10話 始業式 上
ランク評価の翌週、僕らは入学式を兼ねた始業式のため大講堂へと集まった。
大勢の学生がひしめく中で待つこと数刻、壇上にアマリア学長代理が姿を現した。
「新入生及び在学生の皆様、お集まりいただきありがとうございます。これより、始業式を執り行わさせていただきます」
壇上で光に照らされたその姿は雪のように白い。
「はじめに、この場をお借りしてご連絡させていただきます」
そう言うとアマリア学長代理はゆっくりと学生たちを見回す。何だろうか?
「突然の告知となりますが、今学期よりこのアマリアが学長を務めさせていただくこととなりました。不平不満があることは存じておりますが、よろしくお願いいたします。続けて、学長としてのご挨拶を――」
アマリア学長の発言に多くの学生たちが雑つき、続く言葉を遮る。
「本当に?」 「そんな!」 「マジかよ」 「やりやがったあの変態!」
幾人かの教員が学生を宥めているが、中には生徒と一緒になって野次を飛ばしている教員もいて、だんだんと騒ぎが大きくなる。
「サラーサ、アマリアさんが学長になると何か問題が?」
「私も詳しくは知らないわ、ここの学長は色々と問題があるとは聞いていたけれど・・・身分の低い彼女が重用されたせいでみんな怒っているのかも」
名前は単名だと庶子、複名だと貴族、冠が付いて三つになると王族になる。
僕の知る限りだと魔術師の社会は力量で判断されることが多く、身分が低くても力があれば問題にはならないはずだけれど・・・
「んー、問題はそっちじゃないと思うぜ」
カナミがアマリア学長を凝視しつつ話に加わってきた。
「たぶん、ありゃ人じゃねえぞ?」
「人じゃない!?」
確かに前に学長室で合った際も、何とも言えない違和感があったけれど・・・
「外見からは人にしか見えないけれど、本当に?」
サラーサも困惑しつつ、目を細める。
話しているうちにヒートアップした学生達が物を投げつけはじめた。
そのうちの幾つかがアマリア学長の顔に当たり、頬に傷をつける―――が、多少汚れた程度で血が流れる様子はない。
学長室で出会った時のことを思い出す。
気配を全く感じさせなかったアリシア学長、そして部屋に並ぶ姿の似た人形たち。
「・・・人形?」
事情を呑み込めていなかった学生も気が付いたようで、騒ぎが広がり出した。
これ以上は収拾が付かなくなると思ったその時、飛び交っていた物が空中で静止した。
突然の出来事に全員が沈黙する。
「アマリア、なぜ身を守らない?」
静かになった講堂に地の底に響くような声が響く。
やがて、壇上に色白で恐ろしげな風貌の男が姿を現した。
「理事長殿、一介の道具ごときが人の上に立つなどと言えば反感を買うのは必然かと。無暗な行いを強いた場合は、甘んじて批判を受けることも必要だと判断します」
アマリア学長は理事長と呼んだ男に向き直る。
その姿勢は人のようで、人以上に律儀すぎる。
「アマリア、それは間違いだ」
理事長は不自然に優しい笑みを浮かべて切り返す。
「この件は国王陛下にもご承諾いただいている。君への批判は陛下のご采配に対する批判に等しい」
こうなることを想定していたのだろう。
「つまり―――そのような不敬を働く反逆者は厳粛に処罰しなくてはならない」
学生達が息を飲む。
視線を変え学生を見渡す理事長の顔は邪悪なものへと変わっていた。
兄上からゴルグレーの法について重要な点を教えてもらったが、国王への批判は死刑になる可能性もある厳罰だ。
理事長の前にアマリア学長が立ちふさがる。
「でしたら事前に内容を周知すべきであったかと。陛下のお話はアマリアも聞いておりません。ゴルグレーの法では、上位者が情報を隠匿したことによって発生した罪は処罰の対象にはならないはずです」
学生達を守るべく毅然と反論する。
「そうか、そうだな。確かに、陛下のお言葉は伝えていなかった」
理事長はあっさりと引き下がる。
「なので彼らに罪はないと判断されます」
口調は変わらないがアマリア学長も気を緩めたように感じた。
と、理事長が再び邪悪にほほ笑む
「では、これはどう判断するかな?」
空中で止まっていた投石のひとつが落下し――――
バッカ―――ン!
