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不良のお前を終わらせてやる!  作者: 渡邉鍋大
15/16

山田琴葉と妹2

「おかえりー、早かったねー……って、ありゃ? そちらの方は?」


 一騒動を終えて自宅に戻ると、ラフな普段着の上に水玉模様をあしらったエプロンを身につけた少女がキッチンで出迎えてくれた。


「誰だと思う?」

「誰って……え、まさか。うそっ。あのお兄ちゃんのおともだち――」


 何気なく訊き返してみる。すると少女は面白いくらい大仰に狼狽え、ぱっちりと目を剥いてみせた。

 うんうんご名答。そうだよそうだよ。お兄ちゃんの友達だよ。今までひた隠しにしてきたけど、お兄ちゃん遂に友達ができたんだよ~。褒めて褒めて~。


「ってことはまずないわよね」

「あの、その可能性をあっさり否定しないでよ。悲しくなるでしょ」


 全体を通じてスラリという表現が合い、肩のラインをわずかにはみ出した栗色の髪とまさしくしっかり者いった顔立ちが特徴的な少女――つか俺の妹――日野綾音(そうは見えるけどまだまだピカピカの小学六年生だよ)が己の外に意識を置いたのはほんとにわずかな間、俺が一度の瞬きを終える頃にはいつもの落ち着いた口調で己の見解を述べた。


 いや、あのさ。いくら俺の悲しき学校生活をそこそこ把握しているとはいっても、もうちょい希望をもってよ。兄の現状にもうちょい希望をもってよ。ね、ねぇ綾音ちゃん!


「ども。山田琴葉です。若葉の――私は主人様です」


 そんな俺と妹の会話に半ば強引に割り込むように、背後からすっと顔を出し淡々と虚言を吐く琴葉。華奢な肢体を包む衣服をブドウジュースまみれに変貌させながら、染み付いたブドウの香りを人の家内にぷーんと放ちながら、彼女は何事もないように初対面のうちの妹と挨拶を済ます。お前はお前で……誰が誰のご主人様だよこの野郎。


「えー。ちょ。お兄ちゃん……」

「待って。冗談だから。下僕とか嘘だからな。ほらほらこいつ冗談だけは上手いからさ」


 ほんと、冗談とサッカーと喧嘩だけは玄人レベルだから困るんだよね、こいつ。頭の中は見事なまでにからっぽなくせにね……。

 実の妹から向けられるなんとも複雑そうな視線が俺の胸に突き刺さる。


 ったくなんでお前はいつもいつも、わざわざ話をややこしくするのかな~。


 俺は琴葉にそいつと同様の視線を向けつつ、妹には汗の滲んだ両手を慌ただしくパタパタさせる。そうして器用かつ熱心に誤解を解こうする。


「……はぁ、だけどそうだよね。部活動とか委員会とか、そういう特別な活動に一切関与していないお兄ちゃんが夏休みだってのにみょーに学校通ってるなー。おかしいな~と思ったら、やっぱそういうことか」

「そ、そういうこととは?」

「つまり。山田さんには学校に通うべきなんらかの用事があって、お兄ちゃんは山田さんの下僕だから、下僕だからいっつも慣れない早起きまでして学校に通ってたんだよね。あーそっかそっか。納得納得」

「……あの、ちょっと待って。だから下僕じゃないって。つか納得納得って……」


 俺の目前、綾音はそう言って一人で納得し、うんうんと頷く。

 ……この妹、昔からぶっきらぼう故に友人関係の乏しかった愚兄とは違いずいぶん人当たりがよく、そのうえ美人で頭もいいもんだから身の回りの方々にとてもとても慕われているのだが――うん、ちょっと思い込みが激しいところがあるのだ。そこが唯一の欠点なのだ。お兄ちゃん的に。いやほんと、唯一の。

 俺はおもむろに、だはぁ~。息をつき、チラッと隣を一瞥した。まぁそうだ。助けを求めたのだ。妹がいたく面倒なモードに入ってしまった。こうなってしまうと身内である俺の言葉は届かない。だから助けてくれ。なんとかしてくれ。つかお前がくだらない冗談をつかなければこうはならなかったんだよ。だからお前がなんとかしてくれよ。つか、『しろ』。と。心の中で訴えるが、


