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短編

彼の描写、或いは彼女の

作者: 梨鳥 

あんまり考えないで、書いてある事そのまま楽しんで頂けると嬉しいです。

 静止画の中に、アニメーションを描こうと試みた男がおりました。そういう事をしようとする男ですので、もしかすると魔法使いだったのかも知れません。

 男はもうずっと昔に死んでしまいましたが、死因は恋の病でした。

 随分可哀想な死に方ですが、「まぁまぁ」楽しい死に方でもあります。

 彼の心に熱くとろけたのは愛では無く、恋です。この奔放な感情が、彼を本当の魔法使いにしたのでしょう。


 さぁ、世の常として余程の天才語り部でも無い限り、前置き程退屈なモノはございませんので程ほどにして、その日の事をお話ししましょう。


 こうです。

 彼はいつもの様に、創作をしておりました。

 その日彼は、沢山のドアを描いていました。彼は自分の描いたドアを開く事に成功していました。  

 この自信と、これから起こる事が、静止画の中に動を描こうなどという無謀な試みを彼に促したのです。

 初に描いた時は三枚程のドアで、その次は十枚程でした。

 今度はもっと沢山のドアです。

 背景を真っ黒に塗りつぶし(これは彼の特徴でもあります)、ハッキリした色で色星の様にドアを散りばめました。

 ただ一見するだけでも価値のあるこの絵。

 どのドアも開かれる為にきちんと閉じていました。もしもドアが開くのだと彼以外の人々が知ったら、どんな値打ちが付く事か、想像もつきません。しかし彼の興味はそんなところにはありません。彼には立派なパトロンが既に何人もいるので、どれだけ稼げたところで、お腹いっぱいのところに脂の乗ったステーキが来るようなものなのでしょう。ムカつきますね。


 さて、彼はワクワクしてドアを開けます。

 ドアの向こうには、普通の人には到底理解し得ない光景が広がっています。分りやすく例えると、魅力的な思い付きのコラージュや、血の沸く様な情熱の滲みや、切り裂く様な皮肉の一線、そういうものです。そういうものが、彼の五感にだけわかる様に、うねっているのでした。

 彼はそれはそれは楽しむのですが、幾ら楽しいと言っても、孤独を好みませんでしたので、ドアの向こうに友人を必ず一人仕込みました。今回そのドアは真っ赤な仕上がりでしたが、良く見ると微妙に色味がおかしい部分がありました。

 それはドアノックの様な形をしていました。

 そういうものがドアに付いているのは、彼にとって楽しい発見でした。もう少し光の加減を加えて、ちゃんとしたドアノックにしよう、と彼は思い付き、白い絵の具を筆に取ると真っ赤なドアにそっと近づき……何かにつまずいて転びました。白い絵の具は「びちゃ」っと音を立てて赤いドアに乗り、色が混ざった赤いドアは、可愛らしいピンク色になりました。

 そして、ピンクのドアが開きました。

 ドアの中に現れたのは……。



 *  *  *  *  *



 彼は死ぬ前に、静止画の中に動く美人画を描く事に間に合いました。


 人々は初め、それを見て笑いました。「やぁ、あの絵描きは狂ってしまった様だよ」

 その通りです。彼は狂いました。

 湧き上がる疼きに笑いながら彼女を見詰めた日も、底に落ちる様な絶望に泣きながら彼女をなぞった日も、彼女への焦がれと、憎しみと、許しの狭間で狂った日々も、その一枚の中に在ります。

 しかし、鈍感な人々には、殴り描いた様な筆痕といびつな、辛うじて人物だとわかるシルエットしか見えないのでした。

 無関心に見れば、子供の落書きよりも色使いが斬新ね、といったところでしょうが、人間というのは沢山おりますので、「ハッ」とする方もいます。


 運の良い彼らの目には、美人が本当に微笑みかけます。

 開いたドアから吹く風に、細く柔らかそうな髪を少しだけ乱しています。肩から背に、滑らかに流れるのです。その時に、微かに光ります。白い肩の受ける光を、更に反射したのでしょうか。美しい髪が、確かに光るのでした。

大きくて愛らしい瞳は、向かい合った人の輪郭は微かに、動揺はしっかりと、瞳の輝きの中に映しています。この際、何色の髪、何色の瞳というのは馬鹿気ています。一色で描こうと多色で描こうと、彼女の美しさは不変でありました。

「どちら様ですか?」と愛想良く尋ねる様に薄っすら開かれた唇は、上唇も下唇も瑞々しく艶めいて繰り返し尋ねます。


「どちら様ですか?」


 そして、理想的な長さの細い首を、小さく傾げるのです。

 ああ、不可触の髪がまた揺れる。


 

 それを観てしまった人々は、総じてこうなります。


 こうです。


 衝撃を感じ、跪きたくなるのです。

 全てをさし出したら、手に入るのでしょうか。身体全体が火照ります。

 どうしてこんなにも動揺するのでしょうか。

 人様の前で見るのはとても恥ずかしいものを堂々と見てしまった様な気まずさは、次の瞬間この世のもの全てに曝け出したい無鉄砲な勇気に代り、また、次の瞬間には同じ速度で萎みます。

 萎む感覚は、空腹に少し似ています。


 そして尋ねる絵の中の彼女に、しどろもどろに答えるのです。


「へ、部屋を間違えました。失礼」


                       おしまい


第五回まで企画は進んでいますので、追々シリーズ一覧へ他の参加作品も投稿します。



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― 新着の感想 ―
[一言] 梨鳥さんの飛躍。 心地よく自由でそして何処かまとまっていて 好きです。
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