地面に接した瞬間に炸裂した。
「きゃ!」「うわ!」
砕かれた床の破片が周囲に飛び散り、幾人かが悲鳴を上げた。
後にはちょっとした穴が開き、体に当たっていたらどうなっていたことか・・・
「これは・・・」
アマリア学長は床に穿たれた穴を凝視して僅かに戸惑い、
「当機を破壊する意思があったと推定します」
理事長を向いて答えた。
「その通りだ」
空中で静止していた物が落下してバラバラと音をたてる。
理事長は満足そうにしつつ、暗い瞳で生徒たちを見渡す。
「さて、アマリア、襲撃された場合の対応は?」
「自己防衛の後に襲撃者の捕縛を行います」
アマリア学長は機械的に淡々と答える。
「つまり、犯人を捜し出して捕まえる必要があるわけだが・・・証拠も砕けてしまい、今更この中から探すのは非常に面倒だ。そう思うだろ、3年のドロテ・シナール君」
理事長の呼びかけと共に学生の列が一人を残してさっと割れた。
「なっ!?・・・お、俺じゃない!!」
名指しされた学生は驚いて後ずさる。
「ああ、君ではないのかもしれない。しかし、君の行いは色々と聞かせてもらっている」
どちらが悪か、わからなくなるほどに理事長は毒々しい。
「我々に対して大いに不満があるのだろう?」
「それは・・・」
シナールは左右に目を泳がす。
「新入生諸君にアマリアの実力を知ってもらうのに丁度いい機会だ。我がアマリアと決闘といこうではないか」
「なんで俺がそんな人形と戦わないと―――」
「君が勝てばこの就任の話はなかったことにしよう。なんだったら君の希望する人間を学長に任命しても良い」
理事長は甘く囁き、
「まあ、万に一つ、君ごときがアマリアに勝てればの話だがね」
鼻で笑ってシナールを見下す。
「こ、この人形フェチの腐れ変態理事長が! 根無し草のくせに、運よく学校の要職につけたからって、国の一角を担う神聖な学び舎の学長に魔物を就任させるなんて好き勝手をしやがって! その大事な人形をぶっ壊して後悔させてやる!」
理事長の挑発にシナールは激昂して前に出る。
アマリア学長も諦めたようにため息をついて壇上から降りた。
「魔術より勝るものはなし。ここにドロテ・シナールとアマリアの決闘を執り行う」
楽しそうに理事長が口上を述べ、シナールが杖を構える。
アマリアは華麗にお辞儀をするも、棒立ちのままだ。
「始め!」
掛け声と共にシナールが手に持った杖を掲げる。
「炎の雨よ!」
頭上に生じた無数の火球がアマリアに降り注ぐ。
「風よ」
アマリアが手を仰ぐように振ると、風が吹いて火球を吹き消していく。
炎と風の攻防が拮抗する中、シナールは開いた手で懐から3本のナイフを取り出し投擲した。
アマリア学長は僅かに身を捻ってナイフを躱したが・・・
床に落下したナイフが炸裂した。
爆風にあおられてアマリア学長がよろめく。
「油断したな!」
シナールは間髪入れず、アマリア学長めがけて巨大な火球を撃ちこむ。
「終わりだ! ―業火よ焼き尽くせ―」
アマリア学長は動じるよう様子もなく、体勢を崩したまま火球に何かを投げつけた。
それはあっさりと火球を通り抜けシナールの首元に吸い付く。
「なっ! ぐっ」
―――アマリア学長の手首だ!
シナールはそれを慌てて引きはがそうとするも、直後に手首が発した雷撃によって泡を吹いて失神した。
術者を失った火球は勢いを失い、アマリア学長が残った手で軽く振り払うと霧散した。
「ドロテ・シナールを戦闘不能と判断し、我がアマリアの勝利で決闘を終了する」
あっという間の出来事に沈黙する学生達を前に、理事長が終了の宣言をする。
「所詮こんなものか、つまらぬ」
理事長は興味が失せたようで学生に背を向ける。
「アマリア、後の処理は好きにするがいい」
そう言うと理事長は壇上から去り。気絶したシナールも担架で運ばれていった。
「学生の皆様、お騒がせしました。遅れてしまいましたが、学長として新入生の歓迎と始業式のご挨拶をさせていただきます」
壇上に戻ったアマリア学長は、手首をはめ込みながら何事もなかったかのように挨拶を始めた。
「新入生の方々、ドラグノーツカレッジへようこそ。歓迎します。この学園は巨大な地脈の上に建てられた稀有な学び舎です。地脈から湧き出る膨大な魔力は魔術を活性化させ、他の場所では成しえない高度な研究を数多く行うことができます。学生の方々にはここで多くの研鑽を積み、魔術のさらなる探求と発展に尽くしていただきたく。深淵は今なお深く、覗き見る者を待っています。皆様に魔力の寵愛があらんことを」
淡々と話が続く。
アマリア学長の就任について騒ぎ立てる学生はもう一人もいなかった。