とある文通。
携帯が普及した世の中。こんないたずら書きが未だにあるとは。
私、学校の美化委員委員長である水無月美華は、とある廊下の前で唖然とした。いや、正確に言えば、廊下の壁の前で、といったほうが良い。
そこにはでかでかとこう書かれていた。
『はじめまして!ミツと申します。よろしければ、文通しませんか?返事求む!!』
求めるな!!
と思わずつっこんでしまう内容である。ご丁寧に日付まである。しかも5日前。メルアドなどは書いていないところを見ると、ここ、つまりこの壁で文通をしようという魂胆のようだ。美化委員の委員長としては許せるはずがない。もちろん、許す気は毛頭ない。
幸いにも、それは鉛筆で書かれていた。校内美化の使命に燃える私は、それを消そうとした。が、しかし、消しゴムを持ったその手はその使命を果たすことができなかった。
なぜか。理由は簡単。こういうものは消しても、すぐに書かれてしまうからである。
私の頭の中には、過去の事例が走馬灯のように駆け巡った。
廊下の壁に始まり、机の落書き、ロッカーの落書き、窓枠にもあれば、あちこちの手すりにもある落書き……。消しても、消しても、私の努力をあざ笑うかのように次から次へと新たに書かれていく。
しかし、ここで負けては美化委員の名が泣くわ!と、負けじと落書き消しに精を出していたから、気づけばみんなからは『校内美カ』と呼ばれ、学校行事があるたびに引っ張りだこにされ(まぁ、落書き消しだけじゃなく、ごみ拾いとかも頑張っちゃうからだけど)、いつの間にか美化委員長にされてしまったという経歴があるのは確かである。こんな落書きは有無を言わさず消すのがいつもの私。
いつもの私はそうだけれども、いっそ『ここは落書きをするところではありません』と書いたほうが良いかもしれないと、今日の私は思った。
もしかしたら、私の注意書きを見た他の人も落書きを気持ちだけでも減らしてくれるかもしれない。たとえそれが、一番落書きの多い、人通りが少ない理科棟の4階の廊下であり、そして、落書きの減る可能性が限りなく0パーセントに近かったとしても。
私は決意を新たに消しゴムをかけ、そして次の見回りへ向かった。『ここは落書きをするところではありません』と残して……。
翌日。たまたま理科の実験があり、私は例の場所を通った。何を思ったか、ついでに見てみると、私の注意書きが消されているではないか!そのうえからはこのようなことが書かれていた。
『はじめまして、名前は、えぇっと、生真面目さん?まぁいいや。お返事ありがとう!誰からも返事がなくて、さみしかったところなんです。書き込みをしてから何日かたったけども、誰も返事してくれないんだよね。気味が悪いのかなぁ?
ともかく、簡単に自己紹介をします!ミツです!性別はわからないほうが面白いんで、とりあえず秘密。学年、クラス等も秘密。趣味は音楽聴いたり、読書したり、外で走るのも好きかな?いろいろあります。生真面目さんもいろいろ教えてね♪』
教えるか!ていうか、私の書き込みをどう解釈すれば返事になるんだ!?書くなってかいたのに、どうして書いてる!?何故!?
私は授業後、誰もいないのを見計らって、書き直した。
『ここは学校の壁です。一応公共のものです。私的な落書きは止めてください!落書き禁止!!』
私は書き終えた後、嫌な予感はした。この時点で止めておけばよかったかもしれない。しかしこの時、私は最大の間違いを犯してしまった。うん、認めよう。私は浅はかだった。
翌日。
『生真面目さんへ
お返事ありがとう!落書き禁止とかいいながらも、生真面目さんもここに書き込んでいる時点で立派に落書きしていることになるよ?だから、この際、気にしない☆』
……私はかなり、熱血タイプならしい。友達によく言われる。見た目に反して、短気だとも。この時点で、私がとれたであろう手段は二つ。きれいに消して完全無視か、落書き禁止のポスターを作るか。他にもあるかもしれないが、この程度が妥当であろう。
ところが、このときの私の頭には第三の選択肢、徹底抗戦しか浮かばなかった。私はこいつとは違う!と思ったからである。……いや、正直に言おう。☆マークがさらに私を苛立てた。なんだ、この軽いノリは!
『私はあなたみたいな軽い人は大っ嫌いです。どうぞ、こんな公共のものにではなく、パソコンや携帯の掲示板といった、公に公開されたところで思う存分に書き込んできてください。簡潔に言います。迷惑です。気に障ります。ただちにやめなさい。』
今の私の気持ちを素直に表現する。さぁ、こいつはどうくる!?
