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胸の穴(下)

 ガチャリっと、家の鍵を閉めて、鍵をポケットにしまった。私が住むマンションは十六階建てで、このマンションを建てる時には日照問題のことなどで近隣住民からは少々反感を買った。そこら辺の壁に「近隣住民から光を奪うな!」とお決まりの文句が書かれた張り紙が貼

られていた。そのマンションの三階に私の家はある。だから下までは階段で行くき、外に出る。しかも、徒歩一分もかからずに学校へ着いてしまうというなんとも学生にはラッキーな場所に佇んでいる。このマンションが市民の反対にも耐えて、建ってくれたことに心底感謝している。一個下の階には同じ学年の洋子が住んでいる。初めのうちは家を出る時間が一緒だったのでバッタリ会ってそこまでの距離だがなんとなく流れで一緒に学校に行っていたが、徐々に一緒に行くのが暗黙のルールと化していった。私が遅刻ギリギリの時間に家を出た日も一階のところで待っていてくれた。

 この日はちょっと家を出るのが遅くなってしまったので二階のところでは洋子に会わなかった。二階から一階に降りる。そこには洋子がいなかった。少し不思議に思ったが風邪か、痺れを切らして先に行ってしまったのだろうと思った。

 オートロックのドアを開き外に出る。もう、春というよりは夏の匂いを含み始めた太陽の心地の良い日差しが体を包む。もう夏か・・・なんて感慨に浸ってる私に容赦なく鞭が入った。学校から予鈴の音が響いてきたので、ヤバイと思って走り出した。

 私の学校には昇降口が三つある。一番正門に遠い一番奥の昇降口に三年生の下駄箱がある。真ん中の昇降口は裏門にも繋がっている来賓用の下駄箱がある。そして、一番正門に近い昇降口が一年生と二年生の下駄箱がある。そこのの二年生の下駄箱にある私の上履きを取り出し手早く履き替え、靴を下駄箱に入れる。ここからが大変だ。一階には教員室、二階には三年生一年生の教室がある。そして私の二年生の教室は三階と、考えただけでため息が出そうな位置にある。一段飛ばしで、時には二段飛ばしで階段を駆け上がる。しかし、これだけではない、私の二年A組は長い廊下の一番奥に位置してるのでさらにそこから走らなくてはならない。これだけで凄く体力が付きそうだ。

 っと、走ってる途中でC組に入ってく洋子が見えた。

 「洋子おはよ」っと走りながら声をかけた。

 洋子が振り向く。っと、私の顔を見た途端に表情に雲がかかり、そのままうんとも寸とも返事もせずに教室の中に入っていった。気が付くと私は立ち止まっていた。は?と思いながら数秒間唖然としていたが、本鈴が鳴り、担任の前島が私の教室から体半分出して「真鍋。早く入れ」っと言ったのですぐに我に返った。ヤバイ!と思いまた走り出した。は?と思いながらもはっきりと自分の胸にポッカリと穴が開いた感覚を覚えた。

 息を切らしながら自分の席に崩れるように座った。

 「栞来るの遅いよ〜、こんなに家近いのに」っと、前の席の志保が声をかけてきた。

 「志保が早すぎるんだよ、こんだけ家近いんだからもっとのんびり来ればいいのに」

 私のマンションには、けっこう同じ学校の人間が住んでいて、志保もその一人だ。しかし私とは違い、予鈴の十分前には登校している。

 「ギリギリで来るとエレベーター乗れなくなっちゃうんだもん」

 「あー。だよね。私なんか三階だから階段でひょいっとこれちゃうもん、だから気が緩んで家出るの遅くなっちゃうんだよね〜、ちゃんと朝は起きれるんだけど」

 志保の家は十六階建てマンションの十六階で、景色が最高だ。しかし、同じ学校の人間が多く住んでいるので朝はエレベーターの取り合いになるので、早めに家を出ないとエレベーターを何分も待つことになる。階段で行くにしても十六階から一階まで降りるのは朝の寝ぼけた体ではつらいものがある。

