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▲ユキは星に願いをかけた

 振り返ったユキが見たのは、少し不審そうな眼でこちらを見つめる一人の姫君だった。

「……ぇえと、な、なんでしょうか」

 おっかなびっくりに、こわごわと口を開くユキ。自分の振る舞いに無礼があったのかと、心臓にナイフが当てられた気分になる。

 びくびくするユキをよそに、姫君は眉をひそめたまま首をかしげた。その拍子に、彼女の美しい銀髪が光を反射しながら背中に流れる。

「いえ、先程から顔色がよろしくないので。具合でも悪いんですの?」

 彼女の言葉に拍子抜けし、気付かれないように安堵のため息を漏らす。しかし姫君は、本気で心配している声色だ。それほどまでに自分の顔色が悪いということだろう。

 ユキは少し慌てて、首をぶんぶんと振った。

「だ、大丈夫です! お気遣いなく」

「そうですか?」

 怪訝そうな姫君に向かって、誤魔化すようにひきつった笑いを浮かべるユキ。挙動不審に視線をきょろきょろさせ、震える手でテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばす。しかし手が震えているので、自然と陶器のカチャカチャという音が大きく鳴る。自分を囲む姫君たちの注目を集めたことに気付いたユキは、一人赤面して顔をうつむけた。

 紅茶をすすりながら、ああ、と溜息。


 今すぐ帰りたい。愛しのウメ様のところに帰りたい。サンリアに帰りたい。サンリアが無理なら、せめて部屋に帰りたい。


 中庭に据えられた、大きな丸テーブル。白いテーブルクロスの敷いた上にはぴかぴかのティーカップが置かれ、あたりには甘い香りが漂っている。それは茶菓子の香りではない。豪奢に着飾った、たくさんの姫君たちの香水の香りだ。

 手入れの行き届いた中庭。その中心で、うんと化粧をして、色とりどりの衣装をまとった姫君たちが、テーブルを囲んで談笑している。その光景は、さながら花に群がる蝶。

 もっとも会話の内容は、蝶の例えほど穏やかではないが。

「あらぁ。貴方の国は、まだそんな旧式の馬車を使ってらして? レトロな香りが素敵で、羨ましいですわぁ」

「そちらの方こそ、また斬新な装置を作り出したそうじゃないですかぁ。売れ行きは伸びてて?」

「個性的、ともいいますわよ」

「おほほほほ」

「うふふふふ」

「くすくすくす」

 し、知らなかった……お姫様たちのお茶会って、こんな腹の探り合いのような会話ばかりするんだ……。

 ヒィさまはお茶会に顔色一つ変えずに出席してたけど、こんなすさまじい駆け引きの場だったなんて……ヒィさまリスペクト……。

「そういえば、ペットを飼わていらっしゃるんですよね? 確か、ポチ……なんてお名前だと聞きましたけど」

「まあ、簡易なお名前。寝ながら考えたのですか?」

「いやぁね。ワニはカバンにするもので、ペットにはしないものですわよ。まあ、猛獣使いでも目指していらっしゃるなら話は別ですけど」

「おほほ、猛獣使いなのは貴方の方じゃなくて? 先日、大柄な男の方に言い寄られているのを拝見しましたけれど?」

「うふふふふ」

「おほほほほ」

 誰か、このぎすぎすした空気に油を! 人間関係の潤滑油をください!

 蝶のように舞い、蜂のように刺す! と言わんばかりの姫たちに囲まれ、どんどん胃が痛くなるユキ。胃潰瘍への道を一歩一歩踏みしめている気分だった。

 自分の顔色と場の空気がどんどん悪くなっていくのを感じる。国の評判をあげるという目的のためには、王女役であるユキが喋らないことには何も始まらない。しかし、とてもじゃないが姫君たちの会話に口をはさめむ勇気はなかった。何も喋らないのを(もしくは、内心震え上がっているのを)誤魔化すように、再びカップの縁に口をつける。そのときユキは『お茶を濁す』という言葉の意味を真に理解した。

「もうそろそろね、レイモンド陛下がいらっしゃる時間は」

 誰かの一声に、鈴の鳴るような笑い声がピタッと止まる。漂う、一瞬の静寂。

 次の瞬間、ざっ、と示し合わせたかのようなタイミングで、乙女たちは何処からか手鏡を取りだした。どの顔も一様に、先ほどまでの愛想笑いが消えた無表情である。女の本気顔に、不意を突かれたユキは思わず固まった。

