▼サクラは逝けメンと遭遇する
「ふっふ、ふ~ん、おっせんったっく~」
意気揚々と、大きな籐の籠を抱えたサクラが王宮の廊下を闊歩する。籠の中には、山積みになった洗濯物。侍女を断ったので、このような雑用は従者役のサクラがすることになっていた。
仕事といっても、洗濯場のおばちゃんたちに服を渡すだけの楽なものだ。むしろ最近はおばちゃんたちとも顔見知りになり、会話を楽しむだけの時間でもある。
「それにしても、ユキが女物のパンツにあれほど拒否反応を示すとは思わなかったべ……」
先日、ふざけてサクラがユキの着替えに女物の紐パンを忍ばせた時のことだ。怒られた。びっくりするぐらい怒られた。「下着だけは僕の最後の砦なんです!」とわけのわからないことをほざいて、怒っていた。冗談の通じない奴だべ、とひとりごちるサクラ。彼女は、男としてのアイデンティティーが崩されていく恐怖をわかっていないとみえた。
「しかし、トランクスは箪笥の裏に隠しちゃったしな……ユキは紐パンを履くしかないべ。居心地の悪い思いしてるだろうな、ひひひ……」
小学生のような悪戯を決行し、こっそり喜ぶサクラ。だから、うふうふ笑う彼女は前をよく見ておらず、曲がり角で思い切りぶつかった。「うわっ!」舞い上がる洗濯物。ひらひらと宙を飛ぶ白犬のたちは、床一面に散らばった。尻もちをついたサクラは、ぶつかった相手に文句を言おうとすぐさま顔を上げた。
「こらぁ、なにをするきさm「くっそやろう! てめぇは前を見て歩けねえのか! 気をつけろ!」
……………………あれぇー?
激しい反撃にぽかーん、としてしまうサクラ。人間、不意を突かれたらとっさに反応できないものである。茫然としているサクラの目の前で、男が盛大に舌打ちをして手をパンパンとはたく。
「ったく、せっかく着替えてきたってのに……気分が台無しだぜ」
サクラの目の前に立っていたのは、どこかで見たことがあるような騎士だった。騎士は怒りに表情をゆがませ、サクラを見下して再度舌打ち。サクラ、いまだにフリーズ状態で固まっている。
「ドンくせえ野郎。男だったらもっと前を見て歩きやがれよ、バーカ」
生まれてからずっと王女として扱われてきたサクラは、悪態に対応することができない。サクラが硬直している間に、赤毛は早々にその場から立ち去っていく。はっ、と覚醒したサクラ。慌てて洗濯物をかき集めると、男の後を追った。
「ま、待って! 今のはすごく理不尽だべ、ひとこと言わねば気が済まないべ!」
サクラが男を追いかけ、外廊下に足を踏み入れた瞬間。
ずぼ。
「ずぼ? ……って、うわあああああああああ! 落とし穴やんけー!」
庭に大きく掘られた、落とし穴。その穴に先程怒りをぶつけようとしていた騎士が、すっぽり落っこちている。泥まみれだ。スーパーイケメンなのに、顔面まで惜しげもなく泥まみれ。膝を打ったのか、足を抱えて穴の中で悶絶している。
「うぉおぉぉぉ……ぐぅぅぅう……」
「あのー、騎士さーん。大丈夫だべかー?」
「うっ、うるさい! 貴様なんぞに心配されたくねえよ!」
「いや、無理。そんなに痛がってる奴を心配しないとか無理」
「こっちは落とし穴なんて落ち慣れてんだよ! 今回はたまたま受け身が取れなかっただけだ!」
「落ち慣れてる!?」
そんな単語初めて聞いた!
クソ野郎、とかクソガキ、等のことをぶつぶつ言いながらも、落とし穴から出てくる男。
それにしても、随分大きな落とし穴だ。大人が何人で掘ったんだろう……とサクラが落とし穴を見ていると、ずんずんずん、と音がしそうな程大股で歩きだした。泥まみれのまま、黒い足跡をつけながら城を歩く。なんとなく心配なサクラ、その姿を後ろから見守る。
「おーい、どこ行くんだべかー?」
「貴様に教える筋合いはない!」
と、騎士が叫びつつ入って言ったのは洗濯場だった。「あらアレンちゃん、また来たの」「うるせぇ!」という応酬が遠くから聞こえてくる。サクラはその姿を茫然と眺め、とりあえず洗濯場のおばちゃん一人を捕まえた。
「あ、すみません。この洗濯物、お願いします」