山田琴葉とその約束2
後頭部を支えている『枕』の存在に気付いて、目を覚ますと空が見えた。
それと、もう一つ。
赤い目をした童顔の女の子が……って、あぁそうか。これは枕と言っても……膝枕か。
「って、いやいやいや! 何やってんのお前!」
俺が目を見開いて狼狽えると、少女が「キャッ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。
……やめてくれ。それではまるで俺が犯罪者のようではないかぁ。
「か、勘違いしないでよ! だ、男子はこういうのが好きだって、どどど、どっかで聞いたことがあるからよ!」
ほう、しかしなるほど。それを口にした奴は天才だな。確かにこの心地よさ……ヤバイ、癖になりそう。
何とも言えない太ももの弾力に心が安らぎを覚え、俺は再び眠りにつきそうになる。
が、そこで気付いた。
……いてぇ。体全体がクソ痛い。
そうだった。さっきまで戦っていたのだ。高校生相手に箒を振り回して、無我夢中で、ボロボロになってまで戦っていたのだ。
ギギギと首を動かし、首から下を両目で捉えてみる。
酷い傷だった。とても見れたもんじゃない。ぺろりと舌を出せば血の味がした。唇が切れているのだろうか? 満足に動かすことのできない手を強引に顔までもってくれば、赤い液体が付着した。何だか目も重い。チカチカする。
結局、俺は勝てたのだろうか?
それとも……、
「なぁ、俺は勝ったのか?」
どこか不安げな色を滲ませた俺の声音。
しかし、琴葉は迷うことなく首肯した。
「うん、勝ったよ。強いじゃん」
「……そっ、か」
不思議と嬉しくはなかった。
ただ、ホットした。
琴葉を、琴葉の意志を守れたと思うと、俺はただただホットした。
「有名人だったんだね、あんた」
「別に。お前ほどじゃねぇさ」
「そう? 日野若葉っていう悪名だけなら、私も聞いたことあるよ」
「お互い様だろ。山田琴葉って悪名なら、ずいぶん前から耳にしていた」
「そっか。でも、そんな悪名高い私をさ、わ、私を助けてくれて……さ」
ふと、琴葉が顔を真っ赤に染めて口ごもったので、しばらくの間、俺は体が動かないのをいいことに琴葉の太ももにお世話になった。
こうして真上を見ると、今日はずいぶんと晴れた日だったんだなーと思った。
見えるのは青い空に白い雲。そして、
「ありがとう。若葉」
真っ赤な、太陽。
……はぁ、何だかな。
この戦いに、メリットなんてないと思っていた。
勝ったところで俺のためにはならないし、現に俺はボロボロだ。衣服は破れ、体中が悲鳴を上げている。そんな自分の有様を見て、もう二度とこんなバカなマネするかよ! って、真っ先に思い、そして心に誓った。
の、だが。
……いっそう、そのままの気持ちでいられたらどんなに楽だったろうか。
またしても不運は起きた。
俺は、この戦いにメリットを見つけてしまった。
俺はまた、琴葉の笑顔を目にしてしまった。
悲しいがな、不運というのは続くものだ。この際、負の連鎖とでも呼ぶべきなのだろう。
俺は、不運にもこんなことを思ってしまった。
……もう少しだけ、こいつのために頑張ってもいいかな。
「なぁ、山田琴葉」
「何?」
「お前が不良をやめたいってなら俺が手伝ってやる。今日みたいなことがあったら俺がまたお前を守ってやる。お前の代わりに戦ってやる。だ、だからさぁ……」
瞬間、己の胸の鼓動が大きく跳ね上がった。
それに呼応するように不安が込み上げてきた。
だから声を出したさ。
込み上げてきたもの、その全てをかき消すように。この澄み切った空まで吹き飛ばすように。
「不良のお前を俺が終わらせてやる!」
正門と昇降口を繋ぐ大きなツリーサークル。その中央には樹齢100年の巨木が聳え立ち、円周上のあちこちに緑化委員会によって植えられた花たちが綺麗に咲き誇っている。仮にあの巨木のてっぺんからこのサークルを見下ろすことができれば、その光景はさぞかし鮮やかに映るものだろう。
その中で、俺は宣言した。まぁ『世界の中心で愛を叫ぶ』なんてほど壮大な話ではないが、それでも、誓った。
――この街で最強の不良少女を守るなんていう大それたことを。
「……う、うぅ」
そして、山田琴葉は忙しい奴だ。
大人しくしてれば、その毅然とした態度で俺をドギマギさせるし、笑えば、この世のものとは思えないほど愛らしく、やっぱり俺をドギマギさせるし、
不意に涙を流せば、
「ありがとう。約束だよ、若葉」
まぁ、それでも可愛く見えてしまったのは、きっと金属バットで頭を打たれたせいだろう。