占いの結果(下)
夕飯のときも、お風呂に入っているときも、今学校で話題になっているドラマを観ている時も、ベッドの中に入った後も、明日どうやって洋子に謝ろうか考えっぱなしだった。頭の中で考えて、実際に頭の中で予行練習する。今浮かんだ案もダメ。そうしたら、今頭の中に描いた映像を払い落としてまた白紙に戻す。結果的には学校で和解を求めるのは無しという考えにまとまった。言い争いになって、周りの人間に私と洋子は喧嘩中という事を知られたくなかったし、喧嘩中ということを知ったら洋子側に付く人間のほうが断然に多いはずだ。
結局長々と考えた末、結局一番初めに頭の中に浮かんだものにすることにした。考えがまとまった瞬間に私は眠りの渦に飲まれ、すぐに眠りに落ちた。
いつもと変わらない一日が回り始めた。七時十五分に起き上がり、カーテンを開ける。窓から差し込む心地良い日差しの中で、伸びをひとつ。どんなに人間関係が歪んでも、いつもと変わらない朝がやってきた。
ベッドから出て居間に行くといつもと変わらずに父がいる。
「おはよう」と、私。
「おはよう。今ご飯持ってく」と父。
今日の朝食はご飯だった。鯖のミソ煮、と言っても缶詰のものを皿に開けて温めただけだが。それとインスタントのお吸い物と白米。朝からよくやるなぁ・・・と関心する。
父は学生時代に飲食店の厨房で働いていた。その為、味の事は抜きにして料理は好きなのだ。ありがちなエピソードだが、その飲食店でうちの母に出逢ったのだ。しかし、母は一週間で根を上げて「辞めます」とも言わず消えていったらしい。その後、数ヶ月ほどしたときに学校の中でばったり出逢った。母は父と同じ学校の一個下の学年の子だったらしい。そこから色々と発展して、結婚して、今に至る。少し考えればルーズな人間かどうかは分かる気がするが、気の優しい父はそこをしっかり見抜けなかったのだ。
父が両手にご飯茶碗を持って、キッチンから出てくる。一つを私に渡して、一つは、父の手元へ。
「もう夏になるなー」と、父が独り言のように呟いた。
「その前に梅雨が待ってるよ。やだな〜梅雨は」
「もう、栞も二年生の半ばに突入するんだな。来年になったら受験で遊ぶ暇なんてなくなっちゃうんだから、今のうちにいっぱい遊んどけよ。最近はどうだ?学校は」いやに父の言葉は私の痛いところを突付いてくる。
「うん?別に。至って普通だよ」
「そうかそうか。あの〜。なんだっけ?同じマンションの二階に住んでる子」
洋子のことだ。この質問は聞こえない振りをしてテレビを眺めた。もう、イジメによる自殺のニュースは報道されてはいない、代わりに連続通り魔事件が取り上げられていた。人間の興味なんて右から左へとすぐに流れて行ってしまうものなのだ。だから大丈夫。洋子達の今回のこともすぐに終わって、昔話へと変わっていくのだ。
「んじゃ戸締り頼んだぞ。お父さん会社行ってくるぞ」
「はーい。行ってらっしゃい」いつもの血液型占いを見ながら、振り返りもせずに言った。
「遅刻しないようにな」と言って、居間のドアを閉めた。
今日のO型は一位。ハッピーな一日。今まで溜め込んでいた問題が一気に解決!ラッキーカラーは赤。こんな感じだったので、洋子との和解に希望が持てた。
時計は八時を指そうとしている。いつもなら、八時二十分頃までのんびりしているのだが、今日はそうも行かない。洗面所に行って歯を磨き、手早く登校の準備をして家を出る。
いつものように階段を降りて一階に行き、階段に座り込んで待つ。ポケットから携帯を取り出して時間を確認すると、まだ八時七分だった。これからチャイムが鳴るまでここで洋子待ちだ。
最初は携帯のメールで謝ろうかと思ったが、なんだか気持ちの入ってない気がして却下にした。結局、何時間も熟考した結果、一番初めに浮かんだ直接謝るという案にした。この階段はいつもの洋子の通学ルートだから、朝早くからいれば確実に会うことができる・・・はず。
八時十五分になった。さっきから階段を使う人に訝しい視線を投げられながらもじっくり待っている。いつもならそろそろ来る時間だ。
しかし、二十五分になっても来なかったので腰を上げて登校することにした。きっと、エレベ−ターで行ったのだろう。こういうすれ違いを予想して最初は却下したのだ。
いつも通り校門をくぐった辺りでチャイムが鳴ったが今日は走る気にはなれなかった。
チャイムが鳴ってから五分以上遅れて教室に着いたときには担任の前島はもういなかった。今日の私は遅刻だろうか?
