエイン・エリルよ、貴様の名前はよく覚えておこう」
先生の宣告に背筋に冷たいものが走る。
ついかっとなってやってしまった、ステンス先生の講義は茨の道になるに違いない・・・
「さて、少し時間を取ってしまったが案内をはじめよう」
ステンス先生が学生達を見渡すが、僕以外の学生は目を逸らしたり、俯いたりしている。
カナミは目こそ逸らしていないが顔色が悪い。
「Sランクといっても、大半は普通の魔術師か」
ステンス先生が短く呪文を唱えると重苦しい空気が変わり、学生たちが一斉に息を吐いた。
「すでに名乗ったが、私はエルデ・ザク・ステンス、深き森のエルフだ。この学園には依然より世話にはなっていたが、今期からは教師の一人として教鞭を持つこととなった」
ステンス先生は学生たちを威圧するように睨み警告する。
「このことは秘密ではないが、私も、そして学園側もエルフが学園にいると言った話が外に広まることを快くは思ってはいない。なので今後は、口が軽いということが魔術の世界においてどういう評価を下されるか、よく考えて口を開くように」
幾人かの学生が息を飲む。
僕はさっきの呪文が気になっていただので聞いてみた。
「ステンス先生、さっきの魔術は一体?」
「あれは精神系魔術の解除呪文だ。私を含めエルフは姿を晒すことを好まない、が姿を隠すような弱者ではない。そこで編み出されたのが、この畏怖を与える魔術だ」
物怖じしない僕の様子に少し感心したようで、あっさりと教えてくれた。
「精神系魔術は白の会が禁止って言っていましたけど・・・」
「私が学生と同じ土俵に居ると思うな。しかし、貴様は規格外だな。知らぬとはいえ、これは何らかの加護か?」
そう言うとステンス先生は腕を組み黙々と何かを考え出した。
5分、10分と動かなくなった先生に僕は堪らず声を上げた。
「すみません先生、そろそろオリエンテーションを始めていただけませんか?」
話しかけるとステンス先生は少し驚いたようにして僕の方を見る。
「・・・そうだったな。私と違いお前たちにとって時間は希少なものであったな」
そう言うと周囲を見て歩き出した。
「今からオリエンテーションを始める。ついてこい」
ちょっと変わっているけれど、そこまで気難しい人ではないのかもしれない。
「Sランクが使える施設はAランクと比べ決定的に違うものがある。何かわかる者はいるか?」
ステンス先生の問いかけに学生の一人が答える。
「環境の良さと得られる知識の量です」
ステンス先生は首を振る。
「間違いだ。Aランクの施設でも十分な知識が得られるし、場所によってはAランクの方が環境が良いと言える。ランク評価で何をしたかよく考えろ。次!」
それならとカナミが威勢よく答えた。
「戦えるかどうかだ!」
「愚か者め、それはランク評価の目的だ」
ステンス先生は嘆息するも口元は微笑んでいる。
「何が違うか、答えは凶悪な魔物に襲われる可能性があるということだ」
「魔物に襲われる・・・」
学生達が呟く。
「学園内は魔力の濃度が濃く魔物が発生しやすいわけだが、Sランクの施設はさらに濃い場所にある。魔力の濃さは魔術の活性度に関わるが、魔物の発生にも影響する」
セルバウルでは魔物が発生しないため、僕にとっては不思議な話だった。
兄上の話では、戦後に最も頭を悩ませたのは占領地域での魔物討伐だったらしい。
「定期的な見回りがあるとはいえ、Sランクの施設では僅かな間に魔物が育ち人を襲うことがある」
「魔物に襲われた場合は?」
学生の一人が心配そうに質問する。
「各自で処理してしまって構わない。魔物の核を売店に持っていけば報酬が貰える。実験素材として使用することも可能だ。このルールは野外活動にも適用される」
倒せて当然と言わんばかりの返答に学生達は顔を見合せる。
歩くこと数分、禍々しさを感じさせる扉へとたどり着いた。
「Sランク施設に限らず危険を伴う場所では、安全のために必ずペア以上で行動するように。では、これよりオリエンテーションを始める。故意に備品を破壊した場合は各自が責任を負うことになるから注意しろ」
そういうとステンス先生は扉をあけ放つ。
扉の向こうにあった無数の目が僕らの方を見て、咆哮を上げた。
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ドサッ!