「うんうんそうだよね~。私の下僕だからね~。こいつ」


 隣の山田はこの通り。ウンウンそうだよね~下僕だからね~、と、きた。あろうことか妹の見解に即同意、ときた。さすがにムッときた。

 俺は山田の膝小僧に迷わず狙いを定め、蹴り、山田の耳元に口を近づけた。


「痛っ! ちょ、何よいきなり」

「何よじゃねぇ。あのな、お前が変な冗談言うから妹に誤解が生まれちゃってるじゃねぇか」

「誤解って……その通りじゃん」

「俺はお前の下僕じゃねぇ」

「別に何でもいいじゃん」

「良くねぇよ!」

「あー、分かった分かった。その件は私が訂正してあげるから……でもいいでしょ。そんなにキレなくても。ほら、それ以外はその通りなんだし」

「んなわけ――ま、それはそうだけど」


 確かに、冷静に考えてみると、下僕の箇所を取り除けば綾音の推測はあながち間違いではない。

 実のところ、俺は綾音の言うように夏休みにもかかわらずこのところ毎日のように学校に通っている。

 理由はずばり山田琴葉が馬鹿だから――うん、馬鹿故に、全科目補習の対象になっているから。

 なのでその馬鹿のボディガードであるところの俺は、あっち方面の方々からカリスマ的人気を誇る琴葉が通学時に危険な目に遭遇することのないようにと、彼女と二人きりでの登校が義務づけられた(他ならぬ彼女自身に)。よって俺は貴重な夏休みの時間を割いて自主的に彼女と共にくそつまらない上にくそ長い補習に身を投じ続けているのだ(校内で用もなくウロチョロするのも変なのでね)。今日だって同様に。


「ってわけで、あの、えっと……」

「あ、綾音です」

「綾音ちゃん。若葉は私の下僕じゃなくてね、その、私のボディガードみたいな奴なの」

「えっ、ボディガード。ですか?」


 この愚兄は私の知らないところで一体何をやっているのだろうか――そうとでも言いたげな綾音の眼差し。俺はバツ悪げにあさっての方向に視線を逃がす。


「そっ、実は私、結構危ない連中に目をつけられていて。そんで……端的に言えばその関係で若葉に守ってもらってるの。まぁ、そこに至った経緯を話すとちょっと長くなるんだけど……」

「ううん。ならいいですよ。また後ほど、機会があるときに話していただければ結構です。で、えっと、その山田さんは今日はまたまたどうしてうち――って」


 と、それはきっと琴葉が俺の背後から綾音とやりとりをしていたせいだろう。

 そこで初めて、というよりやっと、綾音の双眸に琴葉の紫に変色したブラウスをが映った。

 綾音の顔から血の気がみるみるひいていくのがわかった。


「あの、山田さん? その惨状は……」

「これ、まぁちょっと色々あってね……」

「あの、山田さん」

「えっ、なに?」


 琴葉が何でもないような口調で返す。

 しかし、次の瞬間、今度は琴葉の面から生気が失われていった。

 何故って?

 そりゃ、目の前の綾音が己に向け深々と頭を下げているんだもの。


「ごごごめんなさい! 山田さん! 私ったら全然気付かなくて!」

「え、えええ。えええええ!」

「すすすぐにうちのシャワーを使って下さい! 制服はそこらへんにほっぽいて頂ければ私が洗いますし着替えも私の服でよければ後で脱衣所に持っていきますから!」

「えええええーーと、あ、はい」

「あぁごめんなさい。もう、何やってんだろ私……せっかくの、せっかくお兄ちゃんの友達なのに……」


 何の脈絡もなしに現れたお客さんの要望にいち早く応えることの出来なかった己の行動をしたたかに悔いているのだろう。綾音は額に手を押し当て、落胆したように細い声を絞り出す。おかげで最後の言葉は俺には聞き取れなかったが――、


