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幽霊と私(上)

 階段に座って靴下を脱ぎ、生徒手帳の中に入れて置いたバンドエイドを取り出して足の親指の先に貼る。あまり深くは刺さっていなかった様で、血は大体治まって来ていた。

 親指の部分だけ赤く染まった靴下を再び履き直し、なんの細工もかかっていない上履きを履いて階段を登り始めた。

 教室に着いた時には一時間目の数学の授業が始まっていた。

「真鍋。遅いぞ」

と言われたが軽く会釈だけした。

 遅れて教室に入って来た私を見るみんなの目がやたらに突き刺さる。昨日、一昨日までは極普通に感じていたみんなの視線が痛い。

 席に向かって行く途中志保と目が合ったがすぐに外されてしまった。

 席に着いて鞄を置き、机の中から教科書ノートを出そうと思って手を入れると予想通りの物が沢山入っていた。そのなかの一枚を取り出し広げて見る。

「死ね」

 太いマジックでしっかりと書かれている。

 その紙を机の中に戻して他の紙と一緒に机の奥に押し込む。と、その時に机の中に入っていた教科書ノートが全部ないことに気が付いた。持って帰ったのかと思って鞄の中も調べてみたがない。犯人は洋子だ。

 とりあえず代用のノートを出して板書を書き写し、極力問題を当てられない様に、授業の大半は机に突っ伏して過ごした。

 数学の授業も無事終わり、休み時間になると、小野幸子が私の席に来た。

 小野幸子、雨宮縁、中西美郷はどこの学校にも必ずいる漫画やアニメ好きの、言わばオタクの地味なグループである。

幸子とは小学校の六年間同じクラスであったが、全く関わり合いはなかった。

「何?」

 こっちに向かって来る幸子に対して先に口を開いたのは私だった。

「洋子の話」

「え?」

幸子の口から洋子の名前がでてきたことに驚いた。

「栞、洋子と喧嘩してるね?って言うか…」

 その先を気まずそうに濁したので

「はぶかれてるよ」

とそっけなく言ったやった。

「やっぱり」

少し気まずそうな顔をした

「昨日から結構洋子とミカが女子に声掛けてるんだよね。昨日途中で栞帰ったから知らないと思うけど」

 胸にぽっかりと空いた穴を風が吹き抜ける。驚きに顔を歪めたくなったが、幸子にはなぜだか弱いところを見せたくなかったので頑張って平静を保った。

「関係ないよ」 あくまで平静に、幸子とは目線を合わせずに遠くを見つめる目で言った。

「え?」

「別に洋子達にはぶかれたって関係ないよ」

「でも、きっとみんな洋子について、栞みんなにはぶかれることになるんだよ?」

「この話に…」

遠くを見ていた目線を幸子の目線に合せる

「幸子はもっと関係ないよ」

 幸子はきょとんとした顔をした。はっきり言って、ありがた迷惑なのだ。はぶかれたからってこんなグループに入るのは御免だ。

「幸子も私なんかと仲良くしてると洋子達にシメられるよ」

顔に愛想笑いを貼り付けて言った。

「辛くなったらいつでも私達のグループおいでね」

 困った様な顔をして幸子が言ったが、微笑むだけで何とも言わなかった。


 今日はその会話意外に誰とも喋らなかった。給食の時間も黙々と食事をして、昼休みは寝て過ごした。

 洋子には一度も今日は会わなかった。だから、いじめらしいいじめは基本的には今朝のあれだけかと思っていたが、帰りに大きいのをひとつやられた。

 靴がない。

 両方ではない。片方だけがなくなっていた。

 その残った一足を手に取って走った。家まで数メートルの距離を全速力で走り抜けながら、自分の物は肌から放してはいけないということを脳裏にしっかりと烙印した。

 マンションのオートロックドアを開けて、階段を一段飛ばしで登り、家の鍵を素早く開けて、何かから逃げる様に家の中に滑り込んだ。

 上履きも脱がず、ただいま言わないで部屋に入り、肩で息を切りながらベッドの縁に座った。

 何を見るでもなくぼーっした。もう、泣くのも現実逃避の様に寝るのも嫌だった。

 そう思う私自身の理性とは反対に感情は素直で、気が付けば頬を一筋の液体が伝う。そのまま横になって、暗い沼地に足を沈めた。

 目覚めて時計をみると五時前だった。

 重い体を起こして立ち上がり、家を出ようとした時にまだ上履きを履いていたことに気が付いた。そして運動靴がないことにも。

 靴棚を開けて代用の靴を探したが、面倒だったので上履きのまま飛び出して。

 いつもの様に階段を登って、16階を目指す。

 いつも通り八階から壁の色が変わり、あと半分で最上階ということをさり気なく私に教えてくれる。

 十六階に着き、息を切らしながらいつも通りフェンスを乗り越える。私だけの安息の地が私を優しく包み込む。

  今日は快晴だったのも相成って、夕焼けがはっきりと真っ赤に自分の存在を主張していた。

 ポケットから携帯電話を取り出してカメラモードに切り換えて、肩程の高さのフェンスから背伸びをしてなんとか携帯電話をフェンスの向こう側に出して、構える。

 と、その時、携帯が鳴った。無理な体勢で構えていたこともあり、携帯が手から滑り落ちた。

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