占いの結果(上)
エレベーターの下のボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。一番最上階ということもあって、待つかと思ったが割りと早く来た。
エレベーターに乗り込み「3」のボタンを押した。ゆっくりとドアが閉まり、階数字が十七・・・十六・・・十五・・・っと下っていく。八階で止まったらなんだか気味が悪いなと、エレベーター乗り込む前から考えていたのだが、十階の辺りからエレベーターのスピードが緩くなりだしたのでので、まさかと思っていたら見事に八階で止まった。ゆっくりと開いたドアの向こうには誰もいない。
なんだよ、子供のいたずらか?と思いながらすぐさま「閉」のボタンを押した。表面的には平然としていたが、内心は恐怖に震え上がっていた。再びゆっくりとドアが閉まりだしたときに突然細い指が閉まるドアを静止した。自分でもはっきりと感じるほど体が跳ね上がっていた。
「すみません」っと紫縁の眼鏡をかけた女性が指の先から現れた。言葉に尖がったものを感じたので、なんだか愛想の悪い感じの人だな。と思っていたらその女性は特に表情を変化させずに「あれ?真鍋さん」と言った。
私の名前を出した瞬間に初めて女性の顔をしっかり見て気が付いた。同じ学年の猪俣響子だった。驚いていたので言葉が出ず、目と指で、なんとか誰だかわかったことを伝えた。
「これ、上? 」と、相変わらず無愛想に尋ねてきた。
「違う。下に行く」まだドキドキしている心臓を一生懸命落ち着かせながら言った。
「あ。そう、ごめんね。間違えて上も下も押しちゃったから、どっちだか分からなくて」形だけニコリと笑いながら言った。
「あ〜。分かる分かる、私も時々やっちゃうよ」へらへらっと愛想笑いしながら言った「んじゃ、また明日ね」手を振りながら「閉」のボタンを押した。でも、猪俣響子は振り返してはくれなかった。
猪俣響子は一年生の秋に転校してきた。転校生は通常話題になるのだが、特に話題にもならずに学校の風景的存在へと化していった。印象的なのは紫縁の眼鏡くらいで、特に可愛いというわけでもなく特別不細工というわけでもない。転校してきた時から静かな子で、授業中、休み時間関係なく本ばかり読んでいた。しかも、分厚くて小難しそうなものばかり。いつも本にカバーを掛けているのでなにを読んでいるのかは明確には知らないのだが、雰囲気が醸し出している。
そして、転校生には噂も付き物である。流れた噂は、「イジメられっこ」だった、というなんともありがちな噂だったが、何処から湧いたかも知れないその噂は、一月も経たずに消えていった。でも、猪俣響子みたいのがいじめられていたと噂われるのは分からなくも無い。自分だけの殻に閉じこもり、極力人とのコミュニケーションを避けようとしている人間なのだから。
五階の辺りで再びエレベーターのスピードが緩くなりだし、三階で止まった。エレベーターから降り、我が家まで歩く。ドアの前で止まり、ポケットから鍵を出し鍵穴に差し込み、捻ったときに初めから鍵が開いていることに気が付いた。一瞬鍵を掛け忘れたかと思い焦ったが、すぐに見当が付いた。鍵を引き抜きポケットに再びしまい、ドアを開けた。玄関には父の革靴があった。
「ただいま」と、言ったときに大事なことを思い出した。
急いで靴の脱ぎ捨て、洗面所に駆け込む。そこには既に父がいた。
「おかえり。お父さんが先にやってまーす」と言いながら洗濯機の中からTシャツやら下着をバスケットに入れている。
「ごめん。すっかり忘れてた」申し訳なさそうに言うと、父はニコリと笑いながら「お父さんが一人になっちゃうよりも栞が一人になった方が危ないかもな」と言った。
「うー。返す言葉がありません」と言ったら父は笑った。
「んじゃ、ペナルティーとして今週末の掃除は栞に頼みます」
「えー。また私ー」と言いながら居間に歩いていく。
「だったらちゃんと洗濯物ほしてくれよ」
「はーい」と、形だけの返事をして、テレビをつける。
テレビには今朝やっていたイジメによる自殺事件が再び映し出されていた。そのニュースを見ていたら「人との約束を忘れてしまわないように注意!それさえ守れば今日一日ハッピー。ラッキーカラーはピンク」という、今朝の占いの言葉が浮かんだ。