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不良のお前を終わらせてやる!  作者: 渡邉鍋大
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山田琴葉とサッカーボール2

「初めまして、俺はサッカー部で部長を務めている佐藤さとうです。一年です」


 救世主の正体は、佐藤と名乗る後輩だった。

 背丈は俺より若干低く、垂れ下がった大人しめの髪は眉毛の上できっちりとおさめられ、もちろん染められてなんかいない。全体を通して爽やかな印象を受ける。平日なのに今からよその中学と試合でも行うのか、彼は練習用のウェアではなく、サッカー部が公式戦で使用する白のユニフォームを着用していた。

 ……まぁ、何がともあれ、ひとまず自己紹介の流れだよな、これ。


「あぁ、俺は日野若葉で、こっちが――」

「山田琴葉よ。で、あんた何の用?」

「おい。何でお前はいちいち喧嘩腰なんだよ」


 俺が噛みつくと、琴葉はごにょごにょと小さな声で耳打ちしてきた。


「(バカ。初対面の相手にはまず威嚇。これ常識でしょ)」


 俺も耳打ちで返す。


「(どこの大自然の常識だよ! ったく、野生に生息する琴葉には、大自然の常識じゃなくて人間社会の常識が必要だな)」


 俺は小馬鹿にするように告げてから、「ハハハ」と琴葉を指差して大笑いした。すると琴葉は、「おや、生意気なのはここかな?」とか言いながら俺の下唇をつまんできた。「痛い痛い痛い!」俺はそう叫んでいるはずなのにうまく発声できない。

「アーチャチャチャチャチャチャ!」もうケ○シロウみたいな発声しかできない。


「ふん!」


 やがて、琴葉の不機嫌そうな鼻息と共にピッと俺の下唇が解放された。俺は大きく腫れ上がった下唇を一瞥してから、琴葉を見つめる。というより涙目で睨みつける。

 無論、真っ直ぐ睨み返されたがな。


「誰の頭がアニマルよ! 若葉のバカ! バカ若葉! わかばか! ば、ばばば、わかばか! わ、わかばか……ふへへ」


 ただ、激しく罵られるよりも『わかばか』というネーミングが妙に癇に障ったんだ。何でもちょっと上手いこと言ってやったという琴葉の自慢げな表情が非常にムカつくのだ……。すかさず、俺は反撃の言葉を用意するが、


「まあまあ、二人とも落ち着いてくださいよ。最近流行しているこの納豆入りのど飴。差し上げますからね」


 再び不毛な口喧嘩に発展しかけたところを佐藤くんが宥めてくれた。本当にいい人だ。この人。……納豆入りの飴? それは知らんけど。

 俺は「ガリガリ」と飴をかみ砕く琴葉に向いていた体を佐藤くんに向け直す。

 って琴葉、お前ガリガリとか食べ方ちょっと……。


「ま、まぁそれはいいや。そんで、野生のヤーマダの言葉を借りるが――」

「あん?」

「こここ、琴葉ちゃんの言葉を借りるけど、佐藤くんは俺たちに何の用?」


 というか一年で部長とかあんた何者? ふと思ったが、そういやうちのサッカー部が設立されたのはつい先月。それも入学したての一年が率先して、らしい。そう考えると一年で部長は案外有りなのかもしれない。


「単刀直入に言わせてもらいますと、俺たちの部を強くして欲しいんです」


 うん、そうだな、ありだ。一年部長はありだありだありだ……と、一人納得していた俺に浴びせられた要求は本当に単刀直入だった。何か色々と言葉が足りない。そもそも何故俺たちに頼むん?

