序章 新たな仲間
その場には異様な空気が漂っていた。友好とは程遠い、何か奇妙な空気。表現しがたいが、強いて言うなら“殺気”の様なものだ。だが、決定的に違う場所が、一つある。李俊はソゼスを警戒しているのに対し、ソゼスは全く無かった。
「驚きました。私は有名でもないんですけど」
ソゼスの目は全く笑っていない。何時も、ニコニコしている者とは思えない表情だ。
「それは、こちらとて同じ事。俺はそんなに有名かい?」
「貴方は皮肉がお得意のようですね」
お互いに、お互いを嘲る様に笑う。その光景は周りの者を混乱させるには、十分なようだった。
「貴方は今、最も実力のある方として、随分有名ではないですか」
あくまでも口調は、ゆっくりと優しいまま聞く。その口調は何となく、不気味さを放っている。
「ハハッ、ありがとう。でも君は、どんな任務に付こうが重傷を負って、帰ってきた事がない。だが、不思議なことに、君への評価は高いわけでもない。さて、これはどういう事なんだろうね」
眼光を鋭くし、言い放つ李俊。ソゼスは動じる様子は微塵も見せないまま、笑みをより一層深くする。
「さあ、何故でしょうね?昔から運は好い方ですけど」
自分の問いが全然、相手に何の効果ももたらしていないと判ると、李俊は顔を険しくさせる。
「ちょっ、ちょっと?何二人で不穏な空気出してるのよ~!」
突如割って入った男の声。にもかかわらず、声は高く女口調。いわゆる、オカマ口調というやつだ。ソゼスと李俊は同時に声の主を確かめる。
居たのは、筋骨隆々の体格の良い男だった。明るい色の茶の髪をオカッパにしている。そして奇妙な事に、目にはバサバサと音がしそうな付け睫毛をし、可愛らしいピンク色のアイシャドウが施されていた。尚も奇妙な事に、その逞しい身体にはどうしても似合わない服を着ている。
私は他人の趣味やセンスに口出しする様な人間ではないが、これは確かに可笑しな格好をしていると言える。
美しい白いレースとリボンの装飾が付いた服を身につけ、下はフリフリのミニスカートだ。靴は今にも折れそうなヒールの細く、10㎝以上ありそうな靴。
「そうですね。早く行きましょうか」
ソゼスは何も無かったかの様に、優しそうに目を細めて微笑む。皆戸惑いながらもそれに従った。
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「さあ、皆~!一緒に頑張って行きましょう!」
その場を仕切るのは、例のオカマちゃん。緊張感も何も無いその声と口調に真子が仕切り直す。
「これから一緒に仕事をする。守護者として、しっかり責任感を持ってやろう」
「…………まあ、守護者って言えば聞こえは良いけど、実際には罪人だがな」
李俊による一言に場の空気が一気に沈む。
そう。守護者なんて呼ばれているが、実際は罪人の集まりだったりする。生前に犯した罪。それが解っていれば、生まれ変わる為の輪廻の輪に入れるのだが、それが解らない者も中にはいる。それがソゼス達守護者と呼ばれる存在だ。彼女らは、自分の罪が解らないという時点で、既に罪人なのである。だからこそ、ヒントとして色々な世界に行き、解らせる。それが実体だ。
「とりあえず、良いじゃないですかそんな事。自己紹介でもしませんか?」
「そうねえ~。自己紹介しましょ~う。じゃあ、アタシからね」
何時もの様に呑気な声で沈んだ空気を取り払う。ソゼスに乗っかる風に例のオカマちゃんが自己紹介を始める。
「ネルフォンス・グラニアントっていいま~す。好きな物は~可愛い物と熊のぬいぐるみとかぁ~。好きなタイプはぁ~李俊さんみたいな人かしら!キャー!皆ぁよろしくねぇ☆」
