異世界デビューってこんなんだっけ!?
そして俺は早速奴隷商人にとっ捕まり、檻付きの馬車の荷台で揺られていた。
「なんでこうなるかなぁ……」
華々しい異世界デビューを飾ったはずの俺がどうしてこんなことになっているのか、少しだけ時間を巻き戻そう。
――――――
白い空間で強烈な光に包まれた次の瞬間、俺は森の中に立っていた。
そして立ち尽くす俺を取り囲むようにして、五人ほどの男たちが携帯食を片手に、ぽかんとした顔で俺の方を見ていた。
どうやら森の中でキャンプをしている連中のど真ん中に召喚されたらしい。あの神……なんというか仕事が雑なんだよなあと内心でぼやく。
さて、初の異世界人とコミュニケーションを試みる俺だったが、ここで二つほど気がかりな点があった。
一つ目は言葉は通じるのだろうか、という悩みである。万年外国語赤点の俺が異世界語だけはなぜかできるなんて訳はないし、異世界のお約束通り謎の力で翻訳してくれるということならいいのだが……。
そしてもう一つは、彼らが危険な人物でないか、ということである。神様から力を貰ったし、並の暴漢ならひとひねりする自信はあるのだが、もしもということもある。
そう思って様子をうかがう。今から男たちの特徴を一つずつ抜き出していき、安全か危険かを見極めていくことにした。
まず一つ目、人の顔を睨み続けるガラの悪さ――これは“何とも言えない”。彼らからすれば、キャンプ中にいきなり現れた俺は敵以外の何者でもないだろう。
二つ目、鎧や剣にべっとりこびりついた血――“何とも言えない”。もしかしたら獣なんかを狩猟していたのかもしれない。
三つ目、鎧の下から覗く入れ墨――これも“何とも言えない”。この世界の文化を知らない以上、入れ墨を入れたから危ないとは言えない。
そして四つ目、女子どもがすし詰めになった檻の馬車――――決まりだ。こいつらは社会的な立場で言うところの“健全”ではないやつらだ。
できるだけ刺激をしないように、にこやかな笑みを作って話しかけた。
「や、やあ。元気かい?」
「……」
「どうやら僕は場違いみたいですね。それでは失礼させていただきますぅ!」
コンビニの入り口でたむろしているヤンキーをすり抜けるような気持ちでその場を華麗に抜け出そうとすると、あぐらをかいている盗賊の一人に腕を掴まれた。その際「ひいっ」という情けない声が聞こえた。きっと盗賊の誰かだろう。
「な、なんですか!?」
「何しれっと行こうとしてるんだ。お前、何者だ? いきなりどこから現れた?」
「何者だって? 神様の使いだぞ!? 誰に許可取って俺の腕を掴んでんだ!」
「お頭ァ! こいつどうしますか?」
威圧するように肩を怒らせて怒鳴ったが効果はなく、部下の言葉に反応して男がゆらりと立ち上がった。その姿を見て思わず怯んでしまった。
お頭とやらは俺が今まで見た誰よりもでかい。汚らしいひげヅラだが目つきは鋭く、お頭というだけあって歴戦の風格があった。
「殺してしまってもいいが、もったいない。もちろん売るぞ」
「な、何を……」
「高値はつかないだろうがはした金にはなるだろう」
その言葉に、男たちの後ろにある馬車に目をやった。つまり奴隷として売るつもりなのか。俺は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「ふふふ……。まさかそんなことをできると思っているのか?」
「何?」
「いいか! 俺には“神の力”がある!」
失笑が起こった。思わず俺も釣られて笑ってしまいそうになった。つまりだ、こいつらは俺が転生者ということを知らないのだ。
そして愚かにも俺のことを格下と見定め、やり込めようとしている。そういう奴らを叩きのめすのが異世界ファンタジーの醍醐味だよな。
行くぞ! これが転生者の力だ!
