七、覚醒
「何なんだ? やはり不法侵入がまずかったか?」
しっかり並んでおくべきだったと、エミルは少し反省しつつ、周囲を窺うと、部屋の中は結構と広く、何かの控室のような場所だ。
部屋には男達が十数人いたが、どれも血走ったような目をしており、尋常ではない様子だった。放り込まれたエミルにも全く気にも留めず、銘々体を動かしたりしていた。
(恐ろしそうな所に放り込まれたな……これから何が起こるのだ)
エミルは体を拘束されているため、何も出来なかったので、目立たないように、壁に寄りかかり、じっとしていることにした。
エミルがそうして半刻程の時が経過した辺りで、キーという軋んだ音と共に扉が開かれた。
甲冑を着て、右手に槍を持っている三人の男が、部屋の中に入り、一人の男の腕をとると、そのまま外に連れ出されていった。
暫くすると大きな歓声がどこからか聞こえてきた。少しの間はその声は続いいたが、突然ぴたりと声が聞こえなくなった。
そして、また扉が開くと一人が連れていかれた。
延々と同じことが繰り返され、遂に、エミルだけが部屋に残された。
前の男が連れて行かれて、歓声が上がり、静まり返るという一連の流れが終わった。
それはエミルの順番が回ってきたことを意味する。
エミルは青ざめた表情で、ガタガタ震えていたが、無情にも扉が開かれ、甲冑の男達が、拘束されているエミルの頭に袋を被せ、外に運びだした。
「おい! やめろ! 離せええええええええええ!」
今までの様子から鑑みても只事でなく、良いことなど起こる余地などあるわけがない。
必死に抵抗するエミルだったが、拘束されている以上、手も足も出ない。
運ばれている間、ずっとエミルは叫んでいたが、突然地面に放り投げられ、足枷などの拘束が解かれた。頭に被されていた袋を自分で外しし、初めに目に入ったのは鉄格子を閉める甲冑の男の姿だった。
「おい! 何するんだ!」
フェンスをガンガンと叩いて抗議をしたが、甲冑の男達は背を向け去って行った。
『さーて、本日はこれで最後の挑戦者となります!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
エミルが甲冑の男の背中を目で追っていると、唐突に大きな声がエミルの鼓膜を刺激した。
「何だ!?」
エミルが鉄格子に背を向け振り返ると、そこは闘技場のような場所で、塀の上にある観客席に三百六十ぎっしりと人々が敷き詰められていた。
観客達はエミルを見ながら歓声を上げている。
『さて、ルールは簡単、これから魔獣と戦って貰い、見事貴方が勝利を勝ち取ることができたら、貴方が罪人の場合は罪が赦され、解放されます! また、一般枠の参加の場合を贈呈します! それでは開始!』
『おおおおおおおおおおおおおおお』
「な、何だあれは!?」
いつからいたのか、大きなライオンがエミルの視界に割り込んで来た。
それは、良く見ると、ライオンではなく、背中には黒い羽、そして蠍のような形の尻尾が生えていた。
大きな口からは鋭く尖った牙が生えており、涎を垂らしながら、鋭い眼光でエミルを睨んでいる。
「あれは……マンティコアか!? あれと戦えって言うのか!?」
仕事上、ファンタジー系の知識に明るいエミルは、その形状を見てマンティコアと判断した。
空想上の生き物である以上、どれほど凶暴なのかはエミルの知る由もないが、普通のライオンでさえ手に余るものを、上位互換のようなものに勝てるかどうかなど、自明の理であった。
必死で逃げ道を探そうとするエミルだったが、生憎逃げられる所はどこにもなく、観客席まで登るのも壁が高すぎて不可能だった。
逃げ道はないと悟ったエミルは、取り敢えず、側に転がっていた、剣と盾を手に取った。
「こんな物で倒せるわけがないだろっ! ふざけるな!」
いくらぼやいた所で、状況は変わらない。
しかし、それは飽くまで、良い方にはということで、悪い方には簡単に変わって行く。
