▼サクラはおっさんから麦藁帽を盗んでいた
「うっわああああああああああ……って、なんだ、レイか。驚かさないでほしいべ―」
やれやれ、と肩をすくめるサクラの前で、無様に尻もちをついている男が一人。恨めしそうにサクラを見上げる。
「私はお前の叫び声の方に驚かされたんだがな……」
「これぐらいでビビるとは、修行が足らん」
「同じくビビったやつに言われたくない! ……で、何してるんだ、こんなところで」
場所は城の裏の裏、といったところだろうか。石壁の隙間がところどころ苔むした、日の当らない場所。人目に触れぬ日陰ということもあってか、庭の手入れが行き届いていない。
そんな雑草まみれの場所で、サクラはしゃがみこんでいた。
「いや、何してるって……四つ葉のクローバー探し」
「…………その、なんというか。おまえ、よく従者になれたな」
「いーじゃん別に! 雑草がモリモリ生えてて心くすぐられたんだべよ!」
「気持ちは分からなくもないが……。ところで、四つ葉のクローバーは見つかったのか?」
「ううん、なかった」
意外と発見率が低い。それが四つ葉クオリティー。
「あ、でもねでもね。花が咲き乱れてたから、適当にむしり取っておいたんだべよ」
「むしり取るって……一体何に使うんだ?」
「花吹雪」
ずい、と麦わら帽子を差し出すサクラ。逆さ向きの帽子、その中には大小さまざまの、色とりどりの花が盛られていた。サクラはその山を不意に一掴みしたかと思うと、せいやっ、とばかりに宙に放り投げる。ぱらぱらとレイモンドの上に舞い降りる花々。草の匂いと、ほんのり甘い残り香。風にあおられ、空に流されて行く花びら。ちょっとファンシーな光景だった。
それを見たレイモンドの感想は、一言。
「掃除が大変そうだな」
「ロマンがなあああい! 乙女心を理解してほしいべ!」
「おまえは男だろうが」
そういえば、と我に返るサクラ。そんな設定だった。
取り繕うように、麦わら帽子を抱え直してそっぽを向く。
「いや、これはユ……サクラコ姫のためだべよ。お茶会で心削られ、帰ってきた姫の心を癒すための花吹雪なんだべ」
ユキの実家は果樹園を生業とする貴族なので、土や植物の香りをかぐと落ち着くらしい。お茶会の直前まで薔薇の花瓶を抱え「お茶会なんて怖くない怖くない……」と呟きながら震えるという、サクラでさえドン引きの行動で精神統一を図っていた。花吹雪は、心身ともに疲れきるだろう彼へのサクラなりの配慮だった。
しかし、サクラの言葉にレイモンドは首をかしげる。
「心削られる? 女性はお茶会が好きなものではないのか?」
「それは偏見というものだべよ。あれはストレスの温床だべ……」
とても遠い目をするサクラ。おかしいな、お茶会は居心地がいい場所のはずなのに、とさらに首をひねるレイモンド。たぶん、自分の知るお茶会と他国のお茶会は全く違うものなのだろう、と見当違いの結論を出した。知らぬが仏とはこのことである。
突如として遠い過去に思いを馳せ始めたサクラをよそに、レイモンドは再びサクラの持つ花吹雪の山に目を向ける。不意に、彼の視線は花吹雪の器で止まった。
「……おい、その帽子はひょっとして」
「あ、麦わら帽? これはだべな、ちょっと借りたものだべよ。…………寝ているおっさんから」
「今すぐ返してこい!」
万引きで訴えられるぞ! と最近聞いたばかりの単語で攻め立ててくるレイモンド。先日追いかけられたのがよっぽど怖かったらしかった。
溜息をつき、ひょい、とサクラの手から麦わら帽子を奪う。こんもりと盛られた花を崩さないよう持ち上げ、帽子のつばを確認して再び嘆息した。
「ああ、やっぱり……。これは、城の庭師が使う作業用の帽子だ。赤のラインが入っているから……庭師の主任のものだな」
ええ! と声を上げて驚くサクラ。ぱちくりと目をしばたたかせる。
「あのおっさんが主任!? ハゲてたのに!?」
「頑張って働いてたからハゲたんだろう、たぶん」
「…………もの足りなーい!」
「何が!?」
「ツッコミが!」
ユキなら、ツッコむのがユキだったら!
