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不良のお前を終わらせてやる!  作者: 渡邉鍋大
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山田琴葉とサッカーボール3

 俺と琴葉は、正門を抜けてからひたすらに真っ直ぐ歩いた。

 こちらは普段の俺たちの帰宅ルートとは異なる方向。

 故に俺の頭に浮かんだこの周辺の地図は、ひどく曖昧に記されていた。


「なぁ、メンバーになってくれそうな人、本当にここら辺にいるのか? 俺この周辺よく分からないんだけど」


 道中、傍らの山田が『あの山田』だけに、少し不安げに尋ねる俺。

 しかし、答える山田の声はやっぱり自信有り気だ。


「大丈夫よ。私だってこんな商店街滅多に通らないけど、ここらで一箇所だけ、ずいぶんお世話になったところがあるの」


 ……不思議だな、俺もそうだ。

 やがて、俺たちは商店街を抜け、ある建物の前で立ち止まった。

 

 俺は目を剥いた。

 奇しくも、俺と琴葉は同じ場所で大変お世話になったらしい。 


「……ここって」


 俺が呟くと、中から強面な中年親父がニコニコ笑顔と共に現れた。


「おう、若葉に琴葉じゃねぇか! お前らなんだ? 一体何事だよ! お前らが二人でいるなんて!」


 その問いに俺が答えるよりも早く、琴葉の口が動く。


「まぁ、あれよ。私たち一応、お友達みたいな、あれだから……」

 

 ……え、マジで?


 琴葉って、俺のことをそんな風に思っていたくれたの? 俺ってば、てっきり下僕とか舎弟とか、そんな感じの認識を受けているものかと……。

 とても予想外な回答に、柄にもなく舞い上がってしまった俺。

 しかし、モジモジと照れ臭そうに話す琴葉の声を聞いた中年親父の感激ようは、なんと俺の感動をさらに超えるようで。


「うおー! あの若葉と琴葉が、うおー! お友達にうおー! 今日は赤飯だうほー!」


 何故か号泣していた。最後の「うほー!」なんてもうゴリラだ。俺にはゴリラが泣いているようにしか見えない。


「うぅ、あのお前らが……今日は俺の交番勤務人生最高の日だ」

「まぁ、泣いてるとこ悪いんだけどさ」


 そして、人が感激しているところにさらりと水をさす。さすが山田琴葉だ、悪い子だな~。お前だからこんなボロい交番でお世話になっちまうんだよ。目の前の桐先修三きりさき しゅうぞうなんかと顔見知りになっちまうんだよ。

 って、まぁ、俺も人のことは言えないか……。

 俺も、桐先には大変お世話になったわけだしな。


 俺の隣で琴葉は例の件を桐先に嘆願している。

 その折、俺は少し違うことを考えた。


 きっと、琴葉は俺と同じようにこの場所で桐先と関わってきた。傍から見れば、親子にも見えるこの二人がどのように出会い、どのように絆を深めてきたのか?

 俺は琴葉が不良少女だったことを知っている。もちろん、俺がどのような経緯で不良と呼ばれるようになったのかも知っている。けれど、何故琴葉が不良と呼ばれるようになったのかは知らない。俺は知らないのだ。よくよく考えれば、俺は琴葉のことをほとんど知らないのだ。  


 ……機会があったら、そこらへん訊いてもいいよな。

 一応、友達だと思ってくれているみたいだし。

 俺がそんなことを思案をしているうちに、琴葉の話は終わったようで、


「オーケー! お前がそう言うなら、俺はいつでも力になってやるぜ!」


 俺に耳に、大変元気のよろしいハスキーボイスが届いた。


「ほんとにいいのか? あんた仕事入ってんじゃ?」


 確認の意を込めた俺の問いかけにも、桐先はグーサインを崩さない。


「バリバリ仕事だがオーケーだ! 当日は部下四人を連れて登場してやるよ!」


 ……いや、オーケーじゃなくない、それ。

 呆れたような視線で俺は桐先を窺う。

 すると、桐先は琴葉には聞かれぬよう、小声で、


「まぁなんだ、あの琴葉が人助けなんて言うんだ……ちょっと嬉しくてな」


 心の底から、一言。


「ふーん。そっか」


 気づけば、幸せそうな桐先の表情に俺も目を細めていた。

 あの琴葉の、『あの』部分は俺には分からないが、不思議と桐先の気持ちは理解できる。琴葉は危なっかしいのだ。何をするにも、どこにいるにも。だから、つい力になってやりたいとか思ってしまう。こんなよく分からない人助けでさえも、その感情に突き動かされてしまう。  

