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★サクラとユキはビフォー・アフターした


「いや、オラだって自分の行儀がなってないのはわかってる。下手に粗相をして、国の評判を下げるのは避けたい。

 その点、ユキなら礼儀もきっちりしてるし、作法も完璧、身だしなみにも鋭い! オラの数十倍、適任だべ!」

 名案だろ! と言わんばかりに胸を張るサクラ。いやいやいや、とユキは当然反対する。

「だからって女装はないでしょう女装は! 無茶です、ばれますって!」

「ところでユキ、我が国民の特徴は何だっけ?」

 その言葉に、思わずユキは壁にかかっている鏡を見る。

 鏡の中。そこには、同じ黒い髪、黒い瞳をした少女と少年が首を並べて立っていた。しぶしぶ、ユキは答える。

「……国民は、カラスのような色の髪と瞳をしているつこと、です」

 な? と言わんばかりに微笑んだ、鏡の中のサクラが首をかしげた。

「我らが祖国は、東の果ての無名の小国! そんな国の王女の情報なんて、黒目黒髪の女というぐらいだべよー。

 だいたい、あちらさんは東洋人の顔の区別がつかんそうじゃないか。大丈夫大丈夫!」

「顔の区別はつかなくても、男女の区別はつきますって!」

「ユキ、おめぇさんは自分の女顔を自覚したほうがいいぞ。じーちゃんも、声が女っぽいと言っていたべさ!」

「あの人は、きっと少し耳が遠いんですよ!」

 と、そういった直後に窓の外から「なんか言ったかぁー?」と老人の声が聞こえてくる。沈黙するユキ。にやり、と勝利を確信して笑うサクラ。

「ほら! あの地獄耳のお墨付きをもらった女声だっぺ! バレないバレない」

「ていうか、僕の声が聞こえてるんならこの計画は筒抜けでしょ?! なんで止めないんですか、あの人は!」

「面白そうだからじゃね?」

「二人ともばかぁあああああああああ!」


 サクラは、なぜかカツラを所持していた。女のたしなみとして、化粧道具も持ってきていた。

 つまりは、舞台は完全に整っていた。

 サクラがいろいろ手を尽くしたおかげで、ユキ姫は完成した。サイズぴったりのドレスを着こんだ従者の姿を見て、満足げに鼻をふんと鳴らす。

「オラの目に狂いはなかったべ。誇りに思うがいい、ユキ! おめぇは立派な女だ!」

「…………」

 ツッコミはなかった。かわりに、床にへたり込んでいる少女が――否、ユキが顔をあげ、涙のにじんだ眼でサクラを見上げる。

 白い肌に、さらさらの黒髪。つんととがった顎に、長い睫毛に彩られた瞳。派手さはないが、静かな華やかさをたたえた顔立ち。しなやかでほっそりとした四肢は、水色のドレスに良く映えた。

 good、オラ! さすが、オラ! メイクアップアーティストとしても食っていけるぞ、オラ!

 上機嫌なサクラとは対照的に、ユキはふくれっ面のままだ。

「素材が良かったってのもあるが……ユキ、おめぇさんいい女になったべなあ。女だったら結婚してやるのに」

「男のままで結婚させてください! これはアウトです、一発でアウトです!」

「王子様をノックアウト?」

 だとしたらまずいなぁ……うっかりお妃に選ばれてしまったらかなわないぞ。国を評判を落とさない程度にドジを踏んでもらわなければ……と無茶な事を考え始めるサクラ。しかし実際、うるんだ目で上目遣いにこちらを睨んで来るユキは悩殺ものだった。サクラが男だったら、迷わず押し倒しているレベルである。

「僕、絶対に嫌ですからね! こんな、バレたら打ち首になるような真似は!

 どんだけアリシアをなめてんだって話になりますよ、問答無用でお仕置きですよ!」

「お仕置きだべ~」

「リアルで爆破されたらたまりません! あれはギャグだから済んでるんです!」

「まあまあ、滞在するのもお妃さまが決定するまでの話らしいし……案外、すぐ決まるかもしれないべ?」

「そんな無責任な! ヒィさまのばか、あんぽんたん!」

 そんな罵りも、涙目かつ美少女ルックでは迫力がない。いつもの格好ですら気迫の欠片もないのに、女装した姿で怒鳴られても可愛らしさしか感じない。

 座り込んだままだとドレスが汚れるとサクラが進言すると、大慌てでユキは立ち上がった。その振る舞いに、哀しき貧乏性の性を感じる。しばし憐みの目でユキを見つめるサクラ。

「……ところで、一つ訊きたいんですが」

「ん?」

「なんで、貴方が僕の服を着ているんですか?」

 サクラが着ているのは、パリッと糊を聞かせたワイシャツに山吹色のチョッキ。つやつやの黒髪を結い上げ、細身のズボンに足を通して、さも当然と言わんばかりにユキの前で胸を張っていた。

 山吹色のチョッキは、彼らの国における従者の制服。つまりは、ユキの服。

 ひきつった表情を浮かべるユキの前で、サクラは「へへへっ」と一回転する。今しがた袖を通したばかりの服を、得意げに見せびらかした。

「似合うべ? 似合うべ? オラ、素敵な従者じゃねべか?」

「ええ、腹が立つほど似合ってますよ……」

「ユキが王女役だから、オラは従者役! 完璧!」

 もともと中性的な顔立ち、かつスレンダーな体つきだったので、女性的な少年に見えなくもない。一部の女性の心をくすぐりそうな、小動物のような愛らしさも持ち合わせていた。誇らしげなサクラの前で、ユキが悔しそうにぐっと拳を握りしめる。

