九、知識の書『エタニティ』
コロシアムの入り口付近。
数百年後には歴史的建物として世界遺産に登録でもされそうな建物を、破壊するかのような勢いで壁に頭をガンガンと打ち付けている影が一つ。
エミルである。
彼は、自分がしでかしたことに、激しく後悔をしていた。
それは、シルシィ達に目立つなと言っておきながら、自分が大勢の前で目立ってしまったこと、更に魔法を使って、無敗のマンティコアを倒してしてしまったこと。
ではなく、理由は全く別の所にあった。
後悔というよりは、羞恥心に侵されていた。
「やっちまった! やっちまった! やっちまったああああああ!」
エミルは思い出すだけで、お湯が沸騰しそうなな程に体が熱くなり、思いの丈を壁を相手に吐き出していた。
「何が、さあチュートリアルを始めようか、だ!」
エミルは頭を掻きむしりながら叫ぶ。
「良い年して何を言ってるんだ!? ああ恥ずかしい! 雰囲気に飲まれて俺は何てことをっ……。したり顔で技名までも叫んでしまったしな……」
そして、また頭を壁に打ち付ける。
「どうして闇系の魔法なんだよ……技名を言わないと魔法が使えないとは言え恥ずかしすぎるだろ……せめて火とか水とかが良かった……」
どうしても何も、そのゲームを作った張本人はエミルなのだが、今はそれ所ではないらしい。
エミルは魔王の設定を考える際に、やはり魔王なら闇系じゃないと、という固定観念に拘束され、ダークそうな魔法を色々と考えたのである。
当時はまだ若かったため、割りと格好良いと思って作っていた。それが、将来、自分で使用し、技名を叫ぶことになるとは露知らず……
「くそっ! くそっ! 記憶よ飛べ!」
中二病患者用病院を真面目に探しに行きそうなエミルだったが、壁に一通りのことをぶち撒けられたので、取り敢えず闘技場を後にした。
外に出ると、エミルの視線の先にはシルシィとカエデが立っていた。
「二人ともこんな所で何をしているのだ?」
「ご活躍、拝見致しました」
「え?」
「お師匠様……格好良かったです」
「見てたの!?」
「はい、お見事でした」
そして、突然シルシィとカエデは距離をとって向かい合い、シルシィがカエデに向かって言う。
「さて、チュートリアルを始めようか、猫」
シルシィはエミルの動きを真似て、カエデに掌を向ける。
「グラビティ」
ばきゅーんとシルシィは自分の口で効果音をつける。
「何!? 動けないだと!?」
カエデ迫真の演技で動けないふりをした。
「ふむ、こんなもんか。悪いが――」
「――あああああああああああああああああああ! やめてえええええええええええええええええ!」
エミルが堪らず止めに入った。
ぜえぜえ息を切らしている。
「何でしょうか? これからが見せ場でしたのに」
「お願いだからもうやめてね!? これ以上傷を抉らないないでね!? 」
「どこかお怪我でもされたのですか!?」
「いや、大丈夫だ。だからそっとしておいてくれ」
エミルは遠い目している。
「はい、承知しました」
「それで、お前達は今まで何をしていたのだ?」
「カエデにこちらの言語を教わりながら、街を周っておりました」
「そうか」
俺にも教えてくれよと叫びたい気持ちを、エミル必死に抑えたが、カエデがその気持ち察したかのように口を開いた。
「あの……お師匠様、これ……」
カエデは分厚い本を取り出しエミルに渡した。エミルは素直にそれを受け取った。
「これは?」
「お師匠様の物です」
「そうか」
表紙には、『エタニティ』と書かれていた。
ページを捲ると、単語や、解説がずらりと書かれている。
この街の人々が使っている言語だろう。
更に、驚くべきことに、その辞書のような厚さであるのに関わらず、全て手書きで書かれていた。
これだけ量を書くのにどれだけの時間を費やせば書けるのか、考えただけでも気が遠くなるなる作業である。
「ちょっと用を思い出したから、少しここで待っていてくれ」
「承知致しました」
「はい……」
エミルは二人にそう告げると、適当に歩きはじめる。
実際、用があったわけではなく、ただこの本をゆっくり読む時間を作りたかったのだ。
流石に、二人の前でがっつくように本を読むのは、躊躇われたからだ。
真偽は不明だが、エミルはちょくちょく下界に降りて、何やらしていたということになっており、つまり、この言語は使えて当然であるはずなのだ。
