▼サクラは命令に従い栗拾いをしている
騒動の始まりは、些細な驚きだった。
「はぁ? 牛を見たことがない?」
サクラは素っ頓狂な声をあげて、栗拾いの手をとめた。驚いたせいで、火ばさみからポロリといがぐりを取り落としている。いがぐりは、芝生の上で跳ねてすぐ近くに立っていた男の足元へと転がった。
「仕方ないだろう、いつも細切れに調理された状態で出てくるんだから……」
レイはぶすったれた顔をして、そう反論した。それを見て、せっかくの美丈夫が台無しだべよー、とサクラが眉間のしわを伸ばしてやる。
「それにしても、へえ、へえ、へえ。牛を見たことがないとはさすがレイ。さすが帝国アリシアの第一王子」
目をぱちくりさせながら、サクラは栗拾いを再開させる。その様子を見て、レイはますます口をとがらせた。自分は正常だということを証明するかのように、言葉を続ける。
「だいたい、王族だけでなく貴族だって家畜の姿を見るものは少ないぞ」
「なんで? 家畜舎に行ったことがないべか?」
「家畜者なんて汚いところ、好き好んで近づくやつの気が知れん」
その発言に、サクラはすこしむっとする。サクラの国では国民だけでなく、王女や王子までもが牛や羊と触れ合って生活している、ヤギが道を歩いてるのは当たりまえーなド田舎。むしろ国民よりも家畜の方が数が多いし、家畜舎には誰もが頻繁に出入りしている。というか、サクラもよく出入りしている。
それは我が国に対する冒涜か、と文句を言おうとして、止めた。ふと、一抹の不安がよぎったからだ。恐る恐る、落ちているいがぐりを火バサミでつまみあげた。
「……レイ。これが何か、わかるべな?」
震える火バサミ。どきどきのサクラの目の前で、きょとんとしてレイは言い放つ。
「? 秋になると何故か庭に落ちてる、観賞用の植物だろ?」
「!!」
衝撃のサクラ。再びいがぐりを取り落とす。
「いかん……君、いかんぞ!」
何故か先生口調になりながら、びっくりしているレイに拾い上げたいがぐりを突き出す。手にぐっさりとトゲが手に刺さっているのだが、サクラに気にする様子はない。
「これは栗! 秋になると食卓にのぼる、茶色い殻に覆われた木の実!」
「栗……? あれはこんなにトゲトゲしてないぞ」
「当たり前! この中に栗が詰まってるんだ!」
そう大声で宣言すると、いがぐりを踏みつぶし、せっせと中の実を取りだした。そんなサクラの作業を横から見ながら、おお、と感動に目を輝かせるレイ王子。
「本当に栗が……すごいな、初めて見たぞ!」
「…………」
「牛もトゲに覆われているのか?」
「んなわきゃないだろう!」
駄目だ。こいつは駄目だ。
世間知らずキャラ云々というレベルの問題じゃないぞ。こいつは食について知らなすぎる!
サクラは、無人島に放りだされるレイを想像した。たくさんの果物が木になってるのに、食べ物と知らずにスルーするレイ。魚を捕まえても、食べ方がわからずにおたおたするレイ。
「レイ!」
危機感にかられたサクラは、火バサミを放り投げてレイの手をがしっと掴んだ。その迫力に押されて、レイは一歩後退する。
「牛! オラと、牛を見に行こう!」
「う、牛? 別に見に行く必要ないだろう。家畜舎は臭いらしいしな」
「らしいって、情報すらも人づてか!」
本当に家畜舎に近づいたことないな、お前!
このままではこいつが死ぬ! いざという時真っ先に死んでしまう!
「食について勉強するべ、レイ! 千里の道も一歩からだから、オラと一緒に行こう!」
「さっきから何をわけのわからんことを……」
「いいから城の家畜舎に行こう、話はそれから!」
強引にレイの手を引き、駆けだそうとするサクラ……と、そのとき。
隣の方で、ものすごい騒音が鳴り響いた。