一〇、依頼
得た知識を整理しながら、本をもてあそんでいたエミルだったが、突然後ろから肩を叩かれた。
「あんた、さっきの戦い見せて貰ったぜ」
馴れ馴れしく男はエミルに話かけてきた。
年の頃は三〇後半。
鍛えあげられた体をしており、鎧のような硬そうな物を着用しており、腰には剣がぶら下げられていた。
エミルは言葉が理解できることに感動しつつ返答した。
「それはどうも」
習得したばかりとは思えない程、流暢にエミルは発音した。
「しかし、残念だったな」
「何がだ?」
「いや、せっかく倒したのにいかさま扱いされただろ?」
この男の言う通り、エミルが魔獣倒した後に、「いかさまだ!」と叫び出した者が観客の中にいて、無敗の魔獣が負けることなどありえないと観客も思い直し、結果、誰もエミルが倒したと信じる者はなく、エミルはいかさまで勝ったことにされてしまっていた。
だから賞金も出なかったのだ。
ただ、進行役の男はエミルに恐怖したのか、それとも一般の参加と勘違いしたのか解放されたのは幸いだった。
「なるほど、そうだったのか」
「何とぼけたこと言ってるんだ」
「まあ、別に俺はそれでも構わないがな」
寧ろその方がエミルには都合が良かったのだ。
変に目立つよりは、いかさまということにされた方が助かる。
「俺はあんたにが実力で倒したと思ってるぜ」
「それはどうかな」
「そんな謙遜しなくてもいいさ、あんたは間違いなく大物だ」
「そうかい」
最初は、覚えたての言葉で、会話が出来るのが嬉しかったエミルだったが、段々と男との会話が煩わしくなってきて、適当な対応になっている。
「そんで、あんたに話があるんだ」
「ほう」
「俺の仕事を手伝ってくれねーか」
エミルは逡巡した。エミルは行動指針を失っており、何をするか、決め兼ねていたからである。
エミルにとって、この世界について知ることは第一目的だったが、まだ情報が足りていない。
『エタニティ』のお陰で、この世界については少し知ることが出来たが、はやりそれは輪郭だけで、このルフェリアについては、まだ何も知らない。
迂闊に行動をすると、先程の闘技場のような面倒事に、また巻き込まれることもありえる。
ただ、仕事と聞いて、エミルはある重大な問題に気づいた。
お金を持っていなかったということに――
恐らくアリアスティには、莫大な財産が保管されているだろう。
しかし、自分の食い扶持は、自分で稼ぐのが当然という考えのエミルには、現在、所持金がゼロということは由々しき事態であった。
取り敢えず、話だけでも聞いてみようと、エミルは、どうぞと言わんばかりに、手を使って男に先を促した。
「俺は傭兵の仕事をしてんだが、あんたの腕を見込んで、声をかけたってわけだ」
「何をするんだ?」
「要人の護衛だ。要人を無事送り届けるのが任務だぜ」
「要人と言うのは誰だ?」
「詳しい話は仕事を受けて貰った後だな。勿論、報酬は十分にあるぜ」
送り届けるだけで、報酬が入るというなら悪い話ではないかも知れないとエミルは思ったが、要人というのがどうにも引っかかるらしい。
「悪いが、今は他にすることがあるのだ」
「何だい?」
エミルは、この男から何か聞けば良いのではと考え、少し事情を話してみることにした。
「俺は世間知らずでね、この国について調べようと思ってな」
「そんなことか、なら、俺が知っていることで良ければいくらでも教えてやるぜ」
「それは助かる。だが、これと仕事を受けるかは別の話だが、それでも良いか?」
「ああ、別に構わないさ。ただの世間話に要求することなど何もないぜ」
意外と話がわかる奴だなとエミルは男を少し見直した。
「感謝する。それでは、一つ目の質問だが、何故ここの連中はやつれてるような奴らが多いんだ?」
エミルは、この王都に来て、初めに感じた違和感を男に率直に尋ねた。
男はふと真面目な顔をして言う。
「そいつは、ヴァンパイアのせいだな」
エミルは眉をひそめた。
「ヴァンパイアだと!? この国にいるのか?」
本にも記されていた通り、ヴァンパイアはエタニティで、強さにおいて、上位の存在である。
それが、領域外で活動しているとなると、只事ではないだろう。
「今ここにはいないが、一人のヴァンパイアがルフェリアにちょっかいを出しているんだ。そうだな、実質支配されているようなもんだな」
「たった一人だろ? 何故抵抗しないのだ?」
「奴が恐ろしく強いからだ。それに仲間もたまに引き連れてくるしな。確実に勝てる保証もないのに、下手に刺激して被害が大きくなると厄介だからな」
「なるほどな」
「ちなみに、あんたの出ていたコロシアムも奴が始めたことだぜ」
「悪趣味なことだな」
エミルは軽蔑するような目で言った。
「だが、そんな悪趣味なものでも、それを楽しんでいる奴らも一定数いるのも事実だがな、そういうのも含めて、ヴァンパイアの支配に耐えられない奴らがあんたの言うやつれた連中なんだろうぜ」
「そう言うあんたは平気そうな顔をしているように見えるがな」
「俺だって、ヴァンパイアに支配されているのは胸くそ悪いぜ。ただな、俺の場合は傭兵だからな、色々と馴れている部分はあるな」
「そうか」
エミルが振ってきた話題であるのに対して、素っ気ない態度を取られたからか男は若干眉間に皺を寄せた。そして少し考える込むような態度をしてから言った。
「実はな、今回の仕事はヴァンパイア絡みなんだ」
それを聞いて、エミルの目に光が宿った。
「それは本当か!?」
『エタニティ』を読んで、エミルはヴァンパイアには興味があったのだ。
この世界でも上位の力を振るうヴァンパイアとはどれ程の強さなのか、そしてどのような姿をしているのか、エミルのファンタジーに対する飽くなき探求心が刺激された。危険は承知だが、せっかくのチャンスを棒に振るのは勿体無いという気持ちの方が勝っていた。
「お? 興味を持ったかい? あんたも物好きだね」
「そんなことはない。それより話を聞こうではないか」
「それは仕事を受けるってことでいいんだな?」
「ああ」
「それは助かるぜ。じゃあ話の前に、今更だが自己紹介をしておこう。俺の名前はローランドだ。よろしくな」
「エミルだ」
エミルとローランドは挨拶が終わると互いに握手を交わした。
「さて、本題にはいるか、今回は――」
「――待て」
ローランドが話し始めようとした所を、エミルは立ち上がり制止した。そして歩き始めた。
「二度手間は御免だからな、話は仲間の元でして貰おうか。二人増えるが構わないだろ?」
「それは俺としても助かるな。人手は多いに越したことはない」




