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★サクラとユキの捕獲劇

「いっけぇー! 三番、もっと走れ走れ!」

「速く、もっと速く走らないと追い抜かれるぞ! 走れ!」

 二人の目の前で、一頭の馬がゴールテープを切る。ワッと歓声を上げるサクラとカエサル。馬具に刻まれた番号は、三番だった。

 熱気のこもる賭博場、レースの結果に憤る者、喜ぶ者、泣く者。すべての人々が立ち上がり、感情をむき出しにしている。勝ち負けを問わず人々が咆哮するなか、サクラとカエサルもまた万歳をした。サクラは手に汗握り、上気した頬でカエサルと顔を合わせる。わあぁあい、と両手を上げた。

「やった、やったべ! 大穴だべよ、大もうけだべよ!」

「七十五倍だったよな!? 二百円の七十五倍ってことは……」「いちまんごせんえん!」

「うおっしゃー!」「よしゃー!」

 カエサルも興奮に頬を赤くし、豪快に右拳を突き上げる。金髪が汗で頬に張り付き、上等な服が人に揉まれて皺を作っているのも気にした様子はない。白い歯をかみしめ、目をキラキラさせて、最高の笑顔を浮かべていた。

「良くやった三番! あいつは最高の馬だ!」

「五十回もあいつに賭けてよかったべ! 必ずやってくれると信じていたぞ三番!」

 一気に英雄に祭り上げられる三番。最後に勝ってしまえば、それまでの負けなどあっという間に忘れてしまうが博打の不思議なところである。

 あはははははは、と豪快に笑うカエサル。それまではどこか上品ぶった態度が目立っていたのだが、それもすっかり抜けた、突き抜けた表情である。

「世の中にこんな楽しい物があったなんて、私は知らなかった! 世界はまだまだ広いな!」

「これぐらいで世界を悟っちゃだめだべよ! 世の中には、もっともぉっと楽しいことがいっぱいあるべ!」

 両手を広げて力説するサクラに、カエサルは頼もしさを感じる。止まらない胸の高鳴りに、自然と言葉が口をついて出た。

「次はどこに行くんだ?」

 それを聞いたサクラ、興奮もまだ冷え切らぬ様子で「とりあえず」と返す。

「一体ここから出よう! 勝ったら手を引くがギャンブルの鉄則だべ!」

「わかった!」

 しかし、人に押しつぶされて身動きが取れない二人。長身のカエサルはかろうじて進めるが、小柄なサクラは「あ~れ~」と人に流されてしまう。慌てて手を伸ばすカエサル。

「圧死しないうちに、こっちに掴まれ!」

「さ、さんきゅーカエサル……」

「さっきから思ってたんだが、カエサルって何なんだ……?」

 サクラの手を掴み、ぐい、と自分へと引き寄せる。その拍子によろめくサクラを受け止めるカエサルは、その体の細さに息をのんだ。

 なんて軽い体をしてるんだ、こいつは。

 同じ男という以前に、人間というにも疑わしい小さく軽い体。体に密着する華奢な体といい、比べてわかる肌の白さといい、何処となく自分とは違う生き物のような、人形めいたところがあった。しかし服越しに伝わる暖かさは確かに人間のもので、カエサルを少し動揺させる。

「おおっと、すまねえべ……助かった」

 カエサルは気付かれない程度に少し距離を置き、サクラから視線をはずした。それでも一人で立たせておくには不安があるので、手は握ったままだが。

「き、気をつけろよ。ここで転んだら、オッサンに踏まれて病院送りだ」

「それは困る!」

 色々な方面で! と喚くサクラ。こんなやつに心を乱されるなんて、と少しだけ自分に呆れるカエサル。

「ほら、行くぞ。なんだか人が増えてきたしな」

「夕方だからだべ。賭博場は、夜が本番なんだべよ」

 人と人との隙間を縫って、進む進む。繋がれた手が妙にすべすべしていて、カエサルはずっと落ち着かなかった。


「おお、やっと脱出完了だべ!

 ひとりじゃ絶対に死んでた……助かったべよカエサル。ありがとう!」

 大げさに喜び、カエサルの両手を握ってぶんぶんと振るサクラ。はぁ、と溜息をついて口を開くカエサル。

「カエサルって……言っておくが、俺の名前は」「う、うおぉおおおおおおおお!」

 突然雄叫びをあげたサクラに、びくっと震えるカエサル。怯えている彼を尻目に、サクラはびしぃ! と指をある方向に向けた。

「見ろ! あそこに、あそこにアイス屋が!」

「あいす?」

「甘くて冷たくて、とってもクリーミーなお菓子の王様! I・C・E・C・R・E・A・M!

 これが興奮せずにいられるか、行くぞ、カエサル!」

「は? って、おい! ちょっと待て!」

 一人でアイスの屋台に向かい、猛ダッシュのサクラ。慌てて追いかけるカエサル。

 が、しかし。

 猛然と走るサクラを止める者が居た。その影は強い力で腕を伸ばし、サクラの手を瞬時に捉える。

 思わず前につんのめるサクラ。文句を言おうと振り返り……ひっ、と声にならない悲鳴を上げた。

「うふふふふ、そうですよねぇ~……家出王女および王子は、アイスクリームが大好きですものねえ~……。

 高カロリーで糖分過多、おまけに体が冷えてしまうアイスクリームなんか、王宮のコックたちは出してくれませんからぁ……」

「お、おまえはっ……」

「やっと見つけましたよ――――ヒィさまっ!」

 ワンピースに身を包み、サクラの前に仁王立ちしていたのは他でもない、従者ユキだった。

 カッと目を見開いたユキが、もう片方の腕もガシッと掴む。ひいっと小さく声をあげて逃げようとするが。固定された両手は頑として動かない。「うふふふふふ」とサクラの目の前でユキは口をゆがめる。

「やぁっぱり、現れてくださいましたね……アイスクリーム屋に。

 あなたとお兄様が脱走した時は、アイスクリーム屋を張っていれば必ず捕獲できましたしぃ……」

 そのじっとりとした口調に身の危険を感じるサクラは、必死に抵抗する。が、恨みを身に宿す人間は強いのか、握力がいつもの五割増しぐらいだった。なんとかしてユキの恨みの矛先を自分から外そうと、必死に話題を変える。

「そ、その恨めしそうな喋り方と、お茶会はどうしたんだ!」

「この恨めしそうな喋り方に心当たりがなければ、あなたは相当の阿呆です」

「うぐっ……」

 墓穴を掘ったことに気付いたサクラ、これ以上穴を深くしたくないので押し黙る。はあ、と嘆息したユキは、今度はカエサルの方に顔を向ける。突然の視線に驚くカエサルは、一歩後ずさる。

「お茶会なら、中止になりましたよ。そちらの王子様が脱走したおかげでね」

「おうじさま……?」

 サクラが首を回し、カエサルの方を見る。さらに一歩後ずさったカエサルの頬を、一筋の汗が伝った。そんな彼をまっすぐ見て、ユキは言い放つ。

「レイモンド・カルヴィン様ですよね。アリシア国第一王子の」



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