前島の第一信条はテキトウなのだ。「適」度に「当」たる適当ではなく、テキトウなのだ。適当よりもさらに腑抜けたかんじ。なので、遅刻も付けるのもテキトウ。
「あら。今日はやたらのんびりだね」と、志保が話しかけてきた。
「今日はなんか走る気分じゃなかったから」カバンを机に置きながらため息混じりに言った。
「なんか、元気ないね」
「そう?チョーあるつもりなんだけど。今日、O型一位だったし」
「あー、あの朝の血液型占いか。栞も良く見るね」
「志保は全くそういうの信じないの」
「全然!信じない」と、きっぱり切り捨てられた。
「でも、気持ちが違ってくるよ自分の運勢の批評が良いと」
「まーそうだけどさー。それに・・」
そのとき、チャイムが鳴って数学の先生が教室に入ってきた。と、同時に学級委員の子が「起立」と号令をかけた。
「O型の人間なんていっぱいいるんだよ」それだけ言ってすぐ前を向いてしまった。
私の頭の上には?マークが浮かんだ。いっぱいるからなんだ、という肝心な説明が抜けた言葉を理解できなかった。
授業中に洋子にメールを送った。「話したい事があるから、次の休み時間女子トイレ来て」こんな感じの文面だ。
チャイムが鳴り、起立、礼をして授業が終わる。直ぐに立ち上がってトイレに向かう。
女子トイレのドアを開けると、誰もいなかった。洋子が来るまで鏡で髪をとかして暇を潰した。
髪をとかして暇を潰すのにも限界が来た頃「キィ」と、女子トイレのドアは小さく唸った。
「話ってなに? 」本当にめんどくさそうにした顔で洋子が入ってきた。
来ないんじゃないかと思っていたので、来てくれたことに少し安堵した。
「手紙見たけど。どういうこと? 」
「は?何の話」洋子は鼻で笑いながらそう言い放った。
ポケットの中から「これ」と言って手紙を取り出した。
「知らないから。そんな手紙」眉間に皺を寄せて睨む。
「この字の感じと。この、ペンの色。こないだ一緒に文具屋で買った珍しい色のペンじゃん」そう言うと洋子は開き直ったのか「そういうことだけど?ちゃんと文字読めてる? 」と言った。
「わかってるよ! 」ついつい声を張ってしまった「多分、弓子がなんか言ったんじゃないの」
「なにを? 」怪訝そうな顔で聞いてきた。
「なにをって・・・」一瞬戸惑ったが「この手紙に書いてあるじゃん」他人の秘密を軽々しく話す。というところを指差して訴えた。。
「は?別に、それはなんとなくそれっぽい文章いれただけなんだけど。」洋子の顔色が戸惑いの方向に少し変化した「つーか、あのお喋りになんか話したの」
「え? 」胸の穴がまたひょっこりと顔を現した。
「ミカとかも前々からあんたのこと気に入ってなかったからはぶいちゃおって話になってて、それで適当な理由つけた手紙いれただけなんだけど。実際に私のなんか秘密喋ったの?あんた」一歩、洋子は私との間合いを詰めてきた。
私は戸惑いと焦りの中で言葉にならない言葉をボソボソと呟いた。
「は?何言ってるか聞こえないから」完全に洋子を怒らせてしまった。だからといって私には何もできず、ただ戸惑いの中で視線を右に左に動かしていた。そのとき、洋子の顔に何かが浮かんだらしい顔になった。
「もしかしてあんた、アノこと喋ったの」顔から怒りの表情がスルリと落ちた。
洋子の言った「アノこと」と私が話してしまった「アノこと」はきっと一緒なんだろうかんじたとき、我慢していたもの頬を伝って流れた。それを見た洋子は、自分が言った「アノこと」が私が弓子に話してしまった「アノこと」なのだと判断したらしく、洋子の目からは怒りも憎しみ消え、温度のない視線がわたしには注がれていた。
一瞬のことだった。頬が熱くなり、次の瞬間には痛みに変わった。直ぐに、洋子が私にビンタをしたんだと分かった。
「ほんとに死ねば」そう言って洋子はトイレから出て行った。チャイムの音が聞こえた。でも私は左の頬に手を当てて泣いていた。
泣きながら、今日の血液型占いの結果が頭に浮かんだ。志保が言っていたことが今ならなんとなく理解ができた。
「キィ」とドアが唸ったので顔を上げると、そこには猪俣響子がいた。