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次の日、俺はいつも通り街に行き、その日の食い物をかっぱらい、何とかその日の飢えをしのぎ、それからまた昨日の様に領主の屋敷に行く。俺は昨日の様にまた木に登り、領主の屋敷の中を伺う。昨日と同じように、ここから見える部屋にはあの少女はいない。まあ、もっとも、少女は奴隷として連れられてきたのだからここから見えるような部屋にはあの少女はいないのだろう。俺は取りあえず一度隠れ家に戻り何とかあの少女に会う術はないかを考えていた。とにかく、このままじゃあの少女に近づく事も出来ないだろう。そう思い、俺は屋敷の中に入る事を考え出した。まあ、入ると言っても、何か盗みを働こうと思っている訳じゃない。ただ、中に入って少女の姿を見たいだけだ。ただそれだけだが、領主の屋敷の中に入るのだ。それなりの準備は必要になるだろう。もし誰かに見つかってしまえば、屋敷の警備も厳重になってしまって、二度と入る事は出来ないだろう。そうなってしまっては意味がない。とにかく、暫く様子を見てどうやって入るかを考えよう。俺は屋敷の周りを伺い、警備の状況を調べた。警備は厳重だが、入れないこともなさそうだ。そうやって屋敷の中を見回していると、屋敷の中から誰かが出てくる。大きな洗濯籠に山盛りに洗濯物が入っているので顔は見えなかった。俺は暫く、その人物を見守っていると、洗濯籠を置いた時にようやく顔が見えた。その顔を見た瞬間、俺は今まで用意周到に周りを伺っていた事など忘れて、屋敷の中に飛び込んでしまった。そして、少女の下に近寄る。
俺の姿を見て、少女は少し驚いたようだが、大きな声を上げる事は無かった。
「どちら様ですか?」
突然少女にそう声を掛けられた俺は、何を話せばいいのか解らなくなってしまった。
「え? あ、ああその……ちょっと……」
あまりにも動揺してしまい、完全に怪しい奴だと思われただろう。しかし、少女はそんな俺に対して、平然と、話しかけてきた。
「あなた、泥棒さん? 駄目よ、そんなことしたら。捕まったら、酷い目に合うわよ。今のうちに早く出て行った方がいいよ」
「い、いや。違うんだ。その……俺は君に合いたくて来たんだ」
「私に? なんで?」
確かにそうだろう。見ず知らずの人間にいきなりこんな事言われても、なんで? だろう。なんて説明すればいいのか……
「いや、えーと。君がこの家に連れて行かれるのを見て、その……なんか気になったんだ」
少し訝しげな表情を浮かべる少女。
「そうなんだ。わかった。でも、私この家に売られてきたの……だから、仕事がいっぱいで忙しいから遊んだりもできないし……」
売られてきた、そう言った時に少女は少し悲しそうな眼をしていた。奴隷だから俺の相手をしてられない。そうだろう。でも、俺がたまにここに来るくらいはどうだろう?
「たまに俺がここに来るから、その時に少し話をしない? それも駄目かな?」
「うーん……でも、見つかったら、私もあなたもどんな目に合うかわからないわよ?」
「大丈夫。そんなへまはしないよ。安心していいよ!」
それでも少女は考えていた。
「お腹減ってない?」
俺はそう言って盗んできたパンを少女に見せる。食い物で釣ろう。俺と話をしていれば、食い物が食べれる。最初はどんな切っ掛けでもいい。俺は、この少女と話がしたい。とにかく俺はそう思った。案の定少女はかなりお腹を空かせていた。
「あげるよ。毎日持ってきてあげる。だから少し話をしない?」
お腹を鳴らしながら、少女は俺のパンを受け取り、それを頬張る。必死にその不味いパンを食べる。
「パンありがとう。でも、私そろそろ仕事始めないと……」
少女はまた洗濯籠を持って立ち上がる。立ち去ろうとする少女に俺は声を掛けた。
「えーと、あの……」
俺の言葉で少女は立ち止まり、振り向く。
「俺の名前は、カイン。君の名前は?」
少女は少しためらいながらも答える。
「アイネ。私はアイネよ」
「ありがとう。じゃあ、アイネ。また明日パンを持ってくるよ」
俺はアイネの返事も聞かずに、屋敷の中から抜け出す。