★サクラとユキは城下町に到来した
「……やっと」
「やっとだべな」
せーの、で二人もろ手をあげて叫ぶ。
「「来たぜ、じょーかまちーっ!」」
いえー! と抱き合う二人を気味悪そうに見ながら、そそくさと通り過ぎる町の人々。うおー、とハイタッチする二人を避けて歩くので、自然と人ごみの中に穴ができる。
組積造の建物が立ち並ぶ大通りで、サクラとカエサルは喜びを分かち合っていた。道もでかけりゃ家もでかい、人が多けりゃ屋台も多い、よく賑わった町である。吟遊詩人の歌もあれば、魚屋が張り上げる声もある。赤い衣をはためかせて薔薇のように踊る娘もいれば、椅子に腰かけてジョッキを仰ぐ男もいる。活気に満ち満ちた場所だった。
サクラは到着してからまず、その規模の大きさと人の多さに圧倒された。サクラの呼ぶ町はタウンであって、シティーではないのだなと確信した瞬間である。田舎の町と、先進国の町は別物だ。
少しだけ漂う肉が焦げる匂いと、かすかに甘い花の香り。町の香りだ、と胸を高鳴らせ、大きく息を吸った。よしっ、と拳を握る。
「最初はどこ行くっ? 服飾店とか食事処とか、あ、見世物小屋もあるべよっ!」
「見世物小屋……? なんだそれは」
「一本取られる店だべよ! ああいう店の騙し方は、なかなか痛快だべ!」
「勝負に負けた上に、詐欺にあうのか!?」
本気で驚愕するカエサル。世間知らずとの会話は疲れるなあ、とサクラはちょっと呆れた。それと同時に、見世物小屋を知らない生活を送ってきたらしいカエサルに哀れみの情がわいてくる。オラがとことん教えてやらねば、とサクラは再び使命感に燃えた。
「見世物小屋というのは、奇怪で恐ろしい生き物を見せて客から金を取るという店だべ」
「奇怪で恐ろしい生物……? そんなのいるのか」
もちろんいない、とあっさり否定するサクラ。突然こぶしを握り、熱の入った語り口上になる。
「が、しかし! パチもんを見せておきながら、いかに客を納得させるか! いかに巧妙な手口で騙されるか!
これが見世物小屋の存在意義、醍醐味だべよ!」
「そんな、客の心の広さに賭けるような商売があるだなんて……」
やはり世界は広い、と自分の見解を改めるカエサル。自分の意見が彼に受け入れられ、満足そうにうなずくサクラ。店の前でパチもんやら騙すやら叫ばれ、非常に迷惑そうな顔をする見世物小屋の店主。
「まあ結局は、一休さんとか、座布団一枚って感じの店だべ」
「全然わからん」
文化の違いを感じるやりとり。カエサルは落語も知らなかった。
もっと具体的な説明を、と至極もっともな意見を述べると、「うーん」と腕組みをするサクラ。詳しい例か……。
「そうだなぁ……たとえば、目が三つで歯が二つの化け物を見せたり」
「な、何なんだそれは!」
下駄である。
サクラのいい加減な言葉を真に受け、腰が引けるカエサル。三白眼をきょろきょろさせる、見事なチキンハートっぷりである。
「危険じゃないのか……大丈夫なのか、そんな店に入って……?」
「はっはっは。案ずるより産むが易し、入ってみるべよ! いざって時はオラが守ってやる! 黒帯なのだよ、オラは!」
サクラにぐいぐい背中を押され、無駄な抵抗をしながらも見世物小屋に入るカエサル。その後、『世にも奇妙な大イタチ』の煽り文句を受けた彼らが見たのは、紅を流した大きな板であった。
これがほんとの『大板血』。ちゃんちゃん。
二人がイタチで一本取られている頃――ある人物が見世物小屋の前を通り過ぎていた。
「まったく、ヒィさまったら何処をほっつき歩いてるんですか」
ぶつぶつと恨みがましそうにつぶやく(見た目だけは)少女・ユキ。ワンピースをはためかせながら歩くユキは、額の汗を手で拭う。ああ、かつらが蒸れる、と一人で口を尖らしていた。だったら外せばいいのに。
ユキは人込みをかき分け、とりあえず屋台の多そうな広場に向かう。途中、言い寄ってくる男がいたので「ねえねえキミィ、僕たちと遊ば」「えい」殴り飛ばしたりした。華奢な美少女に見えても中身は男、それもサクラに日々しごかれているので、並大抵の人間には負けないユキである。
「こんな暑い日には、絶対あるはずなんだけどなぁ……」
ぐるりと見まわし、視線を走らせ――そして、見つける。ほんのりと口元を緩め、目的のものへいそいそと駆け寄った。