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不良のお前を終わらせてやる!  作者: 渡邉鍋大
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山田琴葉とサッカーボール

 時の流れは早いもので、あの散々だった始業日から二ヶ月が経った。

 頃合いとしては、只今ちょうど中間テスト明け。本日分の授業をすべて終えた放課後の教室は、窓から差し込んでくる光によって淡いオレンジ色を帯びている。

 ――ところで。

 ここでもし、あの日から、俺の生活に何か変化があったか? などと訊かれれば、

 琴葉曰く、


『山田琴葉は変わったんだ、改心したんだってところをみんなに見せつけることが私たちにとって、当面の最重要課題! だから万が一喧嘩を売られても、私は買うことができない! トラブルに巻き込まれても私は何もできない! そう、だからね若葉。若葉にはすっかりか弱い乙女へと成り下がってしまったこの私――山田琴葉が無益なトラブルに巻き込まれないように私のげぼく……ボディガードになってもらいます!』


 と、無駄に長い前置きばかりが際立つが、つまり俺はあの日を騒動を通じ琴葉のげぼ……いや、ボディガードに就職したらしい。まぁトラブルを起こさなければみんなから認められると考える琴葉の発想は少々安直な気がするが。それはいいだろう。成るように成るさ。たぶん。

 ――で、まぁ、変わらないことといえば、


「それで、若葉は何点だったの?」 

「六十点。そっちは」

「れ、零点」


 俺のご主人様が、相変わらずのおバカであるということだ。


「……」

「ちょ、何か言ってよ」

「……名前、書き忘れたの?」

「いや、ちゃんと書いたよ。答えも全部埋めたし」


 もうすっかり目新しさを失ってしまったヒロイン席に腰かけ、そう言い張る琴葉のテスト用紙をやや半信半疑で手に取り、俺は机に置く。ほほう、確かに名前は書いてある。いや、琴葉の言う通り解答欄も全て埋まっている。論述問題も隅から隅までみっちり……合ってないけど。


「あ、ある意味すげぇな。ここまで書いて一問もかすらないとは」

「うっさいわね。ちょっと具合が悪かっただけよ」

「……ピンピンしてたじゃん、お前」


 ボソッと言ったら、ガン! と頭を叩かれた。

 衝撃の百倍返し。

 腹いせに、俺は主人公席に座る琴葉を横目で睨む。と、


「な・に・か?」


 睨み返された。

 まっすぐな瞳である。

 ここはあれだな。ん、冷静になろう。

 そう自分に言い聞かせ、とりあえず琴葉が怖いので机に目を伏せる。

 琴葉のテストくんと、目が合った。


 Q 1853年、黒船を率いて浦賀に来航した人物は?

 A 『パリー』


 いや惜しい! けど――、


「なぁ琴葉、お前もうちょっと勉強頑張れよ。……誰だよ『パリ―』って」

「あーもっうるさいわね! 何よ、ペリーもハリーもパリーも大して変わらないじゃないの!」

「いや明らかに違うよね。ペリーは黒船。ハリーはポッター。パリ―は……いやだから誰よ?」

「こっちが訊きたいよ!」

「お前の解答だろ!」

 くっ! と不機嫌さを露わにしながら、琴葉が唇を噛み締める。


「こここうなったら、お仕置きが必要ね」


 しかし、その面はいつの間にか不気味なものへと変貌していた。一瞬で悪の化身とやらに憑りつかれた琴葉は「ふふふ、私に盾突くとはいい度胸ね」といかにもな台詞を吐きながら、そのままの面で社会の教科書を取り出す。そして、俺のふでばこからマジックペンを強奪すると、パラパラとページをめくり、三十五ページで手を止めた。予想通り、そこにはペリーがいる。

 果たして、俺の眼前。ペリーにチョビ髭が付け足され、サングラスが付け足され、鼻毛がビヨーンと付け足された。そして仕上げとばかり、ペリーの額にはある文字が刻まれる。


「ザマをみなさいパリー!」


 ……ペリーね。


 そう叫んで勢いよく立ち上がる琴葉。腰に手をあて高笑いするその様はどこぞの悪い女王様のようだ――が、額に書かれた『内』という字は意図的に、だよな。まさか『肉』と書き間違えたわけではないよな。本気で間違えたわけじゃないよな! ユーモアだと信じていいんだよな!


