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「待てコラ!」
そう言って追いかけてくるパン屋のデブオヤジ。だからと言ってその通りに待ってやるつもりはない。何故なら、こうしないと俺みたいなガキは活きていくことが出来ないから。
だから俺は今かっぱらったばかりの大きなパンを抱えて、街の中を走り抜ける。何度も人にぶつかりそうになるが、それを上手くかわして街の中を縦横無尽に走る。
ようやく、人の通りが少なくなって来たところで遠くからデブオヤジが俺に何か言っているが、そんなことを気にしている暇なんか全くない。それから、さらに走って俺は後ろをチラリと後ろを見て、オヤジが追って来てないことを確認して、いつもの隠れ場所の廃墟に入る。
今日の収穫はパン一個……まあ、これで何とか今日一日位は凌げるだろう。とりあえず、俺は井戸から水を汲み、それを桶から直接飲む。
「プハァ」と、思わず声に出してしまう。そして、今かっぱらってきたパンにかじりつき、今の餓えを凌ぐ。正直あんまりうまいパンじゃない。この街じゃ上手いもんを食ってるのはあの汚い領主位だ。まあ、そんなことには構っていられない。とにかく、俺は目の前のパンをむさぼり食う。そして、そのパンをあっという間に食いきってしまう。しかし、腹は満たされる事はなく、俺は今食いきったパンを持っていた指を名残惜しむかのように舐める。そうでもしないと俺の腹は全く満たされないからだ。まあ、指を舐めたところで満たされるわけでもないが……
とにかく、俺はこうやって活きてきた。
パンを食った後しばらくすると隠れ家の外が少し賑やかになってくる。まさか、俺の隠れ家が見つかってしまったのか? 俺はそう思いながらも、慎重に隠れ家の外の様子を伺う。
するとそこには何人かの人間が馬に乗ったやつらに連れて行かれる所のようだ。そのようすを隠れ家からそっと見守る。どうも、どこかに連れて行かれる奴隷達のようだ。手を縛られ、首に縄を掛けられている。
まあ、奴隷なんてそう珍しいもんでもない。この街では力のない人間はすぐにああなってしまう。だから俺は目の前の光景にも、なんとも思わなかった。まあ、俺だってもしかしたらああなっていたかもしれない。しかし、俺には盗みを働く事が出来るだけの力があった。俺には有ったが、あいつらにはそれがなかった。そう、それだけの事だ。そんな光景をなんとなく見ながら、ふと、一人の奴隷に眼が行ってしまった。
その奴隷は、薄汚れた服装で、薄茶色の髪を長く伸ばし、どこか暗い眼をした少女。しかし、その眼は何処か力強くも感じた。なぜか俺はその少女から眼が離せなかった。まあ、俺には関係ない。そう心の中では思いながらも、どうしてもその少女の事が気になり、おれは奴隷が何処に連れて行かれるかを確かめるために、その後を追っていた。いつもの俺なら絶対にそんな事はしないだろう。しかし、なぜか、その少女の事が俺の視界から消えてしまうのが嫌だった。
暫く後を追った所で、奴隷はこの街の領主の館の中に入って行った。俺は暫くその姿を見て、その領主の館の周りを見て歩く。やはり悪どい事をして儲けたのか、屋敷の周りの壁は高く、越えれそうな所は殆どなかったが、しかし、一か所壁を越えれそうなほど高い木を見つけた。俺はその木に登り、屋敷の中の様子を伺う。かなり大きな屋敷だ。俺は木の上から見える窓を一つ一つ見ていくが、そこから少女の姿は見えない。仕方なく、俺は屋敷の状況を見て、隠れ家に戻る事にした。
隠れ家に帰る途中、少女の事をずっと考えていた。しかし、俺はなんであの少女の事をこんなに考えてしまうのか? 自分でも解らない。いったいどうしてしまったというのか? 解らない。でも、俺はまた明日領主の屋敷に行く事を考えていた。