 ……ほんと感謝して欲しいもんだよな、このお姫様には。


「それと、もう一ついいか。若葉」

「な、何だよ」


 どうにも中年親父相手にうっとりと目を細めている自分って奴が恥ずかしい。

 ついぶっきらぼうな声で訊き返すと、桐先はふと神妙な面持ちになり、


「……何で琴葉のやつ、第一ボタン留めてんだ? 正直、不自然っていうか、変だぞ」


 やはり琴葉には聞こえないように、と。俺の肩に手を回しちょいと歩き、ごにょごにょごにょごにょ――琴葉に背を向け俺に耳打ちしてきた桐先。 

 ところが、俺の視界には、桐先の後方で不思議そうに首を傾げる琴葉の姿がばっちり映っているので、


「ねぇ、二人でこそこそ何話してんの?」


 と、来るわけだ。

 その瞬間、俺は桐先の肉体に稲妻が走ったのを確認。「え、あぁ、いや何でもないぞ琴葉ハハ、ハハハ……」そのひどく不安定な桐先の物言いが、琴葉と彼の間に微妙な空気を生み出したのも確認! そして、


 それに耐えられないのが桐先という超お人よし男。


 一拍置いて、何とか琴葉を納得させようと、桐先は廃棄すれすれのロボットのようなぎこちないモーションで振り返る――が、何しろ彼は正義感が強い。いいや強すぎる。上手に誤魔化すとか、嘘をつくとか、そういうこととはまるで縁のない男なのだ。

 だから、目が軽くトランス状態の桐先が生み出す結末なんて、俺にだって容易に想像つく。 


「い、いいか琴葉! 俺は別に第一ボタンを留めるのが変だとか、スカート丈が長すぎるのが変だとか全然思ってないぞ! むしろ個性だと思うぞ! 変な個性だと思うぞ! って、変って言ってしまった! 思わず本音が出てしまったー!」


 頭を抱え込んでしまった桐先を見て一つ思う。

 やっぱ人って慌てるとダメだな。ダメだダメ。ただでさえ騒音に近い桐先の声が本物の騒音になってるし。

 ――まぁ、それももっとも、琴葉以外には、だけどね。


「えっ、もしかして……お、おかしいの、これ。ふ、不良だと思われないためにはちゃんとした身だしなみからだと思って……生徒手帳のモデルの子を一生懸命マネてみたんだけど……ちゃ、ちゃんとリボンも結べるようにって、毎晩練習してたのに……お、おかしいの?」


 ぐすん……今にも泣き出してしまいそうな琴葉を真正面から見つめ、桐先はノックアウト寸前だ。果たして奴はこの事態をどう収束させる気なのだろうか? ってかリボンの練習って毎晩やるもんなの? そんな難しいものなの? ……まぁ男の俺には興味ないけどね。へへ。と、俺は面白半分、口元のニヤニヤを隠せずに桐先の『次』を注視していたのだが、


「ねぇ、おかしいの? 若葉」


 げぇ! このタイミングで僕ですか!


