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★サクラとユキは思いついた

「来てしまったべな、ユキ……」

「来てしまいましたね、ヒィさま……」


 王都にそびえ立つ、荘厳な城。

 灰色のレンガを積み上げて造られた大きすぎる城は、帝国と名高いアリシア国にふさわしい大きさと威厳を兼ね備えていた。その光景は、見るものすべてを委縮させんとばかり。

 そんな城の策略ともいえる景色に、まんまとはまって圧倒されている少年少女がいた。

「いやはや、でけえなぁ……オラ、あんなでっけえ建物は見たことねえよ」

 馬車の窓から外をのぞくのをやめ、首を引っ込めながら少女があぐらをかく。上質な布で出来ているであろうドレスをものともしない、見事なあぐらである。そんな少女を嗜めるように、向かいの席に座る少年が「こらっ!」と眉を釣り上げた。

「ヒィさま、ドレスがしわになってしまいます! 大人しく座ってくださいよ!」

「だいじょーぶだいじょーぶ。これ、最新素材ポリエステルだべ。シワなんて、一瞬で直るっちゃー」

「そういう問題じゃありません! 一国の王女としての、品位の問題です!

 そーれーかーら! その『オラ』って言うのも、絶対使っちゃだめですよ!」

「ええー。そんな殺生な」

「返事は?」

「へいへい。わかりました」

 うるさいなあ、ユキは。と少女はぼやきながら溜息をつく。そんな彼女の様子を見て、向かいに座る少年も、はあ、と溜息をついた。心配という感情を全身で体現するかのような、盛大な嘆息だった。

「大丈夫なんですかね……大切な、アリシアのお妃選びの場だってのに」

「お妃選びが大切なのはアリシア国であって、オラじゃない」

「だから! そんな態度が向こうの機嫌を損ねてしまいそうで心配なんです!

 アリシアは大国ですよ、うちみたいな小国は一瞬で潰されますよ!」

「心配性だなあ、ユキは。ストーブで炙るスルメのようだ」

「わけのわからない例えではぐらかさないでください! あー、もう、心配で胃が痛いですぅ……」

「ほら。その頭を抱えて唸る姿が、炙られてるスルメにそっくり。くねくねしてる」

「ヒィさまのばかぁあああああああああ! 僕は真面目に言ってるのにぃいい!」

 涙目になる少年、従者のユキを見て苦笑いしながら、少女サクラは苦笑いしながら「ごめんごめん」と言った。それからもう一度、外にそびえ立つ城を眺める。その姿を見て、不安だ、とユキは再び思う。


 サクラもおふざけでユキをからかっているわけではない。いつも通りに振舞おうとしつつも、やはり緊張で胃が縮みあがる思いだった。なんといっても、天下の強国アリシアにお呼ばれしたのだ。向こうの機嫌を損ねたらと思うと、背筋が寒くなる。

 帝国アリシアは世界の約半分の国を傘下に従える、とてもとても大きな国だ。つい先月、その国の第一王子であるレイモンド・カルヴィンが年頃になってきたので、世界各国から一人ずつ王女を呼び出して王妃選びをしようという話になった。サクラが城に向かって馬車を走らせているのは、かの国に呼び出された王女の一人だからだった。

 祖国・サンリアの代表ということで、名誉も大きければプレッシャーも大きい。だからこそ、彼女は気丈に、普段通りに振舞おうと必死だった。

 当然、幼馴染であるユキはその緊張に気づいていたが、優秀な従者なので、わざわざ口に出すような野暮はしない。


「くそ、あと数年遅く王子が生まれてきてくれればこんな目に遭わずに済んだってのに……っ!」

「…………」

 主人の恨み言をスルーするのも、立派な従者の役割である。

「ああ、いっそのこと王子をどうにかして、お妃選びを必要なしにしてしまおうか……」

 さすがに聞き逃せなかった。

「ヒィさま、早まらないでください! どうにかって、何をするつもりなんですか!」

「いやいや、冗談だって。そんな必死に止めなくてもいいよ」

「目がマジだったから止めてるんです! 仕込み刀、預からせてもらいますからね!」

「え、なんで知ってんの。こっそり持ってきたのに」

「何年お仕えしてると思ってるんですか! さあ、おとなしく渡して下さい!」

 二人でぎゃあぎゃあと騒いでいると、コンコン、と馬車の壁が叩かれる。その音に反応して手を止めると、馬を操っているはずの男が、「おおぃ」と外から声をかけてきた。

「馬が興奮するんで、あんまり騒がないでくれぇ」

「いんや、騒いでたのはユキの方だべ。オラのせいにされても困る」

「騒がせてたのはヒィさまじゃないですか!」

 そんなやりとりが可笑しかったのか、初老の男がカッカッカと笑う声が聞こえてくる。じいさん、大口開けて笑ってるんだろうなあ、とサヨナは思った。入れ歯が落ちなきゃいいけど。

「おやおや、ユキの方か。あんまりにも女みたいな声で見分けができんかったわい」

「オラはこんな声低くねーっちゃ」

「僕だってこんなに声高くないです!」

 カッカッカ、と特徴のある笑い声で、二人の反論を一蹴する御者。

「いんやいんや、そっくりだべぇ。兄妹って言うても通用しますな」

「じいちゃーん、年齢的にはオラが姉。なんで兄妹なんだべさー」

「ヒィさま、文句なら普段の生活を顧みてから言って下さい。良識のある姉なら、侵入者を自らハリ飛ばしません」

「馬鹿野郎、オラが倒さねば誰が倒すと」

「近衛兵が倒します!」

 正論である。

 城が少しずつ近づくに比例して、ユキの顔色がどんどん悪くなる。はあ、と溜息をついて、血の気の失せた頬に手をやった。

「僕は貴方のその素行の悪さが心配で心配で……どんなに腹を立てても、手をあげたりしてはいけませんよ!」

「保証しかねるが、善処する」

「難しい言葉を使ってますけど、要するに『自信はない!』って意味じゃないですかヒィさまあぁああ!」

「ユキ、そんなに