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それから俺は毎日アイネにパンを持って向かった。アイネは毎日それを美味しそうに食べながら、俺と話をした。アイネの話では、両親は共に亡くなっており、他に身寄りもなかったアイネは、何とか一人で生きていこうと頑張ったが、最後にはこうして奴隷になってしまったと。
まあ、よくある話だ。でも、そんな事は関係ない。とにかく、俺は毎日アイネの顔を見れる事が嬉しくてパンを盗むのにも力が入る。なんせ、二人分のパンを盗んでこなければならないわけだ。今までの倍だ。でも、アイネは俺の持ってくる不味いパンを心待ちにしてくれているようだ。そんなアイネの為に、俺は毎日頑張らないといけない。
そんな日が何日か続いた頃、少しずつアイネの顔にも笑顔が見られるようになってきた。そして、そんなアイネの姿を見るのは俺も嬉しかった。
もっと、アイネの事を笑顔にしてあげたい。俺はそう思えるようになっていた。このところアイネの事ばかり考えている。昔一人でずっとやっていた時の事を考えると、俺はどうしてしまったのかと思うほど、俺は食い物の事よりも、アイネの事ばかり考えていた。本当に俺はどうしたというんだろうか……
アイネの所に通いだして何日が経ったか、そんなある日の話でアイネが海に行ってみたいと言っていた。俺には海が何なのか解らなかった。
「海ってなんだ? 初めて聞いた……」
俺の言葉にアイネも困った顔をしている。
「うーん……私も見た事が無いんだよね。この国には海は無いし……でも、聞いた話じゃ、大きな池みたいな物みたいだよ。蒼くて、大きくて、水は塩辛いって、聞いた」
俺はアイネの話を聞いて、なんだかよく解らなかったが、それでも、アイネがこんなに嬉しそうな顔をしながら話をしているんだったら、それは本当に凄いところなんだろう。
「じゃあ、アイネ。いつか海を見に行こう! 俺が連れて行ってやるよ!」
俺の言葉にアイネは少し悲しそうに微笑んだ。
「そうね……ありがとうカイン」
海……いったいどんな所なんだろう。いつか必ずアイネを連れて行こう。絶対に俺がアイネをこんな所から連れ出して、海に連れて行く。俺は、そう誓う。
しかし、どこに行けば海は有るのか? 取りあえず、俺は調べようと思ったが、俺は字も読めないし、誰か教えてくれる人も周りにはいない……まあ、焦らなくてもじっくり考えよう。
毎日アイネと話をしながら、俺はいつかアイネをここから連れ出して、海を見せたいという気持ちがだんだんと強くなってくる。それに、アイネの顔を見るたびに、俺の中でだんだんとアイネに対する何かが大きくなってくる。未だに、それが何なのか解らない。しかし、今はもうアイネがいない生活は考えれなくなっていた。
そして、俺はアイネとずっと一緒にいたい。離れたくない。そう言う気持ちがだんだん膨れ上がってくる。そして、その気持ちがもうどうにも抑えれなくなった時、俺はアイネに話をした。
「アイネ」
俺はどんな顔をしていたのだろう。アイネは俺の顔を見ながら、真剣な顔をしていた。
「どうかしたのカイン?」
「アイネ、ここから逃げ出さないか? 俺が何とか頑張ってこれからもアイネの分も食べ物持ってくるから! こんな折みたいなところから抜け出して、俺と一緒に海を見に行こう!」
俺の言葉に、アイネは最初は困ったように微笑んでいた。しかし、俺が本気で言っている事が解ったのか、アイネはだんだんと険しい顔になってくる。
「カイン……ありがとう。でもね、駄目だよカイン。私は奴隷。ここを逃げ出して、捕まった時にどうなってしまうか解らないよ……それに……」
アイネはそこで一度言葉を区切り、肩を見せるように服をめくる。そこには焼印が押されている。
「これがある限り、私はこの家の奴隷として生きていかなければいけないの……逃げても必ず見つけ出される。奴隷は逃げても必ず持ち主の下に返される……そうなった時、私だけじゃない。きっとカインも何をされるか解らない……だからねカイン。本当に嬉しいし、でもそんな事は出来ないの……ありがとうカイン」
アイネはそう言うと、立ち上がり俺の下を離れる。少し歩いたところで立ち止まり、少し振り向くアイネ。
「カイン……私達は、もう会わない方がいいよ……今までありがとうカイン。さよなら……」
アイネは俺にそう言うと前を向き、俺の下から完全に離れていく。俺は暫く何がどうなったかがまったくわからず、その場に立ち尽くしていた。