その翌日の書き込みを見て、私はただ無心に鉛筆を走らせた。頭にあるはひたすらの徹底抗戦。
『生真面目さんへ
結構熱血さんなんだね!いや、学校って本当に楽しいところだ。楽しい人にたくさん出会える。生真面目さんは迷惑がってるようだけど、こんなところの落書きなんて、誰もわざわざ気にしませんって。どうせ、あと少ししかここにいられないんだから、これくらいいいでしょ?それに、私パソコン使えないし、携帯も持っていません。だから、廊下か丁度いいんです。それにここに書き込んだから、生真面目さんみたいな人に出会えたんだよ?廊下っていいね!人との出会いに満ち溢れているよ。素晴らしきかな、学校の廊下☆』
『そんな廊下のほめ方はしないで下さい!ていうか、ここは壁です。壁。そもそも!誰も気にしないからって、やってはだめなんです!みんなで使うものはきれいに使いましょうって、小学校ででも習いますよ!そんなマイペースでごまかそうとしないでください!』
『生真面目さんへ
生真面目さん、私から見ると、あなたも相当マイペースですよ。生真面目さんの返事は「え?そこにつっこむの?」って思うことがたくさんあって、毎回楽しみです。いやぁ、マイペース同士、気が合いそうじゃありませんか?』
『あ・い・ま・せ・ん!あってたまるか!ていうか、よけいなお世話です!とにかく、止めてください!』
『生真面目さんへ
余計なお世話ってかくところが、図星だって認めてて面白いね!ほんと、楽しい。そういえば、今日は久々に大雨だったね。カバンがビショビショで教科書がすごいことになった よ。これ、次に開くとき、パリパリいうんだろうな……。生真面目さんは大丈夫でしたか?』
『何度言えばわかるんです?ここには何も書かないで下さいって何度も言ってるでしょう?それに、教科書は濡れたらすぐに干せばいいじゃないですか、一枚ずつ。それと、私の心配は無用です。私のカバンは二重ですから。って、そんなことはどうでもいいんです!とにかく、やめましょう!』
……などなど。
そんなこんなで、何日も奇妙な文通が続いた。相手(ミツだっけ?)は、一向にやめる気配はなく、マイペースに進めてゆき、私は徹底抗戦を続ける。時にはつられかけることもあるが、そこは意地で頑張る。そう、これは私の使命。こいつの落書きをやめさせること。私はそのために日々、注意を促し続けた。
そんなある日、私はミツ(このころには名前で呼ぶようになっていた。名前くらいは呼んでやってもいいだろうという私の慈悲である。) の文章に気になるものをみつけた。
『あ、そうそう。聞きたかったんだけどね、生真面目さんは真面目だから、律儀に返事を返してくれるんだろうけど、返事を書かなかったらいいのでは?とは考えなかったの?ここって、案外人通りが少ないから、ほっといたらいいんじゃないの?いつも返事を書いてくれるのだって、わざわざ見に来てくれてるからでしょ?あ、私は嬉しいよ?もちろん!ただ不思議に思ってさ』
ミツがこう書いてきたのを見て、はっと我に返った。徹底抗戦しか頭になかったため、そのことにさっぱり思い浮かばなかった。自分の間抜けさが悲しい。自分にあきれ果てる。今年の目標は『ひとつのことにとらわれない』だったのに。
そうだ、きれいに消して、無視すればよかったのではないか!後悔先に立たず。後の祭り。
この日もたまたま実験があったため、私は授業の帰りに書き込みを見ていた。自分の過ちに気づいた私は、これからどうしていいかわからず、ただただ呆然とするのみである。
「美華?」
どれくらいそうしていただろうか、先に帰った友達の亜理紗が私を呼びに来た。
「次、移動教室だよ?そろそろ行かないとベルがなるよ?」
壁を見つめる私を見て、亜理紗はいぶかしげな顔で近寄ってきた。
「美華?何見てるの?」
私は黙って、壁を指差した。亜理紗も黙って、私の指の先を見る。
「……なにこれ、文通?」
「おそらくは」
文通とは手紙のやり取りのことだが、このやり取りはある種文通と読んでもいいだろう。文字を交わしていることには変わりないわけだし。
「……。とりあえず、移動しよう、時間がないから話は後で聞くわ」
少しの間の無言のあと、亜理紗は言った。この文通についての説明を求めようとしたらしい。が、しかし、ここに来た本来の目的を成し遂げるほうを先決したようだ。私も授業に遅れるのはいやだったため、このやっかいな問題についてはしばし、ほうっておくことにした。
「……で、美華は返事に困っているわけ?」
時間は昼休み。お弁当を囲みつつ、今までの経緯を話した後の亜理紗の第一声。私はうなずくしかない。
「ここで、ぱったりとやめるという考えはないわけ?」
「ここでやめてもいいと思う?」
「いいんじゃないの?」
「ん……でも、やっぱり乗り掛かった船には最後まで乗らなくちゃ!」
私の台詞に亜理紗はため息をついた。
「それ、なんか違うよ……」
「……やっぱり?」
お弁当の黒豆をつつく。ん、逃げやがる。豆のくせに。豆のくせにぃ!
