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最終話


 暗い部屋の中で眼が慣れていない。そして、眼が慣れだした頃、ベットに蹲る様な二つの影が見えだした。小柄な人影の上に乗りかかる大きな影。小柄な影は……アイネだった。俺は、そのアイネの姿を見ると頭の中が真っ白になってしまった。

そこからの記憶はあまりない。気が付いたら、俺は手に持っていた大剣を領主の首に刺していた。そして、そこからとめどなく溢れる返り血を俺は浴びていた。そして、その返り血は、俺だけでなく、ベットで裸で横たわるアイネにも掛かっていた。

 ようやく正気に戻った俺は、剣から手を離し、領主だった物をベットから蹴落とす。そして、アイネに声を掛ける。しかし、アイネは焦点の合わない眼を中空に向け、俺の呼びかけにも答えない。どうしてしまったのか? 俺の必死の呼びかけにも、アイネは何も答えない。俺はそれでも、アイネの身体を揺すり、声を掛け続ける。そして、ようやくアイネが俺の顔を見る。

「アイネ。良かった……」

 俺は血まみれのアイネの身体を一度抱きしめ、またアイネの顔を見る。俺の顔を虚ろな瞳で見つめていたアイネが口を開く。

「あなたが新しいご主人様? アイネの事可愛がってくださいね!」

 アイネは今まで見せた事が無いような、歪んだ笑顔で俺に声を掛ける。俺はアイネが何を言っているのか全く分からなかった。

「ご主人様、早くアイネの事を可愛がってくださいませ」

 そう言って、アイネは俺に抱き着く。俺は、アイネを引きはがす。俺がアイネの姿を見なくなった間にアイネの心は壊れてしまったのだろう……

 俺はアイネの姿が見えなくなってしまった。どうしたのだろう、なぜ、アイネの姿がこんなにぼやけるんだろう。もう、俺の好きだったアイネは何処にもいない。あの、真っ直ぐな力強いアイネの瞳は何処にもない……もうアイネは俺の下には戻ってこない……アイネはもう……

「ああああああああーーーーーーーーーーーー!!!」

 俺は、領主に刺さった大剣を引抜き、その剣をアイネの胸に突き刺す。アイネは眼を見開いて俺を見る。俺は自然と流れる涙を拭い、アイネの顔を見る。

 アイネの眼は俺が最初に見た時の様な眼で、俺を見つめ、最後の言葉を呟く。

「ありがとう……カイン……」

「アイネ……アイネ…………アイネェェェェ!」

 俺は大変な事をしてしまった、もう取り戻す事が出来ない、二度と手に入らない、そんな大事なものを無くしてしまった。そして、そうだと気が付いた時には、目の前の物はもう……

 俺は、大声を出して泣いた。自分のやった事の罪の重さを、大切なものを無くした喪失感を、大声で埋めるかのように……

 そして、暫く大声で泣いた後、俺は声も出ず、涙も枯れ、ただアイネの亡骸の前で茫然としていた。

「お前がやったのか?」

 俺は突然かけられた声に振り向きその影を見る。その声の主を茫然と見つめそれに頷く。

「そうか……まあ、いつかこんな事になるんじゃないかと思っていたが……」

 俺はもうこの場でこの警備の兵に殺されるか、捕まえられるか、どちらにかなるだろう。しかし、もうそれでもいいと思っていた。どうせアイネのいない世界だ、もう生きている意味もない……

「お前を捕まえても仕方ない。見逃してやるから逃げな」

その言葉の意味が解らず、俺はただ茫然としていた。

「どうした? 逃げないのか?」

 そう俺に声を掛ける兵。何故警備の兵がそんなことを言うのか解らなかった。それに、逃げても意味がない。だからいっそのことこの場で殺して欲しかった。

「なぜ……俺を殺さないんだ? 俺はあんたたちの主人を殺したんだぞ?」

 俺の言葉にその男は答える。

「うん? ああ、まあそうだな。本当なら、そうするのが正解なんだろうな。でも、俺達はこの男に雇われていたわけじゃない。俺達はこの男の家に保管されている物を守るためにここにいるだけで、この男を守る義務は無いからな。まあ、そう言うわけだ。だから早く逃げな。うまく後始末はしておいてやるから」

 男はそう俺に言うが、やはり俺はそれでもこの場を動く事は出来なかった。

「どうした? いかないのか?」

 男の言葉に、俺は答える。

「もう生きていても仕方ない……それに、帰る場所もない……」

 俺の言葉を聞いたその男は少し考えた後、俺に話しかける。

「そうか……なら俺達と一緒に来るか? まあ、傭兵家業だが、今よりはましな生活ができると思うぜ。どうだ、来ないか?」

 傭兵……そうだな、もういつ死んでもいい。それも悪くないかもな。そう思うと俺は、黙って頷いた。

「解った。じゃあ今からお前は紅の翼の一因だ。俺は団長のブルース。そこそこ名の通った傭兵団だ、まあよろしくな。しかし、とりあえずお前は一旦ここからいなくなった方がいい。後は俺達が何とかしておくから」

 俺はそう言われ、アイネの亡骸を少し見る。そこにはもう、あの時話をしていた時の様な笑顔は無い。しかし、どこか穏やかな顔をしていたようにも見えた。

『さよなら、アイネ……』

 俺は一旦領主の屋敷を離れたが、その後が大変だったようだ。ブルースたちの敬語の対象が領主だったわけではないだろうが、賊に侵入され、領主を殺されたとなれば、御咎め無しとはいかなかったようだ。そして、俺を迎えに来たブルースは、屋敷の警備を解任されたようだった。ブルースには本当に悪い事をしてしまったと思う。

「ブルース……ごめん、俺のせいだよな?」

 しかし、ブルースは笑って答える。

「なに、暇な警備の仕事なんてそろそろ辞めたいと思ってた所だ。それに、俺もあの領主には嫌気がさしていたしな。お前がやったのを見た時は、正直少しすっとしたのもあったな。だから気にするな」

ブルースはそう言うが、紅の翼の名前には傷がついたのだろう。本当に申し訳ない事をしてしまった。これから、俺は拾ってくれたブルースに恩を返せるだろうか? いや、返さないといけないだろう。何も無くなった俺にブルースは仕事を与えてくれた。その恩は必ず返そう。俺はそう思っていた。そして、俺の傭兵生活が始まる事になる。




海の見える小高い丘。海から吹く風を受けながら、海の碧さ、そして空の蒼さを見ながら、俺はふと昔の事を想いだしてしまった。

「カイン? 何を考えているのですか?」

 そこにはあの頃の少女の様な力強い眼をした少女がまだ体に合わないプレートアーマーを着てこちらの方を見ていた。

「いえ、少し昔の事を想いだしただけです。行きましょう」

アイネは守る事が出来なかった。だが、今の俺にはの少女、リーゼロッテを守るだけの力がある。何があってもリーゼロッテだけは守る。そう俺はリーゼロッテの方に振り返りその顔を見て改めて心に誓う。たとえこれからどれだけの困難が待ち構えていようと、俺はこの少女を必ず……

俺はまた遥か海の彼方を見つめる。そこには雲の隙間から洩れる光が、まるで天に上がって行く梯子のように海を照らしていた。 


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