マンティコアが痺れを切らしてか、脱兎の如く速さで、エミルに向かって突進して来たのである。
それをエミルは左に転がり、ぎりぎりの所で何とか躱すことに成功した。
そして、マンティコアから目を離さないように、直ぐ様立ち上がり、マンティコアを見据える。
マンティコアはガルルと低く唸りながらながら、またエミルに突進をする。
同じように躱すエミルだったが、今回は突進だけではなく、続けて、爪でエミルを引っ掻こうとする。
エミルはその攻撃を盾で受け流した。
そんな攻防を暫く何度も繰り返した。
完全にマンティコアはエミルを舐めており、遊んでいるのだろう。
だが、防戦一方だったエミルは隙を突き、剣を振るって反撃に出た。
その切っ先は何と、マンティコアの目に突き刺さったのだ。
マンティコアは目から血を吹き出しながら咆哮を上げている。
戦闘が始まってからずっと鳴り止まない歓声だったが、ここに来て一番の大歓声が上がった。
「うおおおおおおおおおおおお!」
エミルもそれに同調するように雄叫びを上げた。
調子付いていたエミルだったが、途端に背筋に寒いものを感じた。
マンティコアがどう見てもキレていたからだ。
咆哮を上げると、先程までとは比べものにならない速さでエミルに突進した。
エミルは為す術もなく吹き飛ばされた。
そして、起き上がることを許されず、前脚で体を抑えこまれた。更に、大きく開かれた口がエミルに向かって襲いかかろうとしていた。
(ああ、こんなので死ぬのか、俺は。まだ始まったばかりだったのにな……結局、魔法なんて使えなかったし……神でも魔王でも誰でも良いから俺に魔法が使えるのなら誰か教えてくれよ……死にたくない…… )
『同期完了しました。 これより、AIサポートを開始します』
(何だ……?)
頭の中に突然機械的な声が聞こえてきた。すると、今まで、使い方が解らなかった魔法の使い方が突然、何故か解るようになった。
「ふふ……そうか……そう言うことか、魔王のAI……『ブレイブ』の遺物か」
エミルの体、つまり、魔王の体には『ブレイブ』でエミルが組み込んだ魔王のAIがそのまま残っていたのだ。
それが、エミルの想いに呼応して眠っていたAIが稼働したのである。
AIのお陰で、完全に魔王の力を掌握するこに成功したエミルは、まず、マンティコアを払いのけ、立ち上がった。
「さあ、チュートリアルを始めようか、猫」
そう言うと、エミルは掌をマンティコアに向ける。
「グラビティ」
言葉に呼応するかのように掌から魔法陣が現れ、マンティコアは何かに潰されるかのように、ばきっと地面にひびを入れながら突っ伏す。
【グラビティ】とは重力支配の魔法で、対象にかかる重力を自由に支配することができる。
效果範囲はさほど広くはなく、精々、対象から半径五メートル程である。
「ふむ、こんなもんか。悪いが、もう終わりにさせて貰う」
エミルはまた掌をマンティコアに向けた。
「ブラックアウト」
エミルが魔法を発動させると、マンティコアは地面に這いつくばったまま動かなくなった。
エミルが【ブラックアウト】によって意識を奪ったからである。
マンティコアが完全に動かなくなったのを目の当たりにした観客たちは、一瞬、静寂に包まれた後、ざわめきだした。
何が起こったかが、把握できずに、混乱しているようだった。
すると、進行役のような男が闘技場に降りて、マンティコアの様子の確認に来た。
「何だと……!? こんなことは前代未聞だ、信じられない……まさか無敗の魔獣が倒されるとは……」
本来のルール上ではどちらかが死ぬまで戦いが行われるのだが、魔獣が絶命するのを躊躇ったためか、はたまた、気が動転したため、そこまで気が回らなかったのか、進行役が拡声器のような物を使い叫ぶ。
『魔獣は戦闘不能! よって、挑戦者の勝利です!』
進行役の言葉を受け、場内が大歓声に包まれた。