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▲ユキは乙女を懐柔しようと画策した

 青い空。白い雲。爽やかな風。鼻をくすぐる花と緑の香り。穏やかな午後、中庭では少女たちが集まって楽しそうに談笑をしている。

 ああ、ここが今世紀最大の修羅場だとは、誰も知らないんだろうなぁ。

「随分とレイモンド王子と仲がよろしいようですね、サクラコ様」

 相手方の声に、思わず体がびくりと震える。主役が退場した今、自分を守る盾はどこにもない。裸で北極に放り出された気分だ。

 そんなユキの向かいの席には、じっとりとした目つきの少女が陣取っていた。美しい髪を結いあげ、豪奢な刺繍の施されたドレスを着た美人である。他の姫君たちは、離れた席でこちらを見てはくすくすと笑っている。……向かいの彼女がグループのリーダー格で、僕を叩きのめす権利を与えられたってところですかね。うわぁー。

 しかも、よくよく見れば、目の前の彼女は先日ユキの体調を気遣ってくれた姫君だった。優しい人だと思ったのに……こんな人まで敵に回しちゃうなんて……と、落ち込まざるを得ない状況だ。

 とりあえず風当たりを少しでも弱めようと、愛想笑いを浮かべながら手をぶんぶんと振る。

「いえいえいえいえいえいえ。王子様と仲が良いだなんて、とんでもございません、ええ」

 無駄に腰の低いものいいが、さらに癪に障ったらしい。姫君は眉を釣り上げ、ユキは最低の気分になった。あああー機嫌とりたい―! どうにかして媚びを売って無害を主張したいー! 女の子って何て言ったら喜んでくれるのさ!

 そうだ、ウメ様! ウメ様を口説くときは何て言ってたんだっけ。ああ、パニックでなかなか思い出せない!

「それにしては、随分親しげな口調でしたわね」

 よしよし、思い出したぞ。たしか、めっちゃ褒めてた。尽くしまくって褒め殺ししてた。

「素面で聞いたら吐くほど甘い」とヒィさまに言わしめた言葉で、目の前の彼女のご機嫌を取ろう!

「全く、城を脱走するような人に、どうして王子は笑いかけていらっしゃったのかしら……」

 ウメさまには百というか万というか億の魅力があるから、賛辞が尽きることはなかったんだけど……いや、決して目の前の彼女に魅力がないというわけではない。世間では絶世の美少女とか呼ばれるような人だけれど、ウメさま以外に甘言を囁くのは不実なようで気が引ける。

 が、しかし! 窮地を乗り越えて男は強くなるのだ! 頑張るのだ、ユキ!

「レイモンド王子にふさわしいのは、わたくしなんですからね! きちんと身の程をわきまえて……」

 今日も素敵ですね。……いや、会うのは二回目だし。

 綺麗な手をしていらっしゃいますね。……しかし、ウメ様には敵わんな。

 美人で羨ましいですわ。……しかし、ウメ様には敵わん!

 ううん、どうしても思考の端にウメ様の姿がちらつくな。何故なら、ウメ様に勝る女性なんていないからだ! ……しかしそう考えていては機嫌が取れない!

 とりあえず褒めろとりあえず褒めろとりあえず褒めろ……。

「ちょっと、聞いていますの!?」

「目が綺麗ですね」

「え?」

 ユキは優雅に、実に王女らしく穏やかに目を細め、首をかしげて笑いかける。

「我が国の人々の瞳は黒一色ですから、とてもつまらないんですよ。それに比べて、貴方の瞳は本当に素敵です……。

 他のどの姫も、貴方のような色の瞳ではないようですが、西洋の方でも珍しい色なんですか?」

「え、ええ。まあ。この瞳は、王家の者だけなんですけれど……」

 ユキの豹変ぶりに意表を突かれた姫は、どぎまぎと頬を赤らめる。穏やかさがにじみ出るような、ユキの褒め言葉に動揺してしまったのだ。この隙をユキが見逃すはずもなく、満面の笑顔でたたみかける。褒め攻め。

「ドレスの方も随分と上質な絹を使っていらっしゃるようですし……何より刺繍が素晴らしいですね。百合の花ですか?」

「そ、そうですけど」

「百合は良いですよね。香りもいいし、華やかです。……あ、そうそう。ご存知ですか? 百合はですね――」

「ちょ、ちょっとあなた! 人の話を聞きなさい!」

 自分が若干押され気味だったのを感じたのか、慌てて声を荒げる姫君。あー、やっぱだめかー、とユキはこっそり肩を落とした。やっぱり世辞は聞き飽きていたのでしょうか。顔を真っ赤にして怒ってらっしゃる。

「いいですか? わたくしがしたいのは花の話などではなくて――――」

 と、そのとき。

 庭の生け垣が激しく揺れ、中庭に人影が飛び込んできた。


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