「ゴッドウインク!」
ばちり、と音がしそうなほど力強いウインクをかました。その瞬間時が止まった。あれだけあざけっていた男たちは一言も発さない。お頭でさえだ。
「これが……神の力だ……!」
俺の視界に、ぽんとメニューウインドウが浮かび上がった。
――――――
そしてあっけなく俺は捕らえられ、馬車後部の檻に乱暴にぶち込まれたわけである。
「てめえ! 乱暴にしやがって!」
「うるせえ! そこで大人しくしてろ!」
鉄柵に掴みかかり激しく揺らしたがびくりともしない。俺は脱出を諦めて壁にもたれかかった。
馬車の中は薄汚く、床に手をつくと虫がよじ登ってきた。
中には十人弱の人間がいた。皆女子どもで、誰もがうつむき悲壮な顔をしている。その中で俺の向かいの壁に寄りかかっている少女が目についた。少女の眼に絶望はなく、そらすことなく俺の目を真っ向から受け止めていた。
この状況をどうにか打破してやろうという気概を感じた。
「……なんだよ」
「……」
思わず語気が強くなるが、少女はちっとも怯まなかった。それどころか俺の元ににじり寄って来た。
そして体温すら感じ取れそうな距離まで来ると、少女は懐から刃渡り20センチほどの短剣を取り出した。
「なっ! お前!」
「しっ! ……いいか、僕には武器がある。
「……よく没収されなかったな」
「僕は人の目をあざむくのが得意なんだ。ちょっとした手品みたいな物さ」
そしてなぜか俺に短剣の柄を向けた。
「このままのうのうと従って、大人しく奴隷として売り飛ばされる気か?」
「……まさか俺に戦えと言っているのか?」
「いかにも。顔に覇気はないが一番マシな体格だからな」
それでも渋っていると、少女は短剣の柄で俺を突いた。
「大の男が情けない! お前はでくのぼうか!? いいからやるんだよ!」
でくのぼうと呼ばれた時、なんだか脳天をつるはしで一突きにされた様な感覚がした。思わずすがるような、挑むような目つきで少女を睨むと、彼女は満足げに頷いた。
「唯一の武器だ。あいつらに立ち向かうための切り札なんだ。決してなくすんじゃないぞ」
少女は念を押すように言って俺に短剣を押し付け、囚われた人々を励まして回った。
改めて短剣を確かめた。握り、構え、振ってみる。しかしどうも手になじまない。うっかり自分の足を切りつけそうになったりと、実に危なげなかった。
「ふう……」
どうしようもないとばかりに座り込み、改めて短剣を握りしめた。
その時だった。
突然視界の中央に『吸収しますか』というメッセージが現れた。その下に『はい』『いいえ』の2つの選択肢が出ている。
俺は少しも考えずに、ほとんど反射的に『はい』と押してしまった。その瞬間手の中の短剣が跡形もなく消えた。
「……え?」
脚の間に落ちたかと慌てて立ち上がって見る。だがどこにも見当たらない。しばらく身を検めると全身からおびただしい汗が吹き出した。
この短剣は俺たちが生き残るために絶対に必要な物であるらしい。呆然としていると少女がそばに来ていた。
「どうかした? すごい顔色悪いけど」
「いや……その……」
舌の根が乾き、喉に貼りついて上手く喋れない。おびただしい汗を見られて言い逃れできるわけもないので正直に白状することにした。
「その……どうやらさっき渡された短剣がどこかにいっちまったみたいで……」
「君それ、本気で言ってるの?」
「……う、うん」
少女の目が殺意を帯びた。かろうじて返事をした俺の声は恐ろしく震えていて、きっと今ならビブラートで世界中を感動させられるかもしれない。アメリカンズゴッドタレントなら優勝間違いなしだ。
「嘘だろ!? さっきでくのぼうかと言ったね。あれは間違いだった。でくのぼう以下だ!」
「何を騒いでいる!」
唐突に扉が開け放たれた。扉の外では盗賊たちが半円に待ち構えていた。
「降りろ! 早くしろ!」
てっきり騒いだことで何か罰を受けるのかと思ったがそうではないらしい。馬車の左手側には家屋があった。アジトか何かだろうか。
