一章 苦手なもの
思い出すのは、決まった光景。
雲一つ無い蒼空。
楽しそうな笑い声。
酒特有の独特な香り。
なにもかもが懐かしい。
あの頃に戻りたいと、何度思ったことか。
そんな叶うはずの無い願いに想いを馳せた。
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「ジャン君。私はソルソナーゼス・ギルナ・マッドドレアス・ザンビアニ・ルーシャ・キンビスといいます。ソゼスと呼んで頂いて結構ですよ」
ソゼスは何時もの様に、優しい笑顔を向けて挨拶を交わす。ジャンはやはり馬鹿っぽく返事をする。
「では早速ですけど、案内して貰って良いですか?」
「はい」
真子と和、李俊とリルは未だに警戒をしている様で、特に李俊はジャンを睨みつけている。その視線にはきずいているらしく、時折李俊を振り返り気まずそうに肩を竦める。そんな行動ができるだけでも、馬鹿そうだがソゼス程鈍感ではないようだ。
「ジャン君。君の武器は一体何なのですか?」
そんな事を聞かれて易々と答える奴はいない。武器を明かすのは、自分の弱点を教えているのに匹敵する。武器は自分の素性を明かすヒントにもなってしまう。また、守護者になると個人個人に特殊能力が分け与えられる。故に、そんなに易々と答える奴はいないのだ。だが、ジャンは素晴らしい程に予想を裏切ってくれた。
「ボクの武器はバタフライナイフとサバイバルナイフです。先輩は?」
「まだ内緒です」
ソゼスは聞くだけ聞いておいて、自分のは明かさなかった。
ソゼスのジャンを見る目が一瞬、真剣なものになる。
この子、自分の武器を明かすなんて随分と常識外れな事をする。ただの阿呆か、それともーーー
ーーー相当のやり手か。
本人には悟るれないよう、すぐに笑みを作る。
「とりあえず、何処に在るのか位教えて下さい」
「あっ、それオレも知りたかった」
いつの間にか真子も加わり、会話に入る。他の者は会話には入らないものの、遠巻きにこちらの様子を見守っている。やはり、知らん顔をしていても、気になるものは気になるのだ。
「本拠地は伊豆という所に在るそうです。皆さん知ってます?」
「伊豆!?凄い良いじゃん!」
歓声を上げる真子。普段の大人びた態度と違い、年相応で子供らしい。彼にしては珍しいものだ。
「真子ちゃん。伊豆ってどういう所なんですか?」
「もう、すっごく綺麗で、空気が澄んでて清らかな場所なんだ」
「へえー、美しい所なのかい?」
「勿論。そんなの当たり前でしょ」
綺麗という単語が聴こえて来たからなのか、シューベルが話し寄って来る。最初の自己紹介からそうっだが、やはり綺麗やら美しいやらには敏感らしい。
「お城もお寺さんも在るし、温泉もいっぱい在るよ!」
「温泉?」
和と李俊、ジャン以外の全員が首を傾げた。
日本と中国では、温泉というものが昔からあり入っていたから、和と李俊は知っているのだろう。だが、何故ジャンは知っているのだろうか。
「ジャン君も知ってるの?」
ネルフォンスが皆の疑問を代表して聞く。
「何言ってるんすですか!そんなの当たり前に知ってますよ。何せボク、今時の子なんで」
言い方が何だかムカつく。私達を時代遅れと言っている様にしか聞こえないのは、私の性格上の問題だろうか。
「よし!じょあ伊豆の本拠地に行って、パーッと楽しくお酒でも呑みましょう!」
「好いですね。宴会と行きましょうか」
ネルフォンスの粋な提案に、快く賛同する。何せ私はお酒が好きだから。
「さあ今夜は多いに盛り上がりましょう~!」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
勢い良く皆で賛成の意を示した。
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「李俊殿、私と飲み比べでもしませんか?」
李俊よりも酒を飲んで、いろいろと腹のうちを探ろうという魂胆のもと、飲み比べに誘う。彼は結構飲めそうだから、先に自分が酔ってしまわないかが心配だが。
「あっ、ああ」
「……?」
思っていたものとは別の、歯切れの悪い返事が返ってきた。見ると、顔も僅かに引きつっている様子だ。
「李俊殿?どうかしましたか」
「いや、何でもない」
それ以上問うても得るものは無いと判断し、他の皆にも声をかける。他はついでだが、いろいろ知っておいて損はないだろう。
「ええ、勿論良いわよ~!」
「じゃあ、僕も御一緒させてもらおうかな」
ネルフォンスは思った通り、快く了承。シューベルも意外とあっさり了承してくれた。
「では、誰がお酒買いに行くか決めません?」
「あら、分けるの?皆で行きましょうよ」
「え……」
「確かにネルフォンス君の言う通り、皆で行った方が良いな。酒の好みもあるし」
「……」
私の意見はネルフォンスとシューベルの前で、呆気なく簡単に散った。
今、私達の服装は奇怪なものだ。まあ、私達と言っても私と真子、李俊とあと…………ネルフォンスもか?他人の趣味にとやかく言うつもりは無いが、男であの格好で外を出歩くのは、いただけない。
とりあえず、可笑しいのだ。時代遅れ、若しくは変質者。後者にだけはごめんである。それを防ぐ為には、今の時代の服を身につけなければならない。
「どうしたの。固まってるけど?」
真子が私の顔の前で手を振る。
「え、ええっとそうですか?」
とっさに笑顔を取り繕ってごまかす。が、意外にも真子は鋭かった。
「何。嫌な事でもあったの?それとも気掛かりな事とか?」
「いえ、まさか。何も無いですよ」
そう真子に言ったが、私は今の時代の服が苦手なのだ。やけに不必要な装飾品やらがあり、動きずらい。そのくせ耐久性が低く、丈夫でないのだ。あと、無駄に軽くて私には不安感を煽る。
「じゃあ、まずは本拠地に行って、着替えて、荷物取って、買い物に行きましょう~!」
一人テンション高く、盛り上がるオカマ。皆は普通のテンションで返事をした。
ーーーそして、私は嫌な目にあってしまう。