「ハゲと主任は関係ありませんよヒィさま!」みたいな! そんな鋭いツッコミをくれたはずなのに! なんだ、このボケ甲斐のなさは!
突然もだえ始めたサクラに一歩後退するレイモンド。そんな王子に向かって、びしっと指を突きつけ、睨みを利かせるサクラ。
「レイはツッコミキャラとして調教されろよ! もしくは。徹底的なボケキャラの道を極めろ!」
「何なんだその理不尽な要求は!」
「うるさいべ! ドジっ子だったり世間知らずだったり、そのくせツッコミに回るとか中途半端の極み! 男ならもっとクッキリハッキリしてほしいべ!」
「…………どうやら、私とおまえとでは言語が通じないようだな。嘆かわしい。国の違いがこんなところで出るとは……」
「うわーわあー! ゆるい! そのツッコミは緩い! ツッコミかボケかわからないような発言だべ! もっとはっきりと、短くまとめて発言しやがれだべ!」
「あと少し待っていろよ。今、アリシア語が専門の教師を呼ぶから……」
「うわあああああ、ユキぃー! ユキのツッコミが恋しいぃー! うわあああぁーん!」
「ユキはおまえだろ!」
収集が付かなくなってきたので、閑話休題。
「とりあえず、この麦わら帽子をおじさんに返しに行こうか。たしか、主任の管轄は中庭だったはずだ」
「ぐすん、ぐすすっ……ぇえ? 中庭?」
はて、何かとても大事な約束があったような……。
ううん、と顎に手を当て考え込む。何か思いついたらしいサクラはレイモンドの方に向き直った。
「レイ、お前って幼少期にオラと中庭で婚約とかした?」
「そんなわけあるか! お前とは先日初めて会ったばかりの上、男同士だ!」
「だよなぁ。うーん」
幼馴染の王子と結婚の約束、ではないか……セオリーだと思ったんだけどなあ。
うーん、それ以外で大事な約束って……あ。思い出した。
「なあなあレイ。銀髪巻き毛、紫の瞳をした奴、知らないか?」
リオンの存在をすっかり失念していた。忘れていたが、サクラは人探しの途中だったのだ。人ではなく雑草探しに夢中になっていたから、結局彼の人は見つけられずじまいだったが。
サクラの言葉に、ああ、と思い出したようにレイモンドが頷いた。
「そういえば、俺もそいつを探しているんだ。銀髪巻き毛で、紫の瞳の奴」
「おっ、すごい偶然。オラ、一緒に探してた人と中庭で落ち合う約束してるから、一緒に来るべか? もしかしたら、向こうが先に見つけてるかもしれないし」
一時間後に集合と言っておいたから……もうそろそろだろう。サクラはズボンについた雑草を手で払い、うんとのびをした。凝り固まった肩を回しながら、それじゃあ、と歩き出す。
「中庭ってどっちだっけ? オラ、この城にまだ不慣れだからわかんないべー」
「確か、ここから西に進んですぐだったと思うぞ。ほら、そこに……」
と、レイモンドが指差した先の中庭で、悲鳴が上がった。
突然、草まみれになりながら、中庭の生け垣から飛び出してきたリオン。中庭の中心では、テーブルを囲んでいる姫君たち。驚いたように紅茶を取り落としているユキ。そしてその隣には――。
「ああーっ! 銀髪巻き毛!」
「リオン!」
「お兄様!?」
「クレーネ! やっと見つけたぞ!」
あれ? どんな状況?