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★サクラとユキの小規模な決闘

 日が刻々と暮れつつある、オレンジ色の町並み。人々が帰路へと就いて、騒がしく足を急がせる中、三人の周りにだけ音が消える。

 …………オウジ? レイモンド・カルヴィン王子?

「……………………え、ええぇええええええええっ!?」

 沈黙を打破したのは、サクラの素っ頓狂な叫び声だった。すぐ近くでそんな大声を出されたら堪らない、ユキはとっさに手を離して耳を押さえ、サクラは解放されたが、既に『逃げる』なんて考えは地の果てまで放り出されてしまったようだ。口をパクパクとさせ、酸欠の金魚になってしまうサクラ。

「え、だって、なんで、カエサルだし、王子って、へ、うわ、ええええええ」

「ですよね、レイモンド王子?」

 同意を求めるユキの目線の先には、じっと黙りこむカエサル――もとい、レイモンド王子の姿があった。やがて顔をあげ、短く「ああ」とだけ答える。

「その通り、私は間違いなくレイモンド・カルヴィンだ」

「うそっ、ええ、うわっ、えええええ」

「ヒィさま、混乱してるのはわかりますがちょっと黙ってください」

「黙ってられるかい! だって、だってこいつは……」

 一国の王子様なんだぞ!

 すっごいタメ口をきいちゃったよ! 喧嘩しちゃったし、土下座させちゃったし、ついでに手までつないじゃったよ!

 自分も一国の王女なのを棚に上げ、大パニックに陥るサクラ。サクラの扱いを心得ているユキは彼女をしばらく放っておくことに決め、レイモンドの方へと一歩踏み出す。

「さあ、レイモンド王子。城は貴方が失踪したと大騒ぎです、早く帰りましょう」

「…………嫌だ」

「王子!」

 たしなめるようなユキの声。三白眼を釣り上げ、ユキを睨みつけるレイモンド。睨みあう二方。ユキは気が弱いが、己を絶対に曲げないという頑固さを持っていた。レイモンドもまたしかり、一歩も譲らない。

 二人の無言の争いに終止符を打ち、ユキに反論したのは意外にも、ショックから立ち直ったらしいサクラだった。

「だっ、駄目だべよ! オラ、カエ……レイモンド王子に、何にも見せてないんだべよ!

 演劇とか、服屋とか、レストランとか! 楽しいことは、まだまだいっぱいあるのに!」

「楽しいことにも、時と場合があります。今日、王子は城から抜け出すべきではなかったんです。

 今からでも遅くはありません。早く帰って、みなさんを安心させてあげるべきです」

「でも! レイモンド王子は町で遊んだこともないんだべよ!」

 その途端に、レイモンドに哀れみの目を向けるユキ。そんな目をするな! とレイモンドが憤慨するので、ユキは慌てて視線をそらした。「と、とにかく!」とユキはサクラに向き直る。

「何がなんでも、王子は連れて帰りますからね!」

「駄目だべ! どうしても王子を連れて帰りたければ、このオラを倒してからにしろ!」

「上等です、めったんめったんにやっつけてやりますよ!」

 サンリアは武道と決闘の国! 争い事はすべて、フェアな決闘で勝負をつけよ!

 二人の背後に炎が燃え上がった気がして、レイモンド王子は気圧された。

「……で、勝負は何の種目にしますか?」

 ユキは一見強気な姿勢でサクラに問いかける。が、背中は汗でびっしょりだった。なんせ、彼は取っ組み合いでサクラに勝ったことがない。『拳で語りまshow!』とか言われないかと、内心ひやひやである。

 一方、サクラの方はというと勝気な表情を浮かべていたが、ひそかに頭を悩ませていた。今のユキの姿は可憐な美少女。可憐な美少女の顔面に拳を入れるなど、サクラには出来そうもなかった。『拳で語りまshow!』って言われたらどうしようか、と冷や汗ものである。

 暴力以外の方法で、なるべくこっちに勝算のある勝負は?

「……なら、叩いてかぶってジャンケンポン、でどうだべか」

 考えた末に選んだ種目だが、なんとなく響きがしょぼい、とサクラはひそかに思っていた。

 しかし! サクラはこの勝負は必ず勝てるという確信があった。

 勝算は山積み、その上非暴力! 可憐な美少女を遠慮なく打ち負かすには、これ以上の勝負はない!



 誰もがしょぼいと思ってしまう種目・叩いてかぶってジャンケンポン。

 しかし! この勝負は意外に奥深いのだ!

 まず、最初に行われるジャンケンで勝たなければ勝機はない。ジャンケンとは腹の探り合い、いわば心理戦だ。

 ジャンケンにおいて、とっさに出される手はグーである。逆に、かけ声をゆっくりにすればするほどチョキを出される確率が高くなる。……しかし、それは相手に考える時間を与えることと同等! 素早く相手に手を出させる方が有効だろう。

 かけ声という主導権をこちらが握り、相手にグーを出させたうえでパーを繰り出すのだ!



 ……ってヒィさまは考えてるだろうけど、ヒィさまのジャンケンには癖があるんですよねぇ。

 こちらがかけ声を言ってしまえば、『自分が主導権を握る』という彼女のプランはあっという間に崩れ、混乱に陥るだろう。その時とっさに出される手は全く無意識であり、脊髄で考えて出される手である。サクラには、一番最初にグーを出す癖があった。そして、長年彼女に付き添ってきたユキはそのことを熟知していた。

「レイモンド王子、そのピコピコハンマーとヘルメット貸して!」

「お、おう……」

 王子を顎で使うなんて意外に大物か、と思いながら、レイモンドはサクラにピコピコハンマーとヘルメット二つを渡す。サクラはヘルメットのひとつをユキに投げてよこし、きゅっと眉根を寄せた。ユキも気合を入れて、拳を握る。

「いざ尋常に!」

 サクラの威勢のいい声に、しめた、とユキは笑った。そんな調子に乗ったことを言う前に、かけ声を言ってしまえばいいのに!

