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kaorin

作者: 木野晴香

昨日、まきすけのお葬式に行ってきた。

わたしは途中で追い出されて、めちゃくちゃかっこわるくて、むかむかしちゃった。

わたしね、ただビデオ撮ってただけなんだよ~。なのに、「不謹慎な!帰りなさい!」って突き飛ばされて追い出されたの。みんなの見てる前でだよ。ひどいよねー。

親友だったまきすけの最後のお葬式だから、ビデオに残してあげたいと思ったんだよ。まきすけとわたしの楽しい思い出をいっぱい詰め込んだ「メモリアルHP」も作ってあげたかったのに。

そうしたら、わたしも、まきすけのお母さんも、友達も、みんながいつまでもまきすけのことを忘れずにいられるし、絶対いいと思ったんだよ。

わたしは家族のビデオを見るのが好きだよ。わたしの生まれたときのビデオも持ってる。ずるんとして、血がいっぱいついてて、ちっともかわいいとは思わなかったけど、 小学校の給食当番みたいな服を着せられた父さんが、目をウルウルさせてわたしを抱っこしてカメラに収まっている、それを見ただけでわたしは生まれてきてよかったなって思えるよ。

七五三も、入学式も、ちゃんと撮ってある。お兄ちゃんの結婚式のビデオは、かっこよく編集して親戚にも配ったよ。

なのに、何でお葬式はだめなの?

まきすけ、結婚もしないで死んじゃったんだよ。わたしなら、絶対ビデオにとって残してもらいたいなぁ。


まきすけは、わたしの高校のときからの友達。すっごくおしゃれでかわいいの。

でも、ちょっと惚れっぽくてさ、気に入った男の子をみつけると、猛烈にアタックして自分のものにする。

まきすけが好きなタイプは、まず、有名大学の学生か有名企業の社員。これは絶対条件だったみたい。そして、話が面白くて外見がすっきりしてる人。まじめな人が好き!とか言ってるけれど、 付き合ってみたらけっこう遊んでる人だったというパターンが多いみたい。

類は友を呼ぶってやつかな。

まきすけは、コロコロと彼氏を替えて、いったいどの人と結婚するだろうって、みんなが楽しみに見てたんだけど、日曜日の夜、歩道橋で足を滑らせて頭を打ったとかで、あっけなく死んじゃった。

あとで通りかかった人が見つけて救急車を呼んだのだけど、もうすでに死んでたらしい。

まきすけのドジ。あんたらしくないよ。




>送信者:とし      宛先:かおりん

>件名:Re:まきすけのお葬式

>お久しぶりです。さっき実家から帰ってきて、メールを読んでびっくりしました。

>お葬式も終わってしまったのですね。彼女にお別れを言えず、残念です。

>彼女と別れてからもう1年近くになるので、連絡をもらえたこと自体、意外でした。

>ご冥福をお祈りします。

>かおりん、ありがとう。お元気で。



かおりんが死んだって、まきすけのお母さんから聞いて、わたしは知ってる限りのまきすけの「元カレ」に連絡をした。

元カレたちはたいてい冷たかった。形だけ、ご愁傷様と言ってくれたけど、お葬式にきた人はほとんどいなかった。

かわいそうなまきすけ。でも、もしかすると、元カレたちがうんざりするようなことを、まきすけはしていたのかもしれない。




>送信者:まき     宛先:かおりん

>件名:かおりん頼むよ~~!

>かおり~ん、たすけて。まずいことになっちゃったの。

>うーん、言いにくいなあ。どうしようかなあ。

>あのねー、病院行かなくちゃならないんだよ。

>心細いから、ついて行ってくれない?

>お・ね・が・い!CHU!

>誰にも内緒だよー。



まきすけって、ちょっと無神経かもね。普通一人でこそっと行くでしょ?

それに、たぶん初めてじゃないはず。いいかげんにこんなこと、やめさせなきゃぁね。

まきすけとわたしはとっても気が合うけど、こういうところでは、わたしたちは正反対だったの。だからうまく行ってたという気もするけど。



>送信者:かおりん   宛先:まきすけ

>件名:Re:かおりん頼むよ~~!

>まきすけ、ださっ!サイテーだなー。

>わたしは付いていくの嫌だよ、そんなところ。わたしまで疑われちゃうじゃない。

>大好きなまきすけの頼みでも、今回だけは聞いてあげられないね。

>やーい、泣け泣け~~~!天誅じゃぁぁっ!

>と言いたい所だけど、仕方ない。百歩譲って近くまではついていってあげる。

>近くに感じのいいお店とか喫茶店とかがあればいいな。もち、まきすけのおごりだよ。




外はいつのまにか、雨がしとしと降っていて、開け放った窓からの、湿った土の匂いと向かいの喫茶店のカレーの匂いが混ざって漂っていた。

「おいっ!もう昼だぞ。いつまで寝てるんだよ。」


お兄ちゃんの声がしている。まだ眠いのに。

「おまえ、いつ来てもだらしない生活してるよなー。あっ、このポテチ、食べかけじゃん。湿ってるぞー。くあ~~っ!おまえ、チャットしながらON寝に突入したなー。パソコン繋ぎっ放しだぞ。」

