六、捕縛
エミルは二人に背を向けると、露店が立ち並ぶ雑踏の中に入り、石畳の上をコツコツと靴の音を立てながら歩く。
各々の露店は、人が賑わっていることから、商売繁盛しているのだろう。
しかし、商人も、すれ違う人も、心做しか顔に精気を感じられない。
エミルには何を話しているのかは全く理解できないが、何かに取り憑かれているかのように、どんよりと重い空気がのしかかってくるように感じた。
一人で行動すると、自ら言ったエミルだったが、未知の言語を扱えるカエデは、はやり必要だったのではないかと、早くも悔恨の念にかられていた。
ただ、カエデだけ連れて、シルシィを一人にするわけにも行かなかったので、詮なきことではあったのだが、言葉の壁は容易く乗り越えらるものでもなく、エミルは手をこまねいていた。
「どうしたもんか……」
エミルがそう呟き、暫く歩いていると、大きな円形型の建物が目に入った。
そこには沢山の人が入場するために並び、長蛇の列ができていた。
中には興奮気味な様子で騒いでいる者達もいる。
エミルはそれを見て、最初は野球でもやるのかと思った。
現代人、一般人ならば、円形の建物に人々興奮気味に入って行く様子を見たら当然そう思ってもおかしくはないだろう。
しかし、今、エミルがいるこの世界は今までの常識とはあまりにもかけ離れている。
エミルは恐らく野球ではないと直感的に判断し、同時にこれから何が始まるのか興味がわいたので、取り敢えず列に並ぼうとする。
「すごい列だな……どこまで続いているんだ?」
どこまでも続いている列を見て、エミルは並ぶのは面倒になったので、他に入り口がないか物色し始めた。
暫く建物の外周に沿って歩いて探していると、小さな入口を見つけた。
入口には一人の甲冑を来た男が立っており、周りを見張っているようだった。
エミルはどうやって入ろうか悩んでいると、突然大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
エミルが、声のする方に目を向けると、二人の男が殴り合いをしていた。
その男達の周りにいる人達は、止める様子もなく、寧ろ、囃し立てて、盛り上がっているように見えた。
甲冑の男は、持ち場を離れるわけにはいかないのか、暫くの間その様子をただ眺めていたが、いつまでも終わらない殴り合いを、遂に見兼ねてか、持ち場を離れ、その男達の仲裁に向かった。
甲冑の男が持ち場を離れたのを見て、エミルはこれ幸いと、疾風の如く入り口まで駆け抜けた。
中に入ると、直ぐ壁があり、外周に沿って通路が続いていた。
エミルは、取り敢えずは通路を進むと、重厚そうな扉を見つけた。その扉の前には甲冑を着た男が二人立っていた。
甲冑の男を見て、エミルは隠れようと思ったが、エミルが隠れるよりも早く、甲冑の男の一人が方が先に反応し、エミルの方に、何やら声を上げながら近づいて来た。
(まずいな……逃げるか?)
「おい、こんな所で何をしている」
「…………」
言葉が理解できないエミルはただ黙っていた。
「お前脱走者か?」
「…………」
「何も言わぬということは肯定ということだな」
男はそう言うと、しゃがみ込んでエミルの脚を触った。
気持ち悪いと思ったが、下手な行動をしない方が良いと思ったエミルは、様子を窺うことにした。
すると、突然、カシャっと言う効果音が聞こえたかと思ったら、エミルの脚は足枷に拘束されていた。
「え? 何これ? 何だよ! 外せよ!」
どうにかしようともがくエミルだったが、足の自由を奪われたせいで、バランスを崩し地面に転がった。
「何を言っている!? 気でも触れたか!? おい! 手伝ってくれ! こいつを中にぶち込む!」
扉の前に立っていた男を呼び出すと、鎖で腕を拘束してから、二人がかりてエミルを運び、「やめろー!」と叫ぶエミルの声も虚しく、男達はエミルのことをぞんざいに扉の中へと投げ込んだ。