「ってか、これ俺の教科書じゃん! 何でお前が持ってんだよ!」

「えっ! 無断借用だけど」

「なに私はさも当たり前のことをしました。みたいな澄まし顔で言ってんの? 俺これなくて超困ったんだからな!」

「えっ! 自業自得じゃない」

「どうしてそうなる! 俺が一体何をした!」

「大切な教科書に落書きをしたじゃない」

「それは君の仕業だよね!」

「ハハ、面白いことを言うね、若葉」

「おま……」


 ちょっと待て、俺。ここでツッコんじゃダメだ。何か、何かに負ける気がする。

 一先ず、荒れ狂う心を落ち着かせるため、俺は目を閉じて深呼吸をする。

 やがてゆっくり目を開くと、緊張した面持ちでこちらを見つめる視線が三つほど見えた。

 その瞬間、思った。


 ……彼らのためにも、あまり声を荒げてはいけないな。


 俺がどういう奴であろうと、俺が始業日から盛大に暴れたという事実は変わらない。以降、あの事件は『日野大事件』と呼ばれ、この学校では『ゆりゆららららゆるゆり大事件』並の知名度を誇るようになった。と同時に、当然のことながら俺の知名度も悪名もさらに膨れ上がった。まぁ、自業自得と言われれば、その通りである。後悔も腐るほどしたが……それでも俺は琴葉の隣にいるわけだ。こうやってまた琴葉に話しかけわけだ。

 そう考えると……あれ、バカなの? 俺。


「ま、まぁそれはいいや別に。あのさ、とりあえず中間はもう終わったからいいとして、期末は舐めてかかるなよ。このままじゃ赤点どころじゃ済まないぞ、お前」

「言われなくても別に舐めてないわよ。期まちゃんは強いわ! 期まちゃん。ううん、この際、そんな低レベルな名前で呼ぶのは失礼ね……期まちゃん改め『まっちゃん』はこの私が認めたライバルよ!」


 いや、いやいやいや!


「いや、舐めてんだろ。その名前もはや舐めくさってんだろ」

「だ・か・ら、舐めてなんかないっての。私が舐めてるのはこの世でただ一人――君だけだよ、若葉」

「なっ!」


 馬鹿が勝ち誇ったような目で俺を見下ろしてくる。しかも、片手を腰にあて、逆の手の人差し指で俺を指すというオマケ付きでだ。

 このやろう、絶対に何か言い返してやる。

 しかし、俺が黙考している間に、琴葉がさらなる追い打ちを仕掛けてきた。 


「へーい、アホ若葉」


 ブチ。瞬間、俺の血管が嫌な音を立てた。

 アホに、アホにアホと蔑まれるほどイライラすることはない。


「言っとくがな、俺はアホじゃない」

「どうだか、ペリーをパリ―と書く時点でそんなこと言えないと思うけど」

「いやだからそれお前! ついでに円周率を一桁しか言えないのもお前! 『ザビエル』を『ペタジーニ』って書くのもお前だけ! 何? どこの外国人選手!」

「なっ! わ、若葉、何故それを!」

「俺の机の上にアホ丸出しの答案用紙があるだろ」

 言って、俺は琴葉の答案用紙を指差す。途端に琴葉の顔色が悪くなった。というより顔が赤くなった。


「くっ! 若葉のくせに私の黒歴史を赤裸々にぃー」


 膨れっ面で俺を見つめる琴葉が唇をプルプル震わせている。妙だな、何か背筋ら辺がそわそわすっぞ。どうやら殴られるか、蹴られるか、箒でぶっ叩かれるかくらいは覚悟しなければならないようだな。

 と、俺はグッと拳を握り締めたが、

「あの~、ちょっといいですか?」


 そこで俺に救世主が現れた。


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