 どうなの? 違うの? おかしいの……と、詰め寄ってくるうるうる琴葉に戸惑い、うーんと黙考して、数秒後。


 俺は静かに決意した。


 ちゃんと教えてやろう。

 今日をもって、琴葉の制服姿を心の中で爆笑するという俺の密かな楽しみとも、オサラバしよう。

 俺はすでに涙目の琴葉を正面から見つめ、人差し指をピンと立てた。


「結論から言えば」

「……う、うん」

「まぁ、変だよな」

「やっ、やっぱり……」

「うん変です!」

「に、二回も言わなくていいし! 違うもん! うっすら分かってたもん! 何かみんなと違うって、何かみんなより――」

「変です」

「三回も言わなくていい! だから知ってた! さっきそう言おうとした! くっそぅ~若葉のアホ! ドジ! マヌケ! わかばか! 何で教えてくれなかったのよ! 何で私がこんな恥ずかしい思いをしないといけないのよ! 何で生徒手帳のモデルが変な格好をしてるのよ!」


 そう怒鳴り散らして、琴葉が生徒手帳のモデル少女を見せつけてくる。

 俺はその子に一瞥もくれずに、首を横に振る。


「なぁ琴葉。なんつーうかな、その子は理想のモデルではあるけど、現実のモデルじゃないんだ。だから、普通の生徒はそんな恰好をしない。第一ボタンは外すものだし、スカートは折るもの。それがここらの中学校における暗黙のルールって奴なんだよ」

「で、でもそんなの!」


 すかさず反論がくる。というより、拗ねたような、不貞腐れたような……まぁ、そういう類の可哀そうな声が俺の耳の中に入ってくる。

 

「そ、そんなルール知らないよ! おかしいよそんなの。まるで私専用のトラップじゃん。もう世界が私の敵みたいじゃん。どこ見ても敵敵敵みたいじゃん――もういいし。私、戦うし。あえて第一ボタンずっと留めとくし。スカートずっと長くするし」


 そう可愛く頬を膨らましながら琴葉はくるりと反転した。俺も何気なくその様子を窺っていると……おいおい何だそりゃ? 不自然なことに琴葉のスカート丈が短くなった。丁度、太ももがちらっと見えるくらいに。


「こ、琴葉さん? 言ってることとやってることが……」


 控え目な俺の声音に、しかし琴葉はピクリとも反応を示さなかった。

 そのくせ、肩越しにちらっと視線をくれると――突然のねぇ。

『お前の言い分なんてどうでもいいけど、私の有り難いお言葉は逃さずに聞きなさい!』とばかりに、勢いよく振り返ってきた。

 ――何故か、琴葉の第一ボタンが外されていた。

 

「ほら見て若葉! 私だってやればできるんだから!」


 え、いや、何が? 何のこと?


 琴葉はふふんと自慢げに鼻を鳴らすが、正直意味が分からない。あれ? さっきこいつ戦うとか宣言してなかたっけ。あれは俺の聞き間違いだったの? それともやっぱ琴葉ってバカなの。自分で言ったことをこんなにも早く忘れちまう奴なの。

 と、不覚にも琴葉のことで色々悩んでしまいそうになったが……いや、考えてもみろ、俺。山田琴葉という珍獣が俺如き凡人に理解できるわけがないじゃないか。考えるだけ時間の無駄。よし、すっきりしよう。

 そうして、『珍獣、山田琴葉とは!』という題材を俺の頭の中で削除した。

 頭に新しく浮かんだのは、少し恥ずかしい事実。


 ……最近、琴葉のことを考える時間が多いような気がする。


「み、認めたくねぇー」 


 こめかみを押さえ、俺は琴葉からプイッと目を背ける。

 すると、見えてきた微笑み。


「あぁ、お母さん。琴葉のあんな嬉しそうな顔を見るのはいつ以来だろうか? 若葉のこんな楽しそうな顔を見るのはいつ以来だろうか? 俺はずっと見たかった。ずっとそういう日が来て欲しいと信じていた……」


 見れば、桐先がプルプルと『尻』を震わせて喜びに浸っていた。

 俺の視線に釣られたのか、ちらっと琴葉を一瞥すると、琴葉も桐先を見下ろしていた。まるで生ゴミに向けるような眼差しで。


 ……あぁ女って怖えな。


 そんな失礼なことを思いつつ、俺は視線を桐先に戻す。

 つまり、桐先に二つの視線が集中する。

 その中で桐先はおもむろに立ち上がり、俺と琴葉をギュッと抱き締めた。

 彼の大きな体が俺たちにぬくもりを与え、

 彼の大きな声が俺たちの感情を激しく刺激する。


「うおー! もうお前ら最高だ! いっそう付き合え! 手を繋げ! キスしろ! そしてその先のセッ……」


 ガン!

