2、一太郎ダウン
「サキューラ!なにしてんだよ!」
この家の長男と言っても一人っ子だが、の中学生一太郎、通称一太がサキューラからバシッと買い物かごをひったくる。
ダッと台所に行き、ダンダンダンッと包丁を振り下ろす音が響き、次にブツブツ文句が聞こえてきた。
「まったく、ダイコンがないとおでんは始まらないのに、さっさと帰れってんだ。大食いのくせに役立たずなんだから!」
クスンクスンと、サキューラがブーツを脱いでしょんぼり居間のテレビの前に座る。
隣りに九州弁の黒ネコのドミノが来て、ペロペロと毛繕いを始めた。
「一太が怒るとも仕方んなか、せっかくの日曜とに、ママさんの着物のシミが取れんでイライラしとったけん」
着物ばかりのママさんに加えて、最近はサキューラの皮のボンデージスーツも、もう一人の居候白魔女エリの真っ白いドレスもイライラの元だ。
クリーニングに出す金銭的余裕はない。
よって、みんな一太が必死で手入れしている。
居候2人は、異世界から来た魔女だ。
白魔女エリは囚われだった黒魔女サキューラを追ってきたのだが、帰り方がわからないと、そのまま一太の家に居着いてしまった。
ドミノは、エリの下僕の黒ネコ。何故か九州弁を話す。
みんな毎日ゴロゴロして、大食いの上に毎晩酒盛り。
ママも育ちが良すぎて家事は出来ず、毎日テレビの番。
一太の家は、会社員のパパの給料だけで切り盛りするので貧乏になっていく。のだが、数日前からエリが占いのバイトに出始めた。
日曜はとても忙しいらしく、帰るのが遅い。
魔女だから、占いはお得意なので人気があるのだろう。
同じ魔女でも以前サキューラが占いの店を出した時は、思い出したくないほど大騒ぎになった。
しかし今回はバイトなので大丈夫と信じている。信じる者が救われなかったら、一太は不幸のどん底だ。
ママが、急にスラリと立ち上がった。
一太のママはいいところのお嬢様だったらしく、いつも着物で日本人形のような美人だ。
しかしのんびりしていて家事は一切出来ない。
急須を持ち、とろっと歩いて台所に行きかけて、廊下でそのままじいっと動きが止まった。
「どがんしたと?ママさん」
怪訝な顔でドミノが寄ってくる。
「一太ちゃんが、座ってるの」
「へ?」
ドミノが台所に入ると、一太が床に座り込んでいる。
「どがんしたと?」
覗き込むと、一太の顔が赤い。
「ああ、ドミノ。俺気分が悪くてさ、風邪引いたみたい。ダメだ、限界」
ダイコンを下ゆでする火を消して、這うようにして2階に上がってゆく。
ママさんは急須片手に、それを呆然と見送った。
「ママ、俺今日は家事休む。あとよろしく」
「あら、パパもあさってまで出張なのに?」
「ダイコン、適当に味付けて食ってよ。俺、寝る」
「まあ」
ママは、2階を見上げたまま凍り付いてしまった。
「ママさん?」
ドミノがじいっとママを見上げる。
一太が動かない。
それがどういう事態を繰り出すか、ドミノも知らない恐怖が始まった。