 「あ。やば、数学の宿題やり忘れた」頭の中でぼんやりと今日の時間割りを思い浮かべていたら思い出した。

 「あ、私の写させてあげようか」

 「ほんと。サンキュ」と言いながらかばんの中から真っ白な宿題プリントを出した。

 私は自分でも自覚してるほど八方美人だ。良い意味ではなく悪い意味で、そして二枚舌でもあると思う。ある子が他の子の悪口を言っていたらそれに乗っかり、そのある子に悪く言われた子を褒める子がいたらそれに乗っかり、誰のつまらない話でも愛想笑を返す。良く言えば風当たりが良いのだろうが、私はこんな私を好きにはなれない。でも、私は私と決別はできない関係にあるから私は私であり続けることしかできない。こんなことを考えると毎回荒野の真ん中にポツリと置かれてどうにもできない気分になる。くっつくこともできず、離れることもできずただ中間でポツリと立つことしかできない。


 四時間目の理科の時間に、意を決して洋子に会いに行こうと思った。聞きたいことは沢山あった。今日なんで先に来てたのか。一緒に学校に行くのはお仕舞いにするのか。なんで私を無視したのか。世の中には知らないほうが良かったものが沢山あるが、このことはどうしても知っておきたかった。

 チャイムが鳴り、起立、礼をして授業が終わる。理科は基本的に二階の理科室で授業が行われるので大抵はチャイムの前に授業をお仕舞いにするのだが、今日は実験だったので少し遅くなった。三階の教室に帰るまでにそのことについて二人で少し愚痴った。

 三年生の廊下を歩く頃には話題は昨日のドラマの話に変わっていた。ふと前を見ると洋子がミカと二人で歩いてくるのが見えた。まだ洋子は私に気がついていない。心臓がキュっと閉められる感覚を感じた。徐々に洋子達との距離が近づき、すれ違う間近で洋子と目が合った。

 が、すぐに逸らされた。今朝開いた胸の穴が少し大きくなるのを感じた。追いかけて詰問しようかとも思ったがやめた。志保の前でそんなことをしたくないし、喧嘩中(と、言っても一方的に嫌悪されてしまったみたいだけど)であることを感付かれるのが嫌だった。

 「私、洋子苦手なんだよね」

 気まずそうにポツリと志保が言った。

 「なんで」意識した気はないが自然と声を張ってしまった。

 「なんかさ、一年生の時にはあんなじゃなかったのにさ、二年生に上がってからはじけた感じじゃん。最近良い噂聞かないし、女子の間の番長って感じが嫌だ」

 「あ〜。まあ、志保はちょっとそり合わないかもね。ちょっと自己主張強すぎる感じあるもんね洋子は」

 「ってか」志保は私の耳元に口を近づけ「自己ちゅー」っと囁いた。

 「たしかに」思わず笑ってしまった。

 「私がこんな風に思ってること内緒だよ」そう言って志保は笑った。

 

 給食の時間も、五時間目も六時間目も記憶の中を探検したが望んでいた宝を見つけることはできなかった。私は洋子になにをしたのか?なぜ嫌われたのか?似たような質問がさっきからずっと頭の中で右往左往している。

 六時間目が終わり、帰りのホームルームまでの休み時間にトイレに行き、かえってきて教科書をカバンに詰めているときに手紙に気がついた。ラブレターなんかではない。女子特有の手紙の折り方だった。

 その手紙を机の下で誰にも見られないように静かに開いた。きっと、深いとこにいる私は大方の予想をつけていたのだろう。そして、その予想していたことがかいてあった。再び私は静かに手紙をたたみ、ポケットの中にしまった。

 胸にぽっかり開いた穴は面積を増し、その穴を冷たい風が吹き抜ける感覚をはっきりと感じた。そして、私は荒野の真ん中に立っていた。

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