 少し混乱気味の俺に代わり、ひょこっと俺の前に出た琴葉が、訊く。


「弱いの? あんたの部」

「いや強いです。超強いですけど、超弱いです」


 矛盾している。全然意味が分からないよ……。


「ふっ、なるほどね」


 大自然の脳みそ、もっと分かんないよ……。


 二つの方向から頭を狙い打たれ悶絶する俺。

 そんな俺を一瞥し、さすがに、『マズイ!』と感じたのだろう。

 次の瞬間、佐藤くんは俺と琴葉の手を引いて勢いよくグラウンドへ駈け出した。

 佐藤くん曰く「今、他校と練習試合をしているので、説明するより見た方が断然早いです!」らしい。正直まるで理解できる気がしないが……。


 が、しかし、俺の予想に反し、グラウンドに到着してみるとその言葉の意味がよく分かった。

 こいつら強いのに超弱いのである。


 まず……。

 何故、何故キックオフと同時に一人で駆け上がるのか! そして囲まれても一人で抜きにいくのか! もちろんボールを奪われる、けど奪い返す、そしてまた何故一人で駆け上がるのか!

 ツッコミどころが満載すぎて以下略であるが――要するにこいつら、『個人技』のレベルはめちゃめちゃ高いのに、パスをしないのだ。徹底的に。


「お前ら、仲悪いの?」 


 一先ず、俺の傍らに立つ佐藤くんに訊いてみた。グラウンドの端にいるため、試合の全体を把握できているわけではないが、それでも彼らの最大の欠点は理解できた。 

 こいつらバカなのだ。


「いや、仲はいいです。でも、俺たちって同じサッカークラブ出身の奴ばかりで、そのサッカークラブってのがまた一切パスをしないチームで……」

「へぇー、そんなチームがあるのか」


 今度は目を細めて訊いてみた(特に意味はない)。昨今の少年サッカー事情もそれ以前のサッカー事情も俺にはさっぱりだが、パスを一切しないことにメリットがあるとは思えない。


 あ、やっぱりバカなのか、こいつら。


「はい。俺も小学生のとき、そのチームに所属していたのですが――凄いですよ。練習時間まるごと個人技の練習に使って、試合でも同じように個人技ばっかりで、それでも結構勝てたりして……まぁ、だからかもしれないですね。俺たち、自分たちの技に誇りみたいなのを持っちゃったんですよ。俺にもそれが分かっている分、『今の戦い方をやめたい』だとか、なかなか言い出しづらくて」

「なるほどね。つまりは俺や琴葉にそれを提案するきっかけを作って欲しいってことか」

「はい。部長なのに伝えたいことの一つも伝えられないだなんてお恥ずかしい話ですけど、きっかけさえあれば自分で話せると思うんです。だから、お願いします」


 ……だとよ、この子もこの子で不器用なだけらしいぜ。誰かさんと同じで。


 俺は右隣で偉そうに腕組みをしているその誰かさんを見る。誰かさんは「あー何でそこで抜けないかな~、この……カスめっ!」などとほざいている。果たして、こいつにこのチームの弱点はみえているの? 甚だ疑問だよ。 


「とりあえず佐藤くんの最終目標はサッカー部のスタイルをパスサッカーに切り替えるってことでいいんだよね?」

「はい。まぁ、パスサッカーとまではいかなくても、今の超個人技サッカーを抜け出して、パスを取り入れた当たり前のサッカーをしたいです。でないと、俺たちはずっと負け続けます」


 俺は遠目で得点板を覗いた。


 一対八。

 大敗もいいところだ。


 正直、俺にはサッカー部の事情などてんで興味がない。けど部を想い、こうして俺たちみたいなアウトローな存在に話しかけてきた佐藤くんに免じ、話くらいは聞いてやるべきなのだろう。そこは、先輩として。


「で、何か計画とかあんの? 具体的に俺たちにどうして欲しいとか」

「えっ! じゃあ引き受けてくれるんですか?」

「内容次第で」

「やった! ありがとうございます!」


 そう佐藤くんは爽やかに頭を下げ、爽やかにスクールバックから一枚の紙を取り出した。俺は琴葉を誘い、紙を覗く。


 計画。

 一、先輩たちが俺たちに『サッカー勝負で我ら日野・山田連合軍に勝つことができなきゃ、お前らサッカー部を乗っ取ってやるぜハハハ!』と脅迫状を送りつけ、俺たちサッカー部にとって絶対に負けられない戦いになるよう、演出する。


 二、サッカー部と先輩たちのチームでサッカー対決をする。


 三、先輩たちの力でピンチに追い込まれた俺たちは、個人技だけではこの絶対に負けられない戦いに勝つことができないことを痛感する。つまり、個人技の限界を知り、勝つために『パス』を取り入れるしかないという状態に陥る。ちなみにここで前半終了。


 四、訪れた運命のハーフタイム! ここで! 俺がみんなにパスを取り入れた新サッカーを促す。


 五、後半、パスの魅力を実感し、活用した新しい俺たちは先輩たちを倒し、今の個人技だけのサッカーから脱却する。了!


