表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不良のお前を終わらせてやる!  作者: 渡邉鍋大
11/16

山田琴葉とヒーロー3

 この季節にしては、ずいぶんと冷えた風が吹いている。

 ……それ故だろうな、これは。

 住宅街の中にひっそりと、けれど、どことなく大きな存在感を放つこの上代かみしろ墓地を歩む己の肉体を、俺は不気味なほどに冷たく感じた。


 時刻、午後七時。

 

 俺は夜空を見上げる。

 満月が、怪しく光かっていた。

 

「ったく、薄気味悪いよな。こんなところでさ、狐の面とかよ……あぁ怖えよ。あぁ失禁してもおかしくねぇよ。俺、やばいよ……」


 中学二年生という身の丈としては、いささかばかり情けないを本音をだらだらと垂らしつつ、さらにさらに奥へと、俺は足を踏み入れる。

 墓地を囲う石壁の内はシンプルそのものだった。

 足もとに目を向けると、俺の体重は灰色のコンクリに支えられており、そのコンクリが形成する中央通路を挟み横一列に墓標が並べられ、その列が何列にもわたって正面の突き当たりまで延びている。

 そう、ここは正しく、『もし、他の墓地ととりわけて異なる点があるか?』なんて問われたらちょっと返答に窮してしまうような、そんな典型的な墓地ではある――のだが、


 ……それも、ただ一つを除けばって話か……。


 今、俺の眼前には『狐』がいる。

 月光に照らされ、墓石の上に立っている。

 その姿を捉えるなり、俺は声を張り上げた。


「おいあんた! あんたが狐くんだろ! こんな時間に、俺に何の用だよ!」


 胸の内に渦巻く『恐れ』を紛らわすように、無意味に荒く吐かれた俺の問い。

 対し狐は、返答の代わりか一本の木刀を放り投げた。

 流れるがままに、俺はそれを掴む。


 狐も白木の木刀を握り締めていることから推測するに、おそらくこれで戦えということなのだろう。


「そっか。まぁそれは別に構わないけどさ。それはそれで……だけど、あのさ、もう一つ訊くけどさ」


 そして。

 このとき。

 夜の闇に紛れた黒のライダースーツに惑わされ、狐が右足を引いたことに気付くことができなかったのが、俺の失態だった。


「何でお前は琴葉を不良なんかに……」



 ――狐の返答は鋭い一太刀だった。



「えっ?」


 あまりにも唐突な戦闘開始。

 完全に不意をつかれた格好の俺。


 縦に振り下ろされた白い木刀は俺の頬を掠め、そのまま次の攻撃に備えるかの如く刃先を方向転換。俺の左脇腹目掛けて突っ込んでくる。

 それが見えた。

 そこで、我に返った。

 反射的に俺は渡された木刀を握り締めた。


「ぐっ!」


 狐による横薙ぎの攻撃。それを左腹ギリギリのところで受け止め、俺は狐と距離を取る。

 一拍置き、はぁと気持ちを落ち着かせるために息を吐くと、たった一度の攻防だというのにいたく呼吸が乱れていることに気付かされた。


 ……はぁ、どうにも話し合いで戦いを回避するだとか、そういう雰囲気ではないらしい。

 狐は本気。

 やらなきゃきっと俺はやられる。

 それは分かる。

 いや、分かるからこそ、


 ヤバイな、なんか狐の木刀がマジもんの白刃に見えてきた。これじゃあ――。


「あぁもうっ!」


 思わず口から零れかかった弱音を直前で噛み殺し、俺は手汗の滲み込んだ木刀を構える。

 頭ん中は未だかつてないほど混沌としているが、正常に働かないほどではない。

 ここ数年で無意味に培ってきた防衛本能は、その程度なもんではない。 


 そうさ。何を躊躇っているんだ、俺は。

 向こうがその気ならやってやる。『それだけ』だろ。


 ――だからまずは落ち着け。


 ――あちらのスピードに乗せられたらダメ。


 そう自分に言い聞かせ、

 