アジトは半分地下に潜るように作られていて、入り口へ向かう下り階段はまるで地獄へ向かうようだった。先の見えない階段を見た人々は「ひっ……」と悲鳴を上げた。きっともう地上には戻れないんだろうと直感があったのだ。
俺たちが檻から出たところで、リーダー格の髭面がのしのしとやって来た。
「準備はできたか?」
「は! 完了致しました!」
ちんぴらの癖にやけに礼儀正しいなと思っていると、ひげヅラが馬車の一部に目をとめた。
「おい、釘が出てるぞ」
「は! ただいま金槌で……ってあれ?」
「どうした?」
「いえ、どうやら金槌をなくしたみたいで……」
「なにぃ!?」
その時だった。少女が俺の脇から飛び出した。ひげヅラに気を取られ、隙だらけの盗賊に掴みかかる。小柄な身体からは想像できないほどの腕力で一人、二人となぎ倒していく。
「なっ!? このクソガキ! 何をする!」
「いまだ! 逃げろ!」
少女の掛け声で、捕まっていた人たちが弾かれるように駆け出した。
三人目の盗賊に相対したところで押し倒されてしまった。少女はそれでも抵抗を止めず、なんと盗賊の足に噛みついた。
「ぎゃっ!? は、離せ!」
引っ剥がそうとした盗賊に何度顔を殴られても諦めなかった。鬼気迫る様子に、思わず俺は息も忘れて見入っていた。
しかし恐ろしいまでの執念も長くは続かず、やがて少女は地面に倒れ込んだ。そうまでして守り抜こうとした人質たちも女子どもの足で逃げ切ることは出来ず、あっけなく捕らえられてしまった。
「はあ……はあ……。最悪だ……」
「お前だけは見せしめに殺してやる!」
少女に押し倒された内の一人が肩を怒らせ、血のこびりついた剣を抜いた。ひげヅラがげらげらと笑った。
「中々骨のあるやつだっただけに残念だ。少なくともただ見てることしかできない、でくのぼう(・・・・・)みたいな奴よりかは見込みがあったぞ!」
地面に抑えつけられた少女に、剣が振り下ろされた。その時少女と視線が重なった。死の間際だと思えないほど爛々と光り輝く少女の眼がこう語りかけてきた。「――――このでくのぼうめ」自分勝手な被害妄想なのだろうが、俺は思わず叫んだ。
「待て!」
「あぁ!?」
今まさに少女を切り裂こうとしていた男が、興奮した様子で汚れた剣の切っ先を俺に向けた。
「水を刺すんじゃねえよ。てめえがこいつの代わりに死ぬってかあ? ああ?」
「そうだ!」
ほとんど反射的に答えていた。打開策を探すのに必死で何も考えていなかったのだ。だが実際、少女がここで殺されるのなら俺も死んでもいいと、半ば本気でそう思っていた。
そう決意した瞬間、視界に半透明のウインドウが浮かび上がった。
『条件を満たしました』
『新たに進化可能な肉体を取得しました』
『以下の中から進化先を選択してください』
「あっはっはっはっは!」
「どうした。気でも狂ったか」
「……おい、さっき俺には神の力があるって言ったよな?」
「ああ?」
『進化:“真の剣士”』
もう迷いはない。選択肢に指を叩きつけた。ウインドウに触れた指先から強烈な光が生まれた。目のくらむような白い光は徐々に広がっていき、やがて右手首から先を覆い尽くす。ひげヅラ達のあ然とした顔を見て、痛快な気分になった。
「――――これが神の力だ!」
程なくして力強い光が消えると、俺は挑むよう右手を突き出した。
「さあ、死にたい奴からかかってこい――――ってあれ?」
当然手を前に出せば俺もその右手を眼にするわけである。神々しい光に包まれた俺の右手はすっかりなくなり、その代わりに、手首から申しわけ程度の短剣が生えていた。
「ぎゃはははは! な、何だその間抜けな手は!」
「あ、あれぇ……?」
“真の剣士”だなんて銘打ちながら、完全な名前負けではないか。これでは「やっべ、手を失くしちゃったからそれまで短剣はめてよ」と言わんばかりである。
俺は慌ててウインドウを開き、進化した項目を確かめた。
――――
剣の肉体 ★
【戦闘力】Eランク
【汎用性】Dランク
【間抜け度】Sランク
――――
「間抜け度だけぶっちぎりじゃねえか!?」
次話「覚醒する力」は本日23時30分に投稿予定です。