一一、依頼内容
エミルがローランドがを連れて、コロシアム付近まで戻ると、シルシィとカエデは、まだそこにいた。
待っていてくれと言ったのは、エミルだったが、暫くの間、二人を放置したのにも関わらず、ここまで律儀に待たれると、彼女達に対して申し訳ない気持ちになった。
シルシィを見るやいなや、「何だ! この美人! こんな綺麗な女見たことないぞ!」と大興奮しているローランドを無視し、エミルはまず、彼女達に陳謝した。
そして、ローランドの提案で酒場に移動することとなった。エミルは道すがら、シルシィに対し、これからはエタニティの言葉を使うように指示し、アリアスティ全員にもその旨を伝えるようにと、本をシルシィに預けた。
酒場は近かったらしく、意外にも早く着いた。酒場は、これといって特徴的でもなく、普通の木造の小さな建物だった。中に入ると、数人の男達が酒を飲みながら談笑していた。エミル達も席に着くと、ローランドは酒を三人分とカエデを子どもだと思ったのか、ミルクを一杯注文した。
エミルはまず、シルシィとカエデに、仕事の話を持ちかけられたことを話した。
「つまり、エミル様がこの者のお手伝いをなさるということでしょうか?」
シルシィは、憂いを帯びた表情で、エミルに聞かされたことを敢えて反復して言った。
「ああ、別に問題はないだろう?」
「それでしたら、わたくし共が引き受けますので、エミル様はアリアスティにてお休みくださいませ」
シルシィは主人が、雑務のようなことをするのが、許せなかったのか、アリアスティへの帰還を提案した。
「俺がやりたいから言ってるのだが」
「しかし、エミル様御自らそのようなことをなさる必要は――」
「――シルシィ」
無駄な問答を繰り返したくなかったエミルは、強めに言葉を発した。
「承知致しました。愚論、失礼致しました」
シルシィは基本的にエミルの指示には忠実であり、進言はするものの、強い反対はしないので、今回もそれに応じたのである。
「カエデは問題ないか?」
ここまで、ずっと黙って話を聞いていたカエデにもエミルは話を振った。
「は、はい……あたしは問題ない……です」
何て素直で良い子だろうと、カエデに感心しつつエミルは、蚊帳の外だったローランドに言う。
「よし、待たせたな、それでもは仕事の話を聞こう」
どのような関係だと言わんばかりに、三人の様子をずっと不思議そうな顔をしながら、眺めていたローランドは、いきなり話を振られて少し慌てたようだった。
「あ、ああ、色々と大変そうだな。そんじゃ今回の仕事について話そう」
ローランドは一度言葉を切り、シルシィ、カエデ、エミルの順に、顔を確認した。シルシィとカエデはきょとんした顔をしていたが、エミルは適当に首を縦に振ることで返答した。
「今回の仕事は、セルディアン王国の姫の護送だ。つまりは、このルフェリアのてっぺんに聳える王城に住まう王女を護送するってわけだぜ」
「どこにだ?」
エミルは、姫という単語がローランドから出た時に若干眉がぴくっとしたが、要人というのが思いの外、高貴だったので、少し驚いた程度で、王女に対してはさほど興味がないらしく、話を促した。
「モンスター領域内にある、アンドレアという名のヴァンパイアの住処さ。ちなみに、こいつがこの国にちょっかいを出していたヴァンパイアだ」
「何故、王女をそのアンドレアという奴の住処に連れて行くのだ?」
「輿入れさ」
「王女とヴァンパイアが婚姻を交わすと言うのか?」
「そう言うことだぜ。まあ実際は人柱のようなものだがな……」
ローランドは苦い顔を作り、続ける。
「アンドレアが王女を気に入ってな、『王女を渡すなら、セルディアン王国に金輪際手を出さないことを約束しよう』と、王に話を持ちかけたらしい。と言っても、実際に王には選択肢などなく、それに従わざるを得ない状況だったがな。それ程にこの国は切迫しているんだ」
ヴァンパイアの提案を拒否すれば、セルディアン王国が消滅し兼ねないと判断し、王は苦渋の決断を迫られたのだった。国を救える術があるのならば、それが例え我が娘だろうと、すがる外なかったのである。
「情けない話だな」
エミルは、誰に言うわけでもなく、ぼそっと呟いた。しかし、それが耳に入ったローランドはムッとしたようだった。
「エミル、あんたはヴァンパイアを見たことあるのか?」
「ないな」
