▲ユキとツンデレとその兄
「そういえば、最近クレーネさんの様子がおかしいんです」
手のなかの紅茶をくるくると揺らしながら、憂いがちにユキがため息をつく。いまだに馴染めないドレス、股間がすーすーするような感触に、もぞもぞと椅子の上で動いた。
それを見て、向かいに座るリオンはというと、もしかしてトイレに行きたいのだろうかと密かに心配していた。
しかし、女性にそんなことを訊くのはマナー違反だと常識をわきまえていたので考えを黙し、話に乗る。
「おかしい、というと?」
「ええっと、ゴミを押し付けてくるようになったというか……」
「ゴミ?」
素っ頓狂な声を上げるリオンに、ユキは説明する。
なんでも、王宮でばったり会ったときのことだったらしい。
『やっと見つけ……じゃなくて、偶然ですわね、サクラコ様!』
『は、はい。ごきげんよう』
『ごきげんよう! ちょっとこれ受け取って下さらないかしら!』
『へっ、いや、別にいいですけど……ティーカップ? あの、これはなn』
『ゴミですよゴミ! たまたま貰ったんですが、たまたまちょうどいいところに貴方が居たので、たまたま押しつけようと思っただけですの!』
『さ、さいですか……』
『ま、まあ、たまたま機会があったらそのカップでお茶会でも開いたらいかがかしら! その時はわたくしへの感謝を忘れないように! たまたま暇でしたら、行ってやらなくもないですから!』
『へ、へい。心得ておきますでごわす』
『それでは、ごきげんよう!』
『ご、ごきげんよう……』
「私としては正直、年頃の美少女がたまたまを連発するのはいかがかと思います」
「おお! 下ネタもさらりとこなせるサクラコ姫! ますます惚れ直したぞ!」
「下ネタで惚れ直すってすごく難しいですよね」
「愛しいサクラコ姫のためなら、どんな難題でも乗り越えていけるさ」
「確かに、トップレベルのセキュリティーを誇る王宮の壁を乗り越えられたなら、大抵の壁は平気ですよね」
ところで、二人の間にはいまだに性別の壁が横たわっているのだが、ユキとしてはそれを乗り越えて欲しくなかった。
「ちなみに、貴方が今使ってるカップが、その例のカップです」
ユキは赤い陶磁器を指差しながら言った。クレーネから渡された木箱の中には、すごく上等そうなカップが入っていた。ペアカップである。
終始顔を赤くして、自らを奮い立たせるように声を張り上げていたクレーネ。頭から立ち上る湯気に、具合が悪いのかなあ、と思わず心配した。病院を勧める前に、猛ダッシュで逃げられた。高血圧で死んでいないか、心配である。
「ゴミと呼ばれたカップを客に出すとは、なかなかの度胸だなサクラコ姫」
「あっ、すみません。良い品だと思ったので、つい」
「いや、胆の据わっているところも気に入ったぞ。惚れ直した」
ひょっとして、僕は何をしても惚れ直されるのだろうか、と密かに考えるユキ。今度、彼の前で逆立ちでもしてやろう、と決意する。
「それにしても、クレーネ様は赤がお好きなのですね。押しつけてくださったカップも赤色ですし」
「ひょっとして、そのドレスもクレーネから?」
「はい。ちょっと気に入ってます」
ヒラヒラが少なくて自尊心が保てるから、と胸の内で呟いた。今、ユキの男としてのプライドは風前の灯だった。
かるくへこんでいるユキをよそに、リオンもぶつぶつとぼやきはじめる。
「クレーネのツンデレがここで発動したか……まあ、おかげでサクラコ姫は全く気付いてないようだし……姫がクレーネ色に染まりつつあるのは勘弁願いたいが、そのカップのおかげで二人で茶が飲めるのだから、感謝せねばな……」
「あの、王子。どうしましたか」
「いや、何でもないぞ」
そう言って、リオンは最高級品であるカップを傾けた。