 主導権は僕が頂きますよ、ヒィさま!

「じゃぁーんけーん、」

 声を盛大に上げながら、ユキは腕まくりをする。

 ここでパーを出せば、僕の勝ちです!

「ぽんっ!」

「へっ?」

 繰り出される二本の手。ユキは予想だにしないサクラの手に素っ頓狂な声をあげた。

 サクラの手は、チョキだった。

「いくぜ、叩いてかぶってジャンケンポン!」

「うわわわわっ!」

 マッハで繰り出されるピコピコハンマー。音速を超えるスピードで迫ってくるハンマーを、ユキは持ち前の反射神経で防ぐ。ぺこっ、という間抜けな音が、ヘルメットに鳴り響いた。舌打ちをするサクラ。目をぐるぐると回すユキ。

 あれ? あれれれ?

 主導権は、かけ声はこっちが握ってるはずなのに! なんで勝っちゃうんだ!?

 混乱中のユキをものともせず、あらためて声高だかに拳を握るサクラ。

「いくべ! せっくはらジャンケン……」

「そんなかけ声は存在しません!」

「野球拳の時のみ使用されるかけ声だべよ!」

「何で野球拳の決まり文句を知ってるんですか!」

「兄貴からの情報!」

 桜貴さまのばかぁあああああ! とユキが心の中で絶叫している間に、「ポン!」「ああっ!」サクラの勝利にてジャンケン完了。ピコピコハンマーを握るサクラ。声にならない悲鳴をあげながら、ヘルメットに手を伸ばすユキ。しかし抵抗もむなしく、唸る鉄拳、ぺこっと音を立ててハンマーがユキの頭に炸裂。いつの間にか集まっていたギャラリーがどよめいた。勝負はついたのだ。

「やったやったやったー! 勝ったべ勝ったべ!

 ねえねえ見たっ? オラの勝ちっ!」

 ぴょんぴょん跳ねて、レイモンドに向かってグッと親指を突き出すサクラ。声をあげて笑い、嬉しさを隠そうともしない満面の笑みをぼうっと見ながらも、王子もグーサインをおずおずと返す。そんな二人のそばには、肩を落としてうなだれるユキの姿があった。

「こ、こんなはずでは……かけ声はこっちが言ったのに……」

「かけ声? 何の話だべ?」

 驚いて顔をあげるユキを、サクラはきょとんと見つめる。ユキは首をかしげながら、こちらもきょとんとした顔でサクラに向き合った。

「ヒィさまは、かけ声を自分で言って主導権を握り、相手にグーを出させようという作戦を立てていたのではなかったのですか?」

 ユキの言葉を「はっはっはー」と軽く笑い飛ばすサクラ。そのまま首を横に振って、それを否定した。

「考え過ぎ考え過ぎ。オラはただ単に、そっちが出した手を見てから手を変えたんだべよ」

「コンマ一秒で遅出しができるって、あんたはハンターハンターですか!」

「えへ。十歳の時に、ゴンとキルアを見て練習したんだー」

「特訓の成果!?」

 そりゃかなわないですって! と悲鳴を上げるユキに、サクラは腹を抱えて笑いだす。へなへなと崩れ落ちるユキの様子に、表情を固くしていたレイモンドも頬を緩めた。脱力して地面に座り込むユキを、ふふふん、と勝者の笑みでサクラは見下ろし、胸を張る。

「で? この勝負の主旨はなんだっけ?」

「うう……ヒィさまの特技のお披露目です」

「さらりと誤魔化すなよー、この嘘つきちゃんめー」

 しまりのない顔をしながら指でつついてくるサクラに、ユキがイラッとしたのは秘密である。

「さあ! 往生際良く、オラ達を見逃すべ!」

 さあさあさあ! とユキに迫るサクラ。そんな要求を突きつけられたユキは眉間にしわを寄せ、ううんと唸り、目をつぶって考え込み、はあ、と溜息をした。

「……約束は、約束ですものね」

「それでこそ男だべ!」

「女だろ……」

 レイモンドのつっこみは間違っているのだが、二人がそれを指摘するといろいろと大変な事になるので黙殺。言わぬが仏! と無言のコンタクトが交わされた。うっかり性別に関するジョークを飛ばしたら首が飛ぶぞ、とサクラは悟る。

 話題を逸らそうと、「そうそう!」と妙に高い声を出すユキ。片手に握っていたヘルメットと、地面に落ちていたピコピコハンマーを拾い上げる。

「これ、お返ししますよ。それにしても、よくピコピコハンマーなんて見つけましたね。すごいタイミングです」

「いや、オラは王子様から貸してもらったんだけど……そういえば、どこにあったんだべ?」

「私は、そこで山積みになっていたのを持ってきたんだが……」

 ……山積み?

「ちょ、ちょ、それって、」

 唖然として口をあけるユキ。急に狼狽し始めたサクラは、人目もはばからず叫んだ。

「それ、お金払ったべか!?」

「……は? なんで金を払わなきゃならないんだ?」

 落ちる沈黙。頬を伝う冷たい汗。サクラとユキの視線は、王子へと注がれたまま動かない。その意味がわからないのか、一人首をかしげるレイモンド。

 あちゃー、とサクラが額をパチンと叩くと同時に、広場の向こうから野太い叫び声が響いてきた。

「いたぞ、万引きだ! 誰か捕まえてくれ!」

 世間知らずの腕をひっつかみ、二人は走り出す。



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