一、記憶
深夜だというのに、灯りは消え方を忘れてしまったのか、残業をするサラリーマンのように、サービス精神旺盛で、休むことを知らない。
街は静まり返っているというのに、スポットライトを浴び続ける公園のベンチは、もしかしたら何か座っているのではないかと、心霊的想像をしてしまいそうな不気味さが漂う。そんな公園の側に、五階建てのマンションがある。
そのマンションの一室――
部屋の電気は点いておらず、パソコンから発する光のみが周りを照らしている。間取りは1LDKのこぢんまりとした部屋だ。部屋の中は綺麗に整頓されていて、目立った埃などはなく、掃除が隅々まで行き届いている。置かれている家具は少なく、テレビ、ベッド、ちゃぶ台、パソコンデスクに椅子といった、必要最低限の物しか置かれておらず、家主の無頓着さが垣間見える。
しかし、完全なる無頓着でもないらしく、パソコンだけには、こだわりがあるようだった。部屋の中にはパソコンが五台もあり、そのどれもが起動中だった。薄暗い部屋の中、キーボードを叩く音と、パソコンの静かなファンの音だけが、この部屋唯一のBGMとなっていた。
ここがエミルの住居である。エミルは大学を卒業後、就職をして以来、ずっとこの部屋に住んでいる。給料は、同年代と比べると、大分貰っていたので、この部屋でなくても、もっと良い部屋をいくらでも借りられたのだが、置かれている家具からも窺えるが、エミルはそのようなことには無頓着であったため、わざわざ引っ越すようなことはしなかった。
そもそも置く物も少ないので、広い部屋に住んだ所で、反って掃除をする場所が増えるだけで、持て余してしまい、エミルにとっては、デメリットの方が多かったのが主な理由ではあったのだが。
さて、エミルがこんな夜更けに何をしていたかと言うと、ゲームを作っていたのだ。ただ、ゲームと言っても、商業的な物ではなく、趣味で作っていた。趣味だと聞くと、フリーゲームのような物を想像するかも知れないが、エミルが今作っているのは、一般的に売られている物と同程度のクオリティーの物を作っていた。何故そのようなことが可能なのか、それは、エミルはゲームプログラマーの仕事をしていたからだ。
彼は、元々個人でプログラミングを学んでいたため、会社に勤めるようになってからも、即戦力として期待された。その期待に、エミルはしっかりと答え、誰からも認められる、一流のプログラマーに成長した。
その実力を買われ、ヘッドハンティングの話を持ちかけられることもしばしばだったが、エミルにとって仕事とは、生きていくために必要だからしているだけであって、仕事で成功を収めたいという願望があるわけではなかったので、全て断っていた。彼にとって一番大事なのは休日であり、自分の時間だった。
そして、本日は休日だったため、プログラミングを学び始めてから、何年にも渡って作っている『ブレイブ』というアクションRPGの制作を進めていた。
『ブレイブ』とは端的に言ってしまえば、勇者であるプレイヤーが冒険をし、仲間を集め、色々なモンスターと戦いながらレベルを上げて、最終的に、ボスである魔王を倒すというストーリなのだが、アクションRPGなので、元来のRPGに於けるターン制の戦闘システムとは違って、自らプレイヤーを操作して戦うシステムになっている。
戦闘は一対一で戦うこともあれば、無双ゲームのように、沢山の敵を一度に相手にすることもある。戦い方はプレイヤーの自由であり、魔法をメインにするのも、剣術をメインにするのもプレイヤーのプレイスタイル次第である。
『ブレイブ』は本来は、ネットゲームのような大人数で遊べるオンラインゲームでこそ、その真価を発揮しそうなゲームであるが、残念ながら個人の力では、一人用のオフラインゲームを作るのが限界であった。
現在、エミルが行っている作業は魔王とその臣下達のAIの確認である。
「魔王のAIは特に問題はないな。次は臣下達だな……」
そう言うと、彼は背もたれに寄りかかりながら、はあーと言いながら背伸びをした。
大分疲れが溜まっていたのだろう。
軽く目を閉じると、そのまま眠りについてしまった――
――そして目を覚ますと