 姫たちは各自で髪を整えたり、目をぱちぱちさせて本番に向ける最後の仕上げを始める。鏡に向かって、にっこりと微笑みかけている姫君もいた。手鏡など用意していないユキは、一人だけぼおっとしているのは恥ずかしいと思い、髪を手櫛で整えた。カツラがずれないようにそおっと髪をなでて、背筋をぴんと伸ばす。しかし姿勢とは反対に、気持ちはどんどん沈んでいく。

 みんな、本気で王子様に選ばれたいんだ……。そんな中に僕なんかが居てもいいのでしょうか……。

 なんせ、ユキとサクラの合言葉は、『選ばれない程度に愛想よく! 評判をあげることだけに従事して!』である。

 うっかり選ばれたりなんかして『実は男でした、てへっ★』 なんてことになったら国際問題だ。舌を切って自害、で済んだらいいが、下手すればアリシア冒涜の罪で国が滅亡する。サンリア国は白兵戦ならめっぽう強い国だが、しょせんは田舎。都会の進んだ魔術や軍事力にかかれば、潰すのは簡単だろう。

 バルス! とか唱えられて、翌朝には焼け野原……なんちゃって!

 てへ、と一人で笑ってみたが、隣の銀髪の姫が気味悪そうにこちらを見るだけで何の効果もなかった。冗談っぽくしても、伸ばした背筋はぞわぞわしたまま。気分は現在進行形で降下中だ。イメージとしては、パラシュートなしのスカイダイビングを想像していただけたら良い。

「なんでも、とぉっても素敵な方とか……」

「金髪碧眼で、ねぇ」

「礼儀正しい、紳士的な男性と聞きましたわ!」

「楽しみですわぁ」

 姫君たちの言葉で、ますます肩身が狭い。

 ごめんなさい。みんな楽しみにしているのに、自分だけ『来なくていい!』と思っててごめんなさい。ヒィさまの頼みを断れなくてごめんなさい。この国に来てごめんなさい。

 アリシアの第一王子の噂は祖国で働いていた頃から、かねがねから耳にしていた。噂を聞いた時は、サクラと『絶対嘘だべ。そんな超人いるわけねぇじゃん』『ですよねー』『HAHAHA』というようなやり取りを交わしていたのだが、どうやら噂は他国にも広まっているらしい。

 国王の第一子であり、次期国王。馬術や剣術に長けており、成績も優秀。国王の仕事の補佐をこなし、人当たりも良い人格者。おまけに、麗しい金髪と海色の瞳の美形であるとか。

 王妃との間に出来た子なので血筋もバッチリ、側室だの何だの争いに巻き込まれることも皆無。文武両道、才色兼備、眉目秀麗で金髪碧眼のとにかくものすごい王子様、らしい。

 サクラは『HAHAHA』と笑い飛ばしたが、他国の姫の受け止め方は違ったようだ。

 ヒィさまのリアクションが変なのか、他の国の姫君が噂を信じやすい性格なのか……それとも、本当に王子がスーパーマンなのか。

 だとすれば、そんな人格者を騙すのは気が咎めた。それどころか、本当に秀才ならユキの正体を見破ってしまうかもしれない。そしてサンリアとアリシアの国交不和。バルス。

 それだけは避けたい。故に、会いたくない。これが問題を先送りにすることであることも、何の解決にもならないこともわかっていたが、なるべく王子と接する期間は短い方がよいと考えていた。

 胃潰瘍への扉が激しく叩かれる中、ユキは不幸な事故が起こるのを祈る。


 ところで、サクラに相対してユキは心が広い。

 サクラの我儘に振り回されても文句は言わず、

 サクラに使いっ走りにされても文句は言わず、

 サクラにウメをダシに脅されても文句は言わず、

 それらが幼少期から今までずっと続いても文句は言わなかった。

 ダンボールの中の捨て猫を拾う。迷子の子がいたら一緒に母親を探してあげる。財布を拾ったら警察に届ける。

 つまり、噂の王子に負けず劣らずの人格者だった。

 日頃の行いが、とてもとてもよかった。

 だから起こったのだ。

 彼が心から願う『事故』が。


「――おい、レイモンド王子が部屋にいないぞ!」



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