「……突き刺すの、諦めたら?見てらんないよ」
豆を突き刺そうとする私。お箸から逃げようとする豆。かなりの熱戦を繰り広げる私(と豆)を見て、付き合ってらんないわ、と亜理紗はため息をつく。
「いつだってそう。美華は頑固だから、一度決めたら最後までやろうとするんだよね」
意地で、お箸を豆に突き刺すことに成功した私を見て(そのときの私は豆のとの戦いの勝利に、悦に入っていた)、亜理紗は苦笑交じりに続ける。
「適当に返事をしたら?私は、あなたに落書きをやめさせるという意思を頑固として貫きます、とかさ。ここで私が止めたとしても、美華は今更後に引きたくないんでしょ?なら好きにしなよ、美化委員長さん。私は傍観者を貫くから、あなたはあなたの意志を貫きなさいな」
何気にヒドイ言いようだが、例の文通に関して、私は亜理紗の言葉でどこか勇気づけられた。うん、持つべきものは友である。
「あ、でも、相手の正体を探るのも面白そうかも」
て、傍観者の立場はどうするの?探ってちゃ傍観者とは言わないよ。
私の疑問などお構いなしに、亜理紗は「狙いは放課後か?いや早朝か?」と、ひとり別世界に旅立っていった。
友よ、達者でな……。せめて、次の授業までには帰ってこいよ……。
私は食べ終えたお弁当を片づけると、旅立った友に「じゃぁ、先に行くね」とそっと声をかけて、屋上を後にした。亜理紗はそんな私の行動に全く気付いてなかった。……後で怒られたとしても、一応声をかけたんだから、そんなに怒られることはないだろう。多分。
さて、亜理紗に勇気づけられた私は、例の廊下に向かった。もちろん、返事を書くためである。なんて書いたかはここでは語らないが、いつもと同じように、落書きを止めるように、という内容をしっかりと書き綴っておいた。私にとって絶対に譲れないことを、落書きの禁止を、訴えておいた。
その翌日。返事を見た私は、不覚にも微笑んでしまった。これでこそ、徹底抗戦のやりがいがあるというものだ。
『生真面目さんへ
あの文を見たら返事を止められてしまうかも、って心配になったけど、いらない心配だったね。それでこそ、生真面目さんだ!いやぁ、私の書き込みに返事をくれたのが生真面目さんで、本当に良かったよ!これからもよろしく!
そういや、今度の学園祭でさ……――』
私はこの学校の美化委員委員長である。日々校内の美化に努めるのが私の役目だ。私は今日も落書きの禁止を呼び掛ける。相手は一向に止める気配はないが、私も止める気はない。いつまで続くかわからない。しかし、あくまでも、徹底抗戦を貫こう。なぜなら相手に不足はないからだ。ここで止めれば、私の名が泣く。そう、私には使命があるのだ。
学校を美しく保つ。そのためには努力を惜しまない。
『だから、何度も言いますが……――』
今日も私の戦いは続く……。
はじめまして、碧と申します。初投稿ですが、お楽しみいただけましたでしょうか?
学校の落書きって見つけるとどこか楽しいですよね。机や窓枠、廊下の壁の落書き。落書きはいけないものなのですが、自分の知らない誰かが確かにそこにいたんだなぁ、と実感させてくれ、面白います。
というわけで、携帯が普及していつでもどこでも友達と連絡ができるようになった現代、そんな現代だからこそ、こんな落書きがあったら楽しいだろうな、と思って書いてみました。
私は何かを書こうとすると、長〜くなる傾向があるので、短くしようと努めたところ、こんな形の小説になりました。(ついでにコメディっぽくしようと努めたのですが、ちゃんとコメディっぽくなってますか?)
本当はもっといろいろ考えていたのですが(ミツは何者なのか、とか、亜里沙はミツと突き止められたのか、とか)、読者様のご想像にお任せすることにしました。
もし楽しんでいただけたなら、私としてはこの上なく嬉しいです。
つたない文章ですが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
追記:落書きはいけませんよ!書いたら必ず消しましょう!
それでは、失礼しました!
さらに追記:短編の予定でしたが、そのうち続きを書くかもしれません。その時はどうぞ、お付き合いよろしくお願いします!