「うるさいなぁ!ほっといてよ。いっつも急にくるんだからぁ。」

「母さんに頼まれてるんだよっ。おまえがちゃんと生活してるかどうか、たまに見に行ってくれって。」

「告げ口してるのねー。わたしのこと。」

「控えめに言ってあるよ。だって、本当のこと言ったら、母さんぶっ倒れちゃうよ。」

「それはどうもありがとさんでございますーっ!」

「まきちゃんの事聞いてから、おまえは地元で就職させたいなんて言ってたぜ。いい子にしてなきゃ、本当に連れ戻されちまうぞ。」


それはいやだ。絶対にいやだ。わたしはここで就職して、ここで結婚相手を探して、そしてここの人になるの。


そう。

東京に住むこと。---それが、まきすけとわたしの夢だったんだもの。



お兄ちゃんは、しばらくCDをあさり、気に入ったのを何枚か持って帰っていった。

あゆとZARDのCDを、まきすけに借りたままになっているのを思い出した。わたしが持っててもいいよね。

うん。いいよ。大事にしてね。

まきすけのちょっと鼻にかかった声を真似て言ってみた。


冷蔵庫を開けると、牛乳と、今朝食べようと思ってとってあった焼きそばロールが消えていた。

仕方ないので、出かけることにした。

先週買ったスモックと、ジーンズを着て、髪を高く二つに括った。

そろそろ美容院に行って染め直さなきゃ。バイト代がどんどん消えてゆく。いい女は体力と経済力が必要だ。

「わたし、一生おしゃれしていたいから、それを実現できる相手を探すの。」

まきすけの言葉がふっと通り過ぎた。


彼に電話してみようかな。

最近デートしていない。

ガーデンテラスでコーヒー飲みながら、愛の虫干しでもするか・・・。


わたしの彼は、まあまあかっこいいんだけど、話が堅い。

宇宙の果ての話とか、物理の話とか、目をきらきらさせながら話してくれるんだけど、わたしにはさっぱりわからない。

それでも、彼の目を見て、「うん、うん」って相づちを打っていたら、それで満足している様子だ。

ボーリングやテニスもうまいんだけど、すぐに理論の説明が始まって、わたしはスクールの生徒になったような気がする。

とし君がまきすけの彼氏だったころに紹介してくれたんだけど、まきすけにはいつも笑われっぱなしだった。

彼と2回以上デートしたのは、世界中でわたし一人だそうだ。

確かに・・・わかる気がする。


でもね、わたしは今のところ、彼と別れるつもりはないの。

浮気しないし、わたしのすることに干渉しない。そして、なによりも、わたしの髪を撫でながら、「カオリ、かわいいよぉ。かわいいよぉ・・・。」って子犬に話すように言ってくれる、あのときの彼のやさしい瞳が好きだから。




やっと梅雨があけて、バーゲンも始まって、遊びとバイトで多忙な夏休みが来た。

セミも鳴く。ひまわりも咲く。わたしは夏が大好き。

出かけようとしたら、バッグの中でキロロのメロディーが鳴った。電話をとると、まきすけのお母さんだった。もうずいぶん前にもなるお葬式のときのことを謝ってくれている。まきすけと違っておとなしい気の弱い人だ。

まきすけの持ち物の中から、形見のノートパソコンをわたしにくれるという話だった。

ノートパソコンはすぐに宅急便で送られてきたんだけど、わたしは電源を入れてみてびっくりした。

まきすけが使っていたそのままの状態で、ファイルもそっくり残っている。パソコンなんて触らないまきすけのお母さんには、フォーマットなんて言葉さえ思いつかなかったのだろう。

まきすけ、見たら怒るかなぁ。でも、もう死んじゃって、恥かしいとか秘密とか、そんなこと関係ないみたいに思うし、わたしは他人にしゃべったりもしないから。

わたしはひとつのことを思いついたの。まきすけのメル友に、まきすけはもういないって連絡してあげよう。うーん。悲しすぎるかな。

かわいい熊のいるメーラーを起動し、わたしはドキドキしながら受信簿を開いた。

あるある。わたしの知らないハンドルネームがいっぱい。内容はどれもつまんない暇つぶしな挨拶とかで、わたしがわざわざでしゃばる必要はなさそうだ。

一番新しい日付のメールは、まきすけが死んだ日のもの。夕方メールを読んで、そして出かけていったんだ。まきすけはあの日、一体どこに出かけていったのだろう。

誰と最後の時間を過ごしたのだろう。

遊びに行く約束はたいてい電話でするだろうから、メールには何も残っていないよね。そう思いながらも、「覗き見」がとまらなくなってしまって、そんなわたし嫌だなあって心の左半分で責めつつ、それでも次々とメールを開いていく。

いくつか開いたところで、私の知ってる名前があった。とし君だった。なんだ。メールはしてたんだ。もう会っていないと思っていたのに。


>送信者:とし      宛先:まき

>件名:お勧め映画

>今日、雑誌のプレゼントで映画のチケットが当たったんだ。

>この前劇場で、この映画の予告編を観たよ。

>君の好きな俳優が出てるし、ストーリーも面白そうだ。

>彼女と行くつもりだったけど、ちょうど公開時期に旅行に行くって断られてしまった。。

>もったいないので映画好きの君に2枚ともプレゼントするよ。

>この映画の情報はここで↓

>http://www2.lovescre............

>とし


まきすけは、そのチケット受け取ったのだろうか。まきすけの映画好きは、とし君の影響だ。2人のデートの時間のうちの半分以上は、映画館の中だったんじゃないかな。

それと対称的に、最後のまきすけの彼氏は映画には全然興味がなかった。じっとしていられない、スポーツ参加型の人だった。

だからまきすけは、映画を観に行くときは必ずわたしを誘ってくれてたのに、なぜかこの映画は誘われなかった。

まきすけがこれを見逃すはずないのだけど。そして、まきすけが一人で観に行ったなんて、もっとありえない。



わたしの知らないまきすけの世界が、薄っぺらいパソコンの中にあった。

わたしの彼が話してくれた「宇宙の果て」の風景が、夕暮れの薄暗い部屋に広がっていた。


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