独りで騒いで、独りで盛り上がって虚しくはないのだろうか。当の本人は笑顔だけども………………。
引きあいに出された李俊は嫌な顔をし、腕を摩っている。悪寒でも走ったのだろう。
「私はソルソナーゼス・ギルナ・マッドドレアス・ザンビアニ・ルーシャ・キンビスと申します。あまり、役に立ちませんがよろしくお願いします。ソゼスって呼んでください」
ネルフォンスに比べると、随分と短い自己紹介だったが、要点はしっかり押さえている。
少し、馬鹿で阿呆に立ち回った方が良いかもしれない。李俊、彼には用心しておくべきだな。
笑顔の下でそんな事を考える。きっと、李俊も同じ様な事を考えているだろう。
「百瀬 和。ウチの足、引っ張らんといてくれれば何でもいいねん。ほな、よろしゅうな」
またこの子は、他人に喧嘩を売る様な物言いをする。和はすぐに喧嘩を売るから考え物だ。何時か、必ず損をすることであろう。
「そっちこそ足引っ張るんじゃないようにしてよね!」
「あ゛ぁ?何だとコラァー!!!!」
「はぁー!?耳聴こえ無いんですかー。オレの足、引っ張るなつってんの!」
「そんなの、解っとるわ!」
「あっ、ごめんねぇー。悪いのは耳じゃなくて、頭だったね。わっすれってたぁー」
「この野郎…………」
こうなると自然に決着が着くまで待つしかない。喧嘩を売る和も和だが、買う真子も真子だ。二人共意地っ張りで、何より大人気ない。
ソゼスは苦笑いを浮かべ、その隣でリルは二人を白い目で見る。ネルフォンスは最初は戸惑っていたが、途中で諦め見守る事にした様だ。李俊とまだ名の知らぬ、黒髪の男は深いため息をつく。
「もう、あの二人はほっといて自己紹介の続き、しちゃいましょう!」
少しの間見ていたのだが、終わる気配が無いのでネルフォンスが、晴れやかな声で場を進める。
この意見には私も含め、全員が賛成だった。
「李俊だ。武器は柳葉刀。好物は辛子かな。それと、男が好きとか言うのは無いよ」
そう言ってニコッと、人当たりの良い微笑みを浮かべる。
髪は艶やかな紺色の長髪で、頭の高い位置で一つに纏めている。目は鋭いが端整な顔立ちをしている。身長はソゼスと10㎝位しか変わらなそうだから、178㎝といったところだろうか。着ている物は中国らしく、官服を身につけている。
流石アジア人。肌がきめ細かそうで羨ましい限りだ。
リルはさっきと同じくペコリと頭を下げる。その一連の動きは優雅で可憐。彼女自身の様に。
「リル・ホーガーメイちゃん。強いから安心して良いですよ」
ソゼスがそう紹介すると、無表情且つ無言で首を横に振る。
リルは、まだまだ幼い少女だ。肌の色は陶器の様に白く美しく、髪はダークブラウンで、淡いピンク色でリボンで一つに纏め、毛先は上品にクルリと巻かれている。着ている物も、品の良い白のリボンとレースが付いた、白いワンピース。目はクリクリとしていて、愛らしい。一際目立つのが、細く白い首に、痛々しく巻かれた包帯。大いに、将来が楽しみだ。さぞ美人に成長してくれるに、違いない。
「あら、可愛いじゃない!」
リルを見て、身悶えているあの変なオカマは無視しておこお。変態には関わらないのが一番良い。
「僕はシューベル・ソルティナ。僕の事は、美しいと思ってくれて構わないよ」
これは、随分な自信家だな。だが、まあ確かに美形ではある。
髪は黒く襟足の方だけ伸びており、色白で目元の涼やかな美男だ。服装はワイシャツに黒のズボンは履いている。比較的、軽装と言えるだろう。
「あの二人、そろそろ方が着くかしら?」
「さあ、どうでしょうね」
その後、5分程度して真子が勝利し、やっと喧嘩は終了した。
七人で顔を見合わせ、力強く頷く。
ーーーー行こう、ニホンへ。自分の罪を理解するために!