終わらないこの世界
幻想的に舞う桜の花びらを無視して足早に寮の自室へと足を向ける。
今日が入学式な筈なのに、地図を見ずにもかかわらずよどみない足取りには理由があった。
バンッと荷物を力強く壁にぶち当てる。
中のものが破壊されたのだろう、瞬間的に酷い音が鳴った。
そしてそんな行為に及んだ少女は顔を醜く歪ませて、ちくしょう、と歯噛みした。
爪は彼女の柔らかい皮をを破き鮮血がポタポタと流れる。
もう痛いや、辛いは彼女には関係なかった。
この世界は女性向け恋愛ゲーム、通称乙女ゲームと呼ばれる世界だ。
現実を生きていた私がそんなおめでたいお花畑のような世界に入ってしまった理由は正直よく分からない。
ある日目が覚めたらここにいた。
彼氏にプロポーズされた次の日、にだ。
幸せの絶頂を明けた朝は彼の部屋ではなく、高校まで住んでいたマンションだった。
混乱のまま、鏡をみると少し幼くなった自分がこちらを不思議そうにみている。
絶望で涙が枯れるほど泣いた。
プロポーズされた後のうれし泣きでもこんなには泣けなかったのに。
発狂したように泣いてふさぎこむ私を両親が気味悪がり病院へ入れた。
その2年間は辛くて、辛くて、気がついたら窓から身を投げていた。
死んだと思ったらまた同じ部屋で起きた。
そこで私は悟った。なにか成さねばいけないのだろう、と。
私は気持ち悪さを隠しながら『私の親に似た何か』に笑顔を向けた。
彼女達が前回私にした仕打ちを、世界が何度回ったって忘れやしないのだから。
そして入学した学校に私は思わず乾いた笑いを浮かべてしまった。
会社で制作していたゲームだったのだ。
リリースを何度も遅らせて、やっと出来たばかりのものだった。
ありきたりな学園物恋愛シュミレーションゲーム
ただ有名なコンシューマーゲームの会社の企画でただの下請けの私たちは事務的に作業をしただけの代物だ。
原画さんは有名な人を使い、私はグラフィッカー兼もろもろのデザインをした。勿論デザインにはこだわった。
だけれど相手側からは世界観に沿わない注文を受け時間がかかった後味の悪い仕事だったのは印象強く覚えている。
胃が上に上がるような奇妙な感覚に陥って、トイレに駆け込んで吐いた。
なんてでたらめな世界だろう!なんて理不尽で!子供じみてて、…まるで悪夢のような世界だった。
家族も奪われて
愛した人もなかったことにされて
一人きりで
なにも出来ない子供で
私は絶対に主役になんてなれないなんて
声を押し殺して泣いた。
手のひらは傷跡でボロボロだった。
唯一の希望は『なにかを成せばなにかが起きる』という直感だけだった。
このゲームのEDはいくつかパターンはあれども攻略対象とヒロインがくっつけばそれが成功条件である。
ありがたいことにありきたりな女性向けゲームなので難易度もさして難しくなく、某男性向けアダルトゲームのようにクトゥルー要素など危険なものはない。
個室からふらふらと出て鏡をみた
まるで三日月のような口元に、目だけがまったく笑っていなかった。
ここにきてようやく生きる希望をみつけたのだった。
それからというものこの世界のヒロインとは仲の良いクラスメイト程度のお付き合いをしつつ動向を探った。
だがまったくといっていいほど彼女は攻略対象たちとイベントを起こす予兆もない。
攻略前でもフレンドリーなキャラクターでも彼女は照れた様子でかわしてしまう。
そしてなにもせずに3年は終わり、また同じ部屋で目を覚ました。
次からは彼女にイベントを起こさせるようクラスメイトの範囲で積極的に裏で働いた。
何故友人ではなく助言しにくいクラスメイトなのか?
友人役はもういるし、イレギュラーを起こすわけにもいかないから。
正直いってこの世界にいい感情をもっていない。この世界=主人公の彼女なのだ。
人間として嫌いではないとは思う、でもやはり煮えきれないなにかがあるのは確かだろう。
憎しみ、に似てるのかもしれない、嫌いと憎しみは簡単に=で結ぶべきではない。
何度も何度も、春が訪れた。
だけれど彼女は誰とも結ばれなかった。
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私には憧れている人がいる。
同じクラスの出羽桜さん
明るくてクラスのリーダー的な存在な彼女はドジで容量の悪い私でも気軽に話しかけてくれたりフォローしてくれる。
入学式で隣の凛とした彼女をみてから気になっていた。
しっかりと前を向いて瞳にはしっとりと黒に濡れていてキラキラと黒曜石のように暗く輝いていた。
見た目は私たちと同じようだけれどまったく、違う、謎めいていて、妖しくて、麗しい。
私が一目で虜になったことはいうまでもないだろう。
彼女の謎めいた美しさに威圧されてあまりこちらから話しかけられないのだけれど、とても仲良くなりたい、と思っている。
思っているだけで行動には結局移せず、遠めにみて、どこか憂いを帯びた彼女の表情をみることしか出来ない。
友人には信者とかからかわれて言われるけれど…私はもしかしたら本当にそうなのかもしれない。
この学校には美形な男子が沢山いるのに、私が手に入れたいと思っているのは彼女だから。
いや、手に入れたいのではない。
彼女に認められたい、そして私見て特別な人になりたい。
たとえば彼女が喜んだとき、共に思いを分かち合いたい。
たとえば彼女が失恋したとき、彼女を精一杯慰めて甘えさせたい。
彼女が私を必要として、共によりそっていたい・・・なんて思う気持ちは異常なのだろうか?
そんなことを思いながら今日も私は彼女をみつめるのだ。
ある意味主人公とヒロインが友情エンドになりやすいのに気づかないEND
主人公はそこそこ綺麗ですがヒロインがいうほど美人でもなくSAN値が低い狂人なので雰囲気で綺麗さが増しています。
でも感受性が強くないとそういうのに気づけないので他の人たちにはクラスの明るいお姉さんキャラに見えます。それも円滑に裏工作できる用の仮面ですが。