三、出立
「うはー! これは、圧巻だな……」
エミル達は城壁の上に立っていた。城壁からは、城の外観を良く見ることができた。シンデレラ城をモチーフにしていたため、白色を基調にしている。
しかし、屋根や、一部は茶色に染められていた。城の下部は煉瓦造りになっており、赤みがかった茶色で構成され、中部からは組積造で造られ、白色に変わり、一つ一つの棟が天高く昇り、それぞれが自己主張を忘れず、存在感をアピールしている。
天空にそびえ立つその城は、厳かさ、雄大さがあり、単体でも絵に描いたような世界観を構築しているが、周囲の雲海、澄み渡る青い空によって更に、神秘的さを表現している。
そしてそれは、エミルの居城であり、また、その主人なのである。その辺の倉庫でさえ、エミルの住んでいた1LDKの部屋よりも広い。スケールが大きい所の話ではない。
どうしてこうなったと、最初は頭を抱えたが、内心ワクワクしているエミルもいた。エミルは、ファンタジー世界というものに、ずっと憧れていたからである。だからRPGを作っていたのだ。ゲームを作っていると、自分もその世界にいるような気分になれたからだ。
それが、まさに今、目の前にあるのである。不安もあるだろうが、天涯孤独であるエミルにとっては、失うも物は何もない。これが、神様が与えてくれたプレゼントだというならば、断る理由などどこにもなかった。しかし、強いて言うならば、魔王ではなくて勇者の方が良かったと、エミルは思う。
誰だって悪役よりは正義の味方の方が良いだろう。悪は淘汰されるのが世の常なのだから。
魔王ってことは世界征服を画策せねばならんのか? と、エミルは少し怖い想像をする。
しかし、取り敢えずはこの世界を知ることが最優先事項である。下界には何があるのかは、未知であり、普通に東京の街があるのかも知れないし、もしかしたら、アリアスティや、シルシィが存在しているということは、『ブレイブ』ゲームの世界であるかも知れない。或いは異世界かも知れない。
どちらにしても、確かめてみないことには何も始まらない。
「さて、行こうか、これが我々にとって偉大なる一歩となるだろう」
魔王という立場に酔ったのか、はたまた、このファンタジーの空間に酔ったのか、エミルは、したり顔でそんな気障ったらしい台詞を吐いた。
『はい』
二人もそれに応じた。
そして、エミルは城壁から雲海へとダイブした。
そして気づく。
飛ぶ方法を知らなかったことに。
「え……うおおおおおおおおおおおおおお! 助けてええええええええ! どどどどうやって飛ぶのおおおお! ひいいいいいいいいいいい! 死ぬうううううううう! 誰かああああああああ! 始まったばっかりでゲームオーバーなんて嫌じゃあああああああ!」
結局、エミルの叫びも虚しくズドーンと大きな衝撃音を轟かせ、頭から地面に大きな穴を空けて落下した。
エミルは、何とか自力で這い上がり、穴から頭だけを出した。
「おーびっくりした。死ぬかと思った……格好良く台詞を決めてこの様……一分前の俺を今直ぐに殴らせてください……恥ずかしい……穴があったら入りたい」
幸い、魔王の体は頑丈だったお陰か、エミルは無傷であった。
「何をなさっているのですか?」
エミルが、声に反応するように上を見ると、白い羽がひらひら舞い落ちてきた。
更に上を見ると、シルシィとカエデが、重力に反してゆっくりと、上から降りてきた。シルシィは翼を広げ飛んでいたが、カエデは飛行魔法で空を飛んでいた。
シルシィは先程と同じ純白のドレスを身に纏っていた。もう少し目立たない格好をさせるべきだったと、エミルは後悔したが、今更言うことでもないと、心の中に抑えこむ。
一方、カエデはメイド服の上にローブを着ており、今は隠してなかったが、耳も尻尾もすっぽり隠れるような格好で、如何にも旅慣れてるような出で立ちだ。シルシィは地に脚をつけると、どこに隠したのか翼をが背中から消えていた。