それを今更話せないと知られては沽券に関わる。
エミルの知らない所で、エミルという人物像が形成されている以上、なるべくそれに添うようにしていかないと、魔王という立場が危ぶまれる可能性もある。
この世界で生活をするのはとても楽しみだが、きっとアリアスティでの苦労も絶えないのだろうなと、エミルは先行きを案じながら溜息をついた。
そして、適当に座れる所を探し手書きの本を読み始めた。
綺麗な字で丁寧に書かれており、思いやりのような物がエミルに伝わって来た。
一ページ、一ページに思いが詰まっており、それを手早く読んでしまうのが勿体無いとさえ感じたが、時間が惜しかったので、AIに頼り、一気に覚えていった。
エミルは、自分のAIの優秀さに感心しつつ、また、不安もあった。
自分の脳とAIは共存できるのだろうか、と。
そもそもAIが、体のどの部分に位置しているかも不明なのだ。
初めて起動した際は、頭の中で声が聞こえたが、今はいくら問いかけても応答がない。
しかし、こうやってAI自体は機能しているので、不備というわけでなく、起動時だけのお知らせ的な物だったのではないかとエミルは結論付けた。
便利な物には往々にして危険が伴うものである。
だから、AIを過信しすぎるのは危険なような気がしたので、なるべく使用は控えようとエミルは心に誓った。
そして、何とかエミルは読了した。
本には言語以外のことも書かれていて、沢山のことを知ることが出来た。
この本の著者に感謝の意込めつつ、本の内容を反芻する。
『エタニティ』から知り得たことの一部抜粋――
まず、本のタイトルであるエタニティが何を示しているかだが、それは、この世界のこと、つまりこの惑星の名前が『エタニティ』と言うことである。
つまり、この世界は地球とは異なる世界だと言うことだ。
そして、この街は、セルディアン王国の、王都ルフェリアと言い、セルディアン王国の誇る最大級の都市だ。
セルディアン王国の領地は、ルフェリア以外にもあるが、ルフェリアのように城塞に囲まれた都市はなく、小さな街や村が殆どである。
近隣国家は、他に、フィールダー帝国、シルドニア教皇国があるこれは飽くまで、近隣国家だけの話であり、世界はもっと広いらしい。
また、国家規模は、大きい順に、フィールダー帝国、シルドニア教皇国、セルディアン王国の順である。
更に、この三国に囲まれるように位置するのがモンスター領域だ。
モンスター領域には、魔物は勿論、亜人種などの沢山の種族が存在する。
ちなみに、領域外だが、ドラゴンの居住区も存在するらしい。
また、元々、モンスター領域の周りには国はなく、沢山の種族達が自由に暮らしていたのだが、人間国家が繁栄し、台頭したことにより、排他的な人間が、亜人種を隔離するため、そして、自分達より力があるモンスターへの牽制を謀るため、壁を作り、モンスター領域として線引をしたのである。
そのモンスター領域の中で、最大の力を誇る種族は、ヴァンパイアで、地下帝国を築き上げ、凶悪な魔物を飼い馴らしているらしい。また、人間とヴァンパイアの間には、言うまでもなく、友好関係など存在せず、ヴァンパイアは、何れは人間国家の転覆を目論んでいる。
ヴァンパイアの戦闘力は、人間のそれとは比べ物にならず、規格外に強い。
弱いヴァンパイアでさえも、人間五〇人分程の兵力に相当する。
一般兵では歯がたたないが、魔術師や戦い慣れしている戦士であれば、ヴァンパイアを倒すことが可能。
それでも、一度に何体も相手取るのは、一流の魔術師や戦士でないと中々厳しい。
そんな凶悪な敵が、中央に鎮座している中、人間達――三国――は協力関係を結ぶ所か、未だに戦争が絶えない。
それ所ではないことは、お互いに理解はしているが、簡単に和解することができないのが、国家間問題の難しい所である。
そして、魔術師が存在しているということは、上述の通りだが、この世界の魔法は、エミルが使った魔法と異なっているようだった。
エタニティの魔法は大きく分けて、四つの種類に分類され、水、風、土、火の魔法しか存在しない。一部には召喚魔法を扱える者もいるらしいが、基本的に
四大元素に従って魔法を行使している。
その魔法がどのようにして使われるのか、またその強さなどは記されておらず、不明である。