「ああ、早く来い成長期っ……!」

「成長期なんて来なくていいよ。むきむきのユキなんて見たくもないからな」

「いえ、僕の成長期ではなくヒィさまの。胸が出てくれば男装なん「ハッ飛ばすぞ馬鹿野郎!」

 さすがに(見た目は)少女のユキに手を出すのは憚られるので、怒鳴るだけにとどめるサクラ。意外とフェニミストな王女様だった。

 それはそれとして、とサクラがユキの肩を抱き、再び鏡と向かい合う。映る二人の姿は完璧に少女と少年であり、一見して性別が逆だなんて思われないだろう。文句を垂れていたユキも鏡を見て、口を閉じざるを得なかった。それほどにもユキは王女、サクラは従者然としていた。

 が、口を閉じたままだとこのまま流されることは必須なので黙っているわけにはいかない。

「駄目です。ヒィさまは仮にも王女様ですし、そんな方に僕ごときの従者をさせるなんて……。

 とにかく、駄目なものは駄目です! ハイリスク・ノーリターンですよ、断固反対!」

「リターンは王女の粗相がなくなること……ってあー、面倒くさいなーもぉー」

 頑として譲らないユキに、嘆息するサクラ。この手だけは使いたくなかったが……やむをえまい。

「ユキ、あんまり駄々をこねると、おめぇがウメに惚れてるってことバラすぞ」

「え」

 と、ユキはそう言ったきり押し黙る。正確には、顔を赤くするのに忙しくて、声が出せない。

 やがて、肩を震わせながら「なななな……」と紅潮した顔で叫んだ。

「なんで知ってるんですかぁあ!」

「オラはおめぇがハイハイがやっとできたって頃から見てるんだべ。バレバレだよ」

「知ってるんなら黙ってて下さいよ! そんなことを口に出すなんて、下世話な人間のすることです!」

「だからこの手は使いたくなかったんだべ……。それに、黙ってやると言っているんだよ。女装してくれたら」

「結局脅迫じゃないですかあぁあああああ! ヒィさまのばかぁあああああああああ!」

 顔を覆ってよよよ、と泣き崩れるユキ。哀れを誘う姿。

 そんな彼にサクラはそっと近づき、微笑みながらその肩にそっと手を当てて優しく囁いた。

「ユキ、オラはユキを信用してるからこんなこと言うんだ。

 お前さんはオラよりずっと聡く、礼儀正しく振舞える。正直、オラはそこまでできる自信がない。

 ユキなら完璧に、優雅に振る舞い、国の評判を損ねないと信じてるべ」

「ヒィさま……」

「……第一、お姫様間のドロドロ妃争いに巻き込まれたくないし」

「そっちが本音ですかぁああああああ!」



 馬車は滞りなく城へと到着した。ユキはその間、ずっと事故か何かが起こることを願っていたのだが。

「ああ……着いてしまいましたね」

「やっとだな! オラ、ワクワクしてきたぞ!」

「僕は胃がジクジクしてきました……」

 顔面蒼白なユキの様子にさすがに罪悪感を感じたのか、黙って正露丸を差し出すサクラ。拒否するユキ。ますます気分が悪くなったようだ。

 行き場のない正露丸を握ったまま、「そうそう」とサクラは口を開いた。

「サクラ、こんにちは」

「…………」

「サクラ!」

「え、あ、はいぃっ!」

「うんうん、よろしい。サクラ!」

「はい!」

「サクラ!」

「はい!」

「ユキ!」

「はい! ……って、ではなく、いいえ!」

「よろしいよろしい。でも、次に間違えたら打ち首だから」

「現実味のある脅しはやめてくださいって、シャレになりませんから!」

「いんや、シャレじゃないから。ばれたら二人で打ち首だから」

 サクラとユキは、事前に幾つか取り決めをしていた。そのひとつが、この名前の取り換えである。

 さすがに王女の名前は伝わってしまっているので、ユキが本名を名乗ることはできない。サクラもまたしかりで、二人が入れ替わるためには名前も取り換えなければならなかった。

 ユキはサクラに。サクラはユキに。

「それにしても、どきどきが止まらねえべな」

「確かに、動悸がおさまりませんね……本当に大丈夫なんですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、いざって時は、オラが責任持つから」

「本当にもう、この人は……」

 やれやれ、とユキがため息をつくと同時に、馬車がゆっくりと止まる。今更じたばたしても仕方がない、とユキは腹をくくった。

 ぎぃと音を立てて扉が開く。若い男性が顔を出し、にっこりと笑った。

「遠路遥々、よくいらっしゃいましたサクラコ様。アリシアへ、ようこそ」

 そんな男性に向かってユキは頷き、上品な笑みを浮かべた。

「このたびはお招き、ありがとうございます。

 わたくしが、サクラコ・トウドウです」


 かくして。

 王女サクラと従者ユキの、男女逆転生活は幕を開けたのである。

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