(やはりこの世界では魔法が使えるようだな……)
「あ、いやこれはだな、我が故郷の伝統的なスポーツで、高い所から飛び降りて、どれだけ大きな穴を空けられるかを競うのだ。今回が世界記録のようだな、うん」
「全てにおいて頂点を極めようとするお姿、敬服の至りに存じます」
「た、楽しそうですね、あたしもやってみたいな……」
カエデは目を輝かせながら言った。
「せっかく降りたんだ。止めておけ」
「そうですよね」
先程の目の輝きは一瞬にして消え去り、垂れた耳が哀愁を漂わす。
「ところでエミル様、これからどちらに向かわれるのですか?」
「そうだな……」
エミルは周りを観察する。そこには、緑色の草木が生い茂る草原が見渡す限りに広がっていた。どうやら東京ではないらしい。
「カエデ、この辺りで一番近い街はどこだか言ってみろ」
「えっと……ルフェリアです」
「その通りだ」
(そんな街は『ブレイブ』にはなかったな。ここは外国か? それともアリアスティだけが別世界に転移させられたのか……)
「ルフェリアに、行くんですか?」
「シルシィは下界に降りたのは初めてだからな。街案内でもしてやろうじゃないか」
「そんな……エミル様、わたくし如きのために、そこまでして頂く必要はございません!」
「いや、四〇〇年の間アリアスティにいたのだ。それくらいはさせてくれ」
「何という、慈悲深き御方……感謝の言葉もございません」
シルシィは目を潤ませながら一礼した。
そのシルシィの姿に、エミルは少し心が痛んだ。エミル自身がその街に行きたいだけだったのだが、シルシィを出汁に使った上、ここまで感謝されてしまうのだから当然だ。
「あ、ああ。カエデもそれで良いな?」
「は、はい、お師匠様がそう言うなら……あたしはそれで良いです」
何故自分が師匠と呼ばれているのか気になったエミルは、さり気なく訊こうとする。
「そう言えば俺がお前の師匠になったのはいつからだったかな」
「ご、五〇〇年前くらいじだったと……思います」
「そうだったな、あの時は色々あったな。ほらあの時のこと覚えているか――」
エミルがそう言うと、被せるようににカエデが割り込む。
「――お師匠様、過去のことの話は……止めて欲しいです……あたしは過去の話をしたくない……です」
「ああ、そうだな。悪かった」
「いえ……謝らないでください」
シルシィはそんな二人のやりとりを見て、わたくしだけ蚊帳の外ですか、と泣きそうな声でぶつぶつ呟いている。
「では、ルフェリアに向かうか」
「何で……行くんですか?」
「徒歩だ」
「あの……でも……歩きだと半日はかかるんじゃないですか? お師匠様の、トランスポーターを使った方が……早いんじゃないですか?」
(トランスポーターってどうやって使うのだ! 魔法の使い方なんて知らねーよ!)
【トランスポーター】とは、魔王の固有魔法で、転移魔法のことある。魔法陣を標すことによってマーキングがされ、マーキングされた所なら一瞬のうちに移動することが可能なのだが、そもそも、一度もルフェリアには足を踏み入れたことのない、エミルには使いようがない。
「ト、トランスポーターは今回は止めておこう。下界の風景を楽しみながら行きたい気分だからな。しかし、時は金なりとも言うな。よし、徒歩は止めにしよう」
「ええと……それじゃ、あたしに乗ってください」
そう言うと、カエデは狼に变化した。頬ずりをしたくなるような柔らかそうな紅葉色の毛並みが風になびかせながら、エミル達が乗りやすいように体を伏せた。先程までの、小さなカエデの体からは、想像もつかないようなその大きな姿は、人間など容易く一飲にしてしまいそうで、見る者圧倒し、普通の人間なら腰を抜かしてしまうだろう。しかし、襲われる心配がないのなら話は別だ。
「おお! すげー!」
思わず感嘆の声に上げてしまったエミルだったが、一度咳払いをしてから、取り繕うように言う。
「うむ、ではそうしよう」