 そこで、俺は琴葉と共に思いっきり桐先の顔面をぶん殴ってやった。

 ――この野郎、公共の場で何てことを口走ってんだ!

 しかし、そう思って俺も咄嗟に手を出してしまったが、これはマズイよな。ぶっ倒れた桐先が白目をむいていらっしゃるし。


「……おい琴葉。警察官殴るとかお前あれだぞ、公務執行妨害的な、あれだぞ」

「……その言葉、そっくりそのまま若葉に返してあげる」


 微妙な面を突き合わせ、微妙なトーンで俺たちが責任を押し付け合う最中にも、辺りの緊張は徐々に高まっていた。

 そして、遂に交番内に待機していた桐先の部下たちが騒ぎの根源である俺たちに駆け寄ってきた。


「よし、逃げよう。琴葉」


 それを見て、咄嗟に俺は琴葉に手を差し伸べる。シチュエーションこそ違うが、森で遭難した幼馴染を救い出す主人公のような、白馬に乗った王子様のような、そんな感じで、できるだけかっこよく……。


「って、あれ?」


 が、俺が言うより早く、

 琴葉は逃げ出していた。


「お前っ! えっ? こと、琴葉ちゃん?」


 あぁ何というスピード。

 何という悪童っぷり。

 さすがは山田琴葉。

 とても俺如きでは太刀打ちできないことを、俺は体の隅々にまで刻みつけられたさ。


「ちょ、ちょっと待て! 琴葉! いや琴葉様!」


 琴葉は肩越しにちらっと振り向いて、ことさら不愛想に、


「嫌よ。ってか、何チンタラ走ってんのよ。追っ手がすぐそこまで来ているじゃない」


 琴葉の物言いは正しかった。振り返れば警官やつがいた。

 ……さて、どうするか俺――って、いや、考えるまでもないか。

 俺は素早く反転し、お巡りさんに声をかけた。


「あ、お巡りさーん! あいつです、あのちっこいの。あいつがやりました。全部あいつの責任です……え、名前ですか? 山田琴葉です。楽器の琴っていう字と、あとは……」

「な、何やってんだお前は!」


 俺の遥か前方を疾走していた琴葉が、くるりと方向転換して強烈な膝蹴りをお見舞いしてきた。その反動でふわっと浮いた琴葉のスカート。あぁ、パンツが見えそう……で、み、見えな、い。

 だが、これは俺の計算通りだ。パ、パンツの件は非常に残念だが、いや残念だけど……け、計算通りではある。

 ハハ、悪いな琴葉。真の悪童ってのは遅れてやってくるもんなんだ。


「「「取り押さえろ!」」」


 そしてお巡りさんは叫び、その言葉通りに琴葉を取り押さえる。

  

「へっ? ちょ、え、待っ、て」

「問答無用」

「……え~。お、おーい若葉~。ちょ、これ酷くない。おーい起きてんでしょ。死んだふりとかやめようよ~」


 いつになく間延びした琴葉の声が聞こえてくる。

 ま、気のせいだな。うん、気のせいだ気のせい。


「若葉~、くっ! あ、あんたね! 後で覚えておきなさいよ!」


 ……いや、気のせいではないな。


 最後の怒声に、俺のみぞおちの下辺りがピクリとざわついた。やっぱしくじったのだろうか? いやこれ、マジで何されるか分からない。大丈夫なの俺。 

 そんなことを考えながらビクビクしていると、

 しかしそれとなく時間は流れていった。


 まぁ、結論だけ述べると、


 桐先を殴った俺と琴葉にお咎めはなく、桐先のセクシャルハラスメントとしてこの問題は処理された。無論桐先は部下から色々問われる羽目になったそうだ。

 で、俺はと言えば、まぁ、な……。

「若葉! あんたよくも私を犠牲にしてくれやがりましたわね! 死んで詫びろ! 詫びて死ね! くたばれ! くたばれ――――っ!」

 見事無罪を勝ち取った琴葉にボコボコにされたとさ。


 やー、めでたくねぇな。ちくしょう。


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