 ――やるならこっちから。


 瞬間、俺は地面を蹴って狐の懐に飛びかかった。


「うぉぉぉぉーっ!」


 俺の攻撃に備えるように狐がグッと柄を握り締める。

 一瞬の攻防。

 ここぞとばかり。

 俺は作戦を決行する。


 ――ポンっ! と。

 俺は勢いよく足を振り上げシューズを狐の面へ。


 そう、俗に言う目くらまし。


 いやいや卑怯だなんて言わないでくれよ。

 実力差は明白。

 勝てるチャンスはおそらくここにしかないのだから。


「っ!」


 俺の奇行に、狐は一瞬だけ動きを止めた。面をしているため、狐の表情は窺えないが、その腕は焦ったように俺のシューズを弾いていた。


「もらったぁぁぁぁ――っ!」


 かくして、がら空きになった狐の面。

 千載一遇のチャンス。

 俺はありったけの力を込め、木刀を振り下ろす。

 ――しかし、

 ビュンと鋭い音を立てた俺の武器は、やがて音もなく地面にひれ伏せた。


「な、なんで、俺は……」


 月光をバックライトに俺を見下ろす人影。俺の攻撃は、狐に届かなかった。 

 俺が振り下ろした木刀は、白き刃によってあっさりとかち割られた。

 負けたのだ。

 単純に強かった。


 俺の渾身の一撃よりも、一瞬遅れて放たれた狐の一撃の方が。


「……」


 狐は無言だった。無言で白刃を振り上げ、自身の頭上で停止させた。

 上段の構え。面の下から覗く狐の眼光と白刃が真っ直ぐ俺を見下ろす。

 その瞬間、俺は動けなかった。

 武器は使い物にならないが、体自体はほぼ無傷に近い。実力差から早期決着を狙ったこともあり、体力的にも問題はない。体はまだ動いた。


 けれど心が折れた。


 俺の中で、結局最後の最後まで消えなかった疑念。


 そもそも何故俺は狐と戦っているのか? 勝ったところで先に何があるのか? 

 狐は琴葉のヒーローだ。琴葉が悲しむだけじゃねぇのか? 


 俺は戦いの中で戦う理由を考えていた。

 それはもう考えないと決めたことだった。

 売られた喧嘩は問答無用で買っていく。相手が善人だろうが何だろうが関係なく、勝っていく。そうしないと自分が苦しむだけだから。傷つくだけだから。いつもそうやって自分を奮い立たせていたのに――。


 変わってしまったのだろうか、俺は。


 渾身の一撃の中、琴葉の顔がちらついた。今にも泣き出してしまいそうな顔だった。もし俺が狐に勝ってしまったら、あいつはこんなひどい面になってしまうのか。あれだけ無邪気に笑うあいつを、俺はこんな面にしてしまうのか。咄嗟にそう思って、結論を出した。


 それは嫌だった。


 やがて、白刃が振り下ろされた。

 俺は目を瞑った。

 目を瞑るのは、この戦いで二回目だった。


 ……。


 しかし、沈黙が数秒。 


 ……ぽた……ぽたぽたぽた。



 俺に降りかかってきたのは赤い液体だった。



「ゴホッゴホッ!」


 狐は、地面にうずくまっていた。

 面の隙間から、血が滴っていた。


「お、おい、あんた!」


 俺は咄嗟に狐の肉体を支えようとする。

 が、


「来るな――っ!」

 

 怒号にも似た狐の叫びが俺の動きを止めた。

 予想通り、女の声だった。


「私を止めたいのなら、私に勝ってみろ」


 狐はゆらりと立ち上がり、小刻みに震える手で白刃を握り締める。面の奥から伝わってくる鋭い眼光が俺に畏怖の念を抱かせ、俺は思わず後進してしまう。

 捨て身の相手。ただでさえ俺の実力を遥かに凌駕する相手が、この戦いに全身全霊を賭けている。まともにやり合えば軽傷では済まない。わざわざ頭で考えずとも、そんなことは理解できる。


 ……理解できる。けどさ、


 それでも逃げちゃいけないと思った。ここで狐を放っておいたら琴葉が悲しむ。彼女は琴葉にとって、唯一無二のヒーローなんだから。

 俺は目を閉じて深く思索する。

 狐が言う通り、彼女を止める手段が俺の勝利しかないのなら――。


「分かった。後悔しても知らねぇぞ」


 狐に背を向け、かち割れた木刀の柄を拾い上げる。木刀は本来の半分の長さ。けれど、短いとは思わなかった。

 不意に気付く。

 体が軽い。

 あぁそっか。戦う理由ができたからか。

 グッと柄を握り締めると、俺は体を反転させ狐を正面から見据えた。狐との距離は五メートルくらいだろうか。凄い近くに感じる。大丈夫、今の俺なら一歩で狐の懐に入り込める。

 それを確信して柄を構える。

 結局、何故狐は俺に戦いを挑んだのか? そんなことをふと考え、すぐに結論を出す。


 ――勝ってから訊けばいい。


 最後に残った雑念を取り払い、俺は右足を引く。


 近くで誰かが唾を飲み込んだ。


 それと同時に、俺は狐の懐へ飛び込んだ。

 すかさず狐が白刃を振り下ろす。

 刹那、俺は斜め左下から柄を振り上げる。


 ガン!


 響き渡る刃と刃の衝突音。

 宙を舞う白い刃と狐のお面が、俺の勝利を告げていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