オリエンテーションを終えて帰ってきた僕らは寮広間のソファーに倒れこんだ。
「あれはぜってーオリエンテーションとかじゃねーわ」
頭を押さえたカナミが文句を言う。
オリエンテーションで訪れた場所はことごとく魔物の巣になっていた。
最初、カナミは楽しそうに魔物を屠っていたが、最後の方は魔力が尽きたらしく、魔力不足で生じる頭痛にゲンナリしていた。
「そうだね。僕なんて魔術の要素はほぼなかったし」
僕は最初の1回目以降は魔術を撃たせてもらえず、囮として走るだけだった。
「しゃーない。エリルが攻撃したら周囲の備品を含めて跡形も残らないんだから。堅い魔物の核すら残らないとか、どんだけ強力なんだよ・・・」
僕の魔術は力の加減できず、撃つと周囲を破壊した挙句にオーバーキルになった。
ステンス先生にとってはとても興味深かったらしく、今回破壊した備品については先生が責任を持ってくれると言ってくれて助かったけれど。
「こんなに疲れたのは姉上に鎧を着たまま山をランニングさせられて以来だよ」
「お前の姉は鬼だな」
カナミが率直な意見を言ってくれる。姉上には悪いけど、正にその通りだ。
兄上達と同じように姉上も僕に優しかったが、優しさの方向は全く違った。
国を出ても僕が一人で生きられるようにする。
姉上はそんな目標を持って、体力作りから剣術や弓術、馬術、サバイバル術を一通り教え込まれた。
―――鬼のスパルタ方式で。
今回、10階建ての塔を走って何度も昇り降りできたのは姉上のおかげだろう。
姉上に感謝だ・・・もう二度としたくはないけど。
「しかし、他のSランク学生がこうもモヤシばっかりだとか、ひでぇな。威力はともかく、すぐ魔力は切れるわ体力はないわ。しかも、あのエルフはこれも評価の一環だとか言って全く手伝わねぇし。もうまじ、すっからかんだぜ」
オリエンテーションの後半の魔物は、カナミが全て処理したと言っても過言ではない。
と、入り口からフラフラと泥人形が僕たちの方に向かってくる。
「ああ、もうふたりとも、かえって、きてたんだね。 おつかれ・さ・・・ま・・・」
ドサッ
泥人形はサラーサの声を出してソファーの横に倒れこんだ。
いつもの様子からは考えられないほどだ。
「おおっ。お疲れ様サラーサ。そっちも魔物退治とかしたの?」
「ま、まもの・・たいじ? そん・な・・ものは・・・なかったけど。ひ、ひどい、イベントだっ・たわ・・・」
僕らとはまた違った過酷な何かだったらしい。
「おー! おー! 死んでる、死んでる! 死屍累々!」
唐突に元気な声が響く。イーリス寮長だ。
「みんなお疲れー! お疲れー!」
倒れ伏す学生にちょっかいを出しながら、ドリンクを持ったゴーレムを連れてこちらに向かってくる。
ソファーの横に着くと丁度いい場所にあったカナミの頭をペチペチと叩く。
「Sランクの二人は超大活躍だったみたいだね! 掃除ありがとーねー!」
そんな調子のいいイーリス寮長に、カナミの手がさっと伸びてクロスアッパーを掛けた。
「あいたたたたたた!!」
普段だったら止めに入るサラーサは、ゴーレムから貰ったドリンクを一心不乱に飲んでいる。
「ふぅ」
ようやく一息ついたみたいだ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ、散々よ。明日まともに動けるかどうか・・・・」
随分と酷使されたらしい。
「ギブギブギブ!」
後ろでイーリス寮長がジタバタしながら降参の声を上げている。
「どんなオリエンテーションだったの?」
「何かの特訓みたいな内容だったわ! 魔術を魔力が枯渇するまで使った後に、泥で出来たゴーレムに追われてグラウンドを永遠と走るなんて! しかも、追いつかれた学生はそのゴーレムに叩き潰されたのよ!」
「なるほど・・・」
サラーサが腕を振る度に渇きはじめた泥が辺りに散る。
「あのオットーとかいう先生は鬼だわ、まだ口の中が土っぽい・・・」
先生の嬉々とした様子が思い浮かんだ。
「って、こんなところでゆっくりとしている場合じゃなかったわ!」
少し元気を取り戻したサラーサが慌てて立ち上がる。
「急いで大浴場に行かないと!」
言うが早いか走ってロビーから出ていく。
同時に寮の入り口が騒がしくなる。
見ると他の学生たちが帰ってきたみたいだ。
「僕らも行こうかカナミ・・・?」
振り返った先にカナミの姿はなかった。
「おかえりー! 冷たいドリンクだよー! ほらほら欲しいだろー」
泥まみれの学生達をドリンクを持ったイーリス寮長が面白半分に迎え、
「って、まって! まって! 多すぎーーーー」
一瞬にして殺到した泥の中に埋まっていった。
寮生より明らかに多い学生の数にイーリス寮長の話を思い返す。
他に大浴場はなくて、寮生以外にも開放されていると。
今、大挙してやってきている泥まみれの学生達が入ったらどうなるか想像は簡単についた。
「やば!」
慌ててソファーから立ち上がるも、時すでに遅くイーリス寮長を飲み込んだ泥の波に撒きこまれてしまった。
一難去ってまた一難。
出遅れた僕は泥まみれになった戦場のような大浴場を体験することとなった。