「そうだろうな。ヴァンパイアを目にしたことがあればそんな口は利くけねーからな。確かにあんたは強いさ。でもな、これだけは言っておく。アンドレアはそれ以上に強い。その辺のヴァンパイアとは比べ物にならないくらいにな」
今のローランドの言葉で、エミルはヴァンパイアに対して、更に興味がわいてしまった。どんな化物なのだろうか、と。
ただ、ローランドが言うことが本当だとしたら、この仕事を軽々しく引き受けたのは、間違いだったのではと、またしても己の浅はかな行動で、流れが悪い方向へ向かっているのでないかと思い、エミルは自嘲した。エミル自身は興味があるから良かったが、関係のないシルシィとカエデを、危険に巻き込むのはエミルの本意ではなかったからだ。
エミルにとって、今回の仕事は、動物園に珍しい動物を見に行くような感覚で受けていた。
それが、生身でサファリパークに行くようなことになってしまったのだ。エミルはこの世界での自分の強さを全く理解できていないため、ヴァンパイアよりも劣るのか、勝るのかすら見当がつかない。
しかし、エミルの戦いぶりを見ていたローランドが、アンドレアはそれ以上に強いと断言したからには、エミルはそうなのだろうと納得せざるを得なかった。
エミルは自身の興味本位で、部下を危険に巻き込んでしまったことに、上司として、申し訳ないことをしたと心の中で詫びた。
ところが、エミルの心配をよそに、当の本人達は、何の不安もなかったようだった。
「お、お師匠様は……ヴァンパイアに、負けない……」
カエデがおずおずと言った。
「その通りです。カエデ、良く言いましたね」
シルシィはカエデの頭を撫でながら同意した。
エミルは、勝手に適当なことを言うのをやめてくれと思ったが、何故か妄信されているようなので、言っても無駄と考え、何も言わなかった。
「まあ、奴を見たらわかるぜ、どれ程恐ろしいかがな」
「そんなことより、モンスター領域は危険な場所なのだろ? そのヴァンパイアにとって王女が大事ならば、わざわざ送り届けるなんて危険を冒させるより、自ら迎えに来た方が良いのではないか?」
「監視しながら、傭兵がモンスターにやられる様を楽しむつもりなんだろうな。勿論、王女だけは保護するつもりなんだろうが」
「ふざけた野郎だな」
エミルは人差し指で自分の額をこんこんとつつきながら言った。
「ただ、実際にはモンスターとの遭遇する確率はかなり低いから滅多なことがない限りは大丈夫だと思うぜ」
「そうか。仮に、王女を届けたとして、そいつが約束を守る保証はあるのか?」
「ないな」
ローランドは即答した。そして、更に続ける。
「ただ、少なくとも、暫くの間は奴の支配から逃れる時間は得られる。まあ、王女が飽きられたらそれまでだけどな」
悔しさや、情けなさなどの色々な感情が混ざったような顔作りながら、ローランドは忌々しそうに言った。
「そうか」
それに対して、エミルは素っ気なく返事をした。
胸くそ悪い話だとはエミルも思ったが、エミルとって興味があるのは、この世界に関する情報についてであって、この国の情勢さえわかれば、ヴァンパイアに支配されようが、滅びようが、縁もゆかりもないので、さして興味がなかった。テレビのニュースで、どこかの遠い国が戦争をやっているの目にして、大変だなと思う程度の感覚なのだろう。
何れにしても、エミルは国をどうこうできる立場でもないので、仮に助けたいと思った所で、どうしようもなのだが。
ただ、今回の仕事は乗りかかった船であるし、早速モンスター領域に入れるということで、危険そうではあるが、色々収穫がありそうなので、エミルは、しっかり働くつもりではいた。
「まあ、とにかく仕事はただ、王女を無事にアンドレアと所までお送りするというシンプルな任務だ。運が悪くない限りはモンスターに遭遇することもないし、今回は国からの依頼だからな、報酬も破格だぜ。一応、もう一度確認するが、引き受けてくれるよな?」
「ああ、できる限りのことはしよう」
「そうか、良かったぜ。じゃあ一応紹介しておくぜ、おい! お前ら!」
そう言うと、ローランドは後ろを振り向き、テーブル席に座っていた、五人の男達を呼んだ。
「これが俺の仲間達だ」
『よろしく』
野太い声の男達が一斉に挨拶をした。
それぞれが、しっかり鍛え上げられた体つきをしており、死線を何度も潜ってきた様子を顔や、腕などの体中の傷がそれを物語っている。
挨拶を手短に済まし、エミル達は王女がいる、王城へ向かうこととなった。