 つ、つまり。これは……、

「……え、えーと。つまり俺たちに悪役をやって欲しいってこと、か?」

「はい! お願いします! こんなことできるのは悪名高き先輩たちしかいないんです! 先輩たちじゃないとみんな信じてくれないんです!」


「……」


 うわぁ、めっちゃ断りた~い。


 だが、まぁ確かにそうだ。この計画で重要なのはずばり信憑性だ。理不尽かつ強引な俺たちの要求に対し、サッカー部がどれほど危機感を募らせるのかが成功へのカギとなる。当然、脅迫する側がサッカー部に舐められているようではこんなくだらない対決は実現しない上、きっと悪いイタズラとして処理されてしまうだろうが――そこは佐藤くんの読み通り、差出人が俺や琴葉ならそうはいかない。


 なにせ俺たちは校内きっての有名人なのだ(もちろん悪い方での)。俺も琴葉も先公・生徒共々からサッカー部の乗っ取りとか平気でやってしまいそうな連中だと認識されているので、『この脅迫状の信憑性は極めて高い!』と。悲しいことにそう思われてしまうのだ……。

 って、何それ、辛すぎる!


「先輩お願いしますよ! 運動神経抜群の先輩たちにパスを取り入れたサッカーで勝つことでその力をみんなに示すことができるんです! その、もうほんと俺たちバカだから、たぶんそれだけでコロッとパスサッカーやりたいってなるんです!」

「いや、軽くねそれ。個人技のプライドとやらはどこへ?」

「甘いです先輩! 男子はすぐ強い方に憧れるんです! 今までパスを実感する機会がなかったからダメであって、今回は絶対に勝たなければならない試合という思いの下、パスせざるを得ないんです。だからそこでみんな気付くんです! パスって凄いなって! 強いなって! そうなったらもう勝ちです! サッカー部はパスをするようになるんです! 絶対!」


 佐藤くんがここぞとばかりに言い募り、その勢いに押される形で俺は後ずさる。

 ……まぁでも、佐藤くんの言いたいことは大体分かったよ。分かったけど。

 佐藤くん。『脅迫状』とか……内容が内容だけにそんなキラキラした目でお願いされてもな……。

 決断するには時間が掛かるだろうと思い、相談のため、横目で琴葉を窺うと、


「絶対に負けられない戦いが、そこにはある!」


 何故かやる気マックスな面持ちでストレッチを開始していた。俺としてもその熱い姿を見て見ぬふりはできないので、了承の意を込め、投げやりに首を縦に振る。


「ただ佐藤くん。一つお願いがある」

「何ですか?」

「……その脅迫状の宛名、俺の名前だけにして欲しいんだ。たぶん俺だけでも信憑性はあると思うし」

「はい、別にいいですけど……けど、何でですか?」

「色々と、こっちの事情でな」


 脅迫状なんて出すんだ。一歩間違ったらつまらぬトラブルになりかねん。

 こちらとて、琴葉をほいほいとトラブルの渦には巻き込ませるわけにはいかないのだ。


 ま、それと、


「あと、この計画ちょっと問題あるぞ」

「え? どこですか?」

 心底不思議な上目遣いを向けてくる佐藤くんに、俺は言って聞かせる。


「悪名高き俺たちが十一人もメンバーを集められると思うか?」


「えっ! 舎弟とかいないんですか!」

「いねぇよ!」


 慌てた佐藤くんが琴葉に視線を移す。


「琴葉さんはどうなんですか!」

「え、若葉だけだけど」

「それも違うよね!」


 俺が所構わず声を張り上げると、佐藤くんはうーんと唸りながら腕を組んだ。ってか、やっぱ俺ってそういう風に思われてんだな……なんかショックだわ。

 はぁと、俺は大仰にため息をついた。傍らにいてそんな俺の様子を怪訝に思ったのか、琴葉がストレッチを中断して俺の横腹を突いてくる。コイツ、もしかして俺を元気づけようとしているのかもしれない。そう思うと、ちょっと嬉しかった。嬉しかったけど、痛い! 琴葉の指、超痛い。


「ねぇ若葉、大丈夫? 顔色悪いよ」

「まぁ、主にお前のせいでな」

「えっ? 私、何かした?」

「分かんねぇならいいよ」


 そう言って、俺の投げやりな態度にムッとした琴葉のグーパンを避けるべくさりげなく琴葉の手を掴むと、その手が想像以上に小さく、そして柔らかいことに気付かされた。

 と同時に、ずいぶんと当たり前のことにも気付かされた。


 ――山田琴葉は、女の子だった。


 それを初めて知った。

 いや、もちろん知っていたことだ。

 あの事件以降、俺はおそらく他の誰よりもこの少女を目にしてきた。他校の高校生とバトってそのまま数日間の入院を余儀なくされた俺を彼女は毎日見舞ってくれた。ボディガードとして学校の登下校を共にし、隣の席でつまらない授業を聞き、体育の授業では友達がいない同士決まって二人組となった。昼時には互いの机をくっつけ、たわいのない会話をしながら飯を食った。そんな日常を俺はあの日以降過ごしてきた。だから、

 知っていたことだ。知っていたことなのに、しかしそれを頭が、心が、初めて認識した。

 もしかしたら琴葉の巨大すぎる威圧感がそんな当たり前のことを曇らせていたのかもしれない。ただ、たとえそうだとしても、『山田琴葉は女の子』。と、そのことに今更驚く自分に驚き、

 俺は暫く動けなかった。


「先輩」


 佐藤くんに声をかけられるまでは。


「あ、あぁ、何だ? どうした佐藤くん」


 慌てて俺は琴葉から手を離す。ったく、何やってんだよ俺。コレ、佐藤くんの見方によっては俺が急に琴葉の手を握ったと思われてもおかしくないぞ。

 しかし、あわあわと意味もなく両手を宙に彷徨わせる俺としては幸いにも、佐藤くんはサッカー以外に関心のない超健全ボーイらしく、彼は爽やかな笑みと共に一方的な決定事項だけを告げてきた。


「まぁ、そこらへんは健闘を祈ります。試合は今週の日曜日、場所はこのグラウンドということでお願いします」


 その爽やかな笑みが俺を曇らせる。

 俺は思う。せっかくの休日を無駄にしたくない。せめて、学校がある日に……。


「お、おう、それはずいぶんと勝手な日程ではないか佐藤くん。俺と琴葉にだって一応予定というものが……」

「ないですよね」

 な、ないけども。

「では、失礼します! 先輩方!」

「ってうおぃ! まだ話が!」


 俺は真っ先にチームのもとへ走り去っていく佐藤くんを追いかけたかったのに、追いかけることができなかった。なぜなら、


「ほれ、行くよ若葉。チーム十一人、チームパリー! さっさと集めないと」


 すでにやる気に満ち満ちているこの女に片耳を引っ張られているからだ……ってか、チームパリ―? いやいや恥ずかしいにもほどがあるだろ。


「何? 不満?」

「いや、不満だけど。まぁ、そんなことはどうでもいいや。チームパリ―に入ってくれそうな人、当てはあるの、お前?」

「大丈夫。喧嘩するほど仲がいいって言葉が本当なら、私ほど友達の多い奴なんてそうそういないわよ! ふふん、四人くらいは余裕よ」


「えっへん!」と、意外にも自信有り気にその小さな胸を反らすので、俺は黙って琴葉についていくことにした。まぁでも、あれだな。喧嘩するほど仲がいいなら俺にだってたくさんの友達がいるはずだからあれは嘘だな。俺、琴葉としか話さないし。ついでに琴葉に友達がたくさんいるってのもないな。逆にこいつは俺以外と話さないし。あと、それともう一つ、


 いい加減、耳引っ張るのやめてくれないかな……。ちぎれそうなんだけど。 



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