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▲ユキは推理する

 金髪碧眼の王子様の失踪により、結局お茶会は中止となった。

 ユキとしては神への感謝が半分、どうしたんだろうという心配が半分、といったところだ。彼が廊下を歩く間も、騎士らしき男たちが慌ただしく行きかっているのを何度も見た。このままお妃選びがうやむやになってしまわないかなー、とこの場にサクラがいたなら言うだろう。ユキもそう、多少は思わなくもない。

 疲労困憊の体を引きずり、扉を押して部屋に入る。

「ただいまです、ヒィさまぁ……って」

 あれ、とユキは首をひねった。広い部屋の中、どこを見てもサクラの姿はない。ユキはキョロキョロと部屋を見回し、不安げに部屋を一周し、クローゼットの中も調べた。ら、クローゼットを閉める時に指を挟んだ。悶絶するユキ。声にならない叫びをあげて、床の上をのたうちまわる。

 広い部屋の中をおもうぞんぶん転げまわること数分。セットされたカツラを落としかけること数回、やっとことでユキは痛みから立ち直る。ジンジンする手をさすりながら、おや、と部屋の中を再び見回した。かがみこみ、床に落ちている物を指でつまむ。

「……こんぺいとう?」

 それは、半透明の青をした金平糖である。よくよく見れば、白い床の上にもぽろぽろと金平糖が落っこちていた。赤、青、黄色が太陽の光を反射して、ちかちかと光っている。白い大理石の上、転がっている色とりどりの粒は、まるで天の川の星くずのよう。

「……天の川?」

 そう、金平糖は天の川のように一本の線となって転がっていた。

 てんてんと続く金平糖を一つ一つ拾いながら、ユキは天の川をたどる。ユキの方手が金平糖で一杯になった頃、ユキは到達した。部屋の端、窓際に。

 ちなみにその窓、サクラがユキを見捨てた際の逃走口である。

「…………」

 サクラは、自分が乗った馬のご褒美として金平糖を常備していた。腰に付けた巾着袋に、金平糖をいっぱいにして。そういえば、あの巾着袋は随分古くなっていた。……嫌な予感しかない。

 窓枠に手をつき、身を乗り出して外を見ると、予想通り、庭にも金平糖の線が続いていた。はあ、と溜息をつく。

 ……ヒィさま、どこ行ったんだろう。

 まあ、外出は別に構いませんが。さすがに他国の城では問題は起こさな……起こさ……おこ……うわ、心配になってきた。

 少し考えるユキ。それから部屋の中に引っ込み、自分の手をはさんだ、にっくきクローゼットの中を大急ぎで掘り返す。数分後、ユキは先程着ていたドレスよりも簡素で動きやすいワンピースにユキは身を包んでいた。サクラがいないので女装を解いても良いのだが、それをしないのはユキの真面目さ所以だろう。とことん、損な性格のやつである。

 それはともかく。シンプルな服装に着替えたユキは周囲に人がいないことを確かめ、よっ、と窓枠を飛び越えた。音もなく着地するあたり、ユキもサクラに劣らない猿のような身軽さである。

 スカートの砂を払い、金平糖を追い始めるユキ。金平糖は城の裏を回り、馬屋を通過し、芝生の上にグルグルととぐろを巻き、城壁に沿って続いている。何をしてるんだヒィさまは、と嘆息せざるを得ない、見事な寄り道っぷりである。

 と、不意に金平糖が途切れた。金平糖の道は城壁の傍で、ぱったりと消えてしまったのだ。

「……あれ? 一体何があった――」

 んだ、と言おうとしたところで、言葉が止まる。

 目には行ったのは、ボコッと城壁に開いた大きな穴。そして、穴の前で途切れる金平糖。ざあぁ、と自分の血の気が引く音を、確かにユキは聞いた。

「……ま、まさか」

 ユキは慌てて地面にはいつくばる。四つん這いになって探すこと数瞬、彼はあっさりとそれを見つけた。銀色に光るスプーンである。その瞬間、彼の記憶の一場面が脳裏を駆け抜けた。

 サクラとその兄が家出をしたと、城中が大騒ぎになった幼い日。そのときに見つけた城壁の穴。スプーン。そして、城壁の外に作られた簡易な駒繋ぎ。

 城壁を這い出たユキは、再びそれらを目撃することとなった。

「……何をしてるんですか、ヒィさま」

 油断も隙もありゃしない。完璧に脱走された、逃げられた!

 そうユキは思いかけて、はて、と首をかしげる。……自分たちがここに到着したのは、今朝である。

 無論、数時間でスプーンで城壁を掘ったり、馬を用意したりなんかできるわけがない。ましてや、ここは他国の城で、彼女は今はただの従者だ。今のサクラは顔もきかなければ信用もない、ただの少年である。

 結論として、脱出したのはサクラではない。

「じゃあ、一体誰が……」

 そう呟いて顎に手を当てたユキの頭に浮かんだのは、一人の男の名前だった。

 アリシア国第一王子、レイモンド・カルヴィン。

 噂では、完全無欠の王子様らしいが……果たして、そんな人間が居るのだろうか?

 素で完璧に振舞う人間は、ほんの一握りだ。たいてい完璧と噂される人間は、完璧な自分を『演じて』いることが多い。身分ゆえに、もしくは体面ゆえに。

 ユキがよく知る人物である、サクラの兄もそんな人々の一人だった。ユキは思い出す。周りの人間に笑顔を振りまいていた、彼のため息を。

『でもな、疲れるんだよ。結構』

 その姿が、まだ見ぬレイモンド王子と、かさなった。


 確か、レイモンド王子は一人っ子だったはずだ。

 兄弟の有無というのは些細な違いのようだが、それによって環境は全く異なってくる。四六時中生活を共にする、遊び相手であり、話し相手であり、自分を偽らなくても良い相手である。サクラの兄も、ユキとサクラの前でだけ愚痴をこぼし、不機嫌になり、泣いたり笑ったりしていた。

 もし、そんな相手が、兄弟がいなかったら?

 愚痴はどこに行くのだろう。怒りは、殺すしかなくなるのだろうか。人目もはばからず泣きたいと、笑いという想いは、どうすればいいのだろう。

 逃げ出したくなるかもしれない。

 逃げ出して、しまうかもしれない。

 もし、逃げようとしている彼が、偶然にも、たまたまサクラと出会ってしまったなら。

「…………助けちゃいますよね、絶対」

 サクラのことだ。きっと深く考えずに、彼を連れ出してしまうだろう。おそらく、一緒に出かけてしまうに違いない。

 ……レイモンド王子は正直どうでもいいけれど、ヒィさまに何かあったらウメ様に顔向けができない。

 どんな事情があろうとも、二人を連れ戻さねば!


 ユキは顔をあげる。幸いにも、彼にはサクラたちの行き先に激しく心当たりがあった。

 視線の先の、はてのないような草原。そのずっと先には、大きな城下町が広がっているはずだった。


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