 や、やっぱこの子。良くできた妹だぁ……。


 俺は素直にそう思った。いや、別に俺がシスコンだからだとか、そんな、そんな話じゃなくてさ。だってさ、


「いやいや悪いのはこっちだから。いきなり押しかけたこっちが悪いんだから。綾音ちゃんが気に病むことは何もないから。ね、ねぇ若葉」


 ほら、いい子すぎてあの山田琴葉がかなり戸惑い気味なんだもん。あたふたした調子で俺に同意を求め、そして同意する以外の選択肢がないような鋭い眼差しを向けて、俺はもちろん、


「あぁその通りだ。お前が気にすることは何もない。悪いのはこいつ――元を辿れば俺だけど、だ、だから何も気にすることないぞ。ないからな」

「そ、そっか~。良かった~。山田さんがそう言ってくれるなら、良かったです」


 あ、あっれ~。俺の慰めは~?


 おかしい。何かが狂ってる。と、俺はちょっと拗ねてみたくなったが――綾音の機嫌が元に戻ったので良しとしよう。


 かくして綾音の復活を確かめ、琴葉は「じゃあ、ちょっとシャワー借りるね」と言い残し早足で洗面室に向かった。俺はその後ろ姿を目で追い、

 そして、


「なぁ、綾音」

「ん?」

「お前、あいつ見てどう思った?」


 ぼんやりと前方を眺め、どこか張り詰めた心地で問いていた。

 対する妹の答えは、


「す~ごく、可愛い人だなと思った」


 と。一言。


「そっか。ま、まぁ今お前が見た範囲でモノを言えばそうなんだろうな」

「何それ?」

「何でもない。何でもないよ。いやいやほんと、こっちの話」


 知らないってならそれでいい。わざわざご丁寧に説明してあげなくてもいいことなのだ。あの少女が、この街で一体どういった扱いを受けているのかなんて。

 綾音は少し怪訝そうに眉を吊り上げたが、それっきりだった。

 余計な詮索はしない。

 ほんと、よくできた妹で助かったよ。


「で、今日の昼飯はなんなんだ?」

「ん、そうめんだよ」

「またか……」

「はいはい。そう言うなら自分で作ってくださいよね。まったく、お兄ちゃんが料理全然ダメだからこうして私が作っているのに。お兄ちゃんはいつも文句ばかり」

「ご、ごめん」


 このままだと延々と妹の小言が続きそうだったので先に蓋をしておく。

 居心地の悪い場所から逃げるように、俺はいつになく俊敏な動きで食事の準備にとりかかる。


「待って」


 しかし、食事に必要な小物一式を揃え、ザルに入ったそうめんをリビングの中央に陣取るテーブルに持ち運び、箸でさっさとそいつを持ち上げたところで、静止を求められた。


「何で?」

「何でじゃない。山田さんがまだ来てないでしょ」

「でもあいつ一緒に食べるなんて一言も」

「はぁー。これだからウチの愚弟は……。い・い・か・ら。お客さんをそうやってぞんざいに扱わないの。ほら、お兄ちゃんはそんなんだなら友達少ないんだよ」

「ば、ばっかやろ! と、友達くらいいるさ! 馬鹿にすんなよ!」


 って。あれ、少ない?


 俺は、ある一連の事件をきっかけに友人と呼べる存在を失った。それこそ誇張なく友達ゼロ人になった。それは綾音だって知っているはずだ。

 なのに何故。『少ない』だなんて、


「お友達なんでしょ、山田さん。最初二人を見たときに察しがついたよ。なら大切にしなきゃ。お似合いだよ。お兄ちゃんたち。それにさ……わ、私だって私だって山田さんと仲良くしたいし」


 綾音はそう言って、


「それとお兄ちゃん。ご飯食べるときはちゃんと手を洗ってね」


 何だか、今日は妹のテンションが妙にハイような気がする。

 妹に散々からかわれてしまった件より、今にも鼻唄を奏でそうな彼女に思いを巡らせながら、俺は麺つゆの注がれたグラスを机の上に置き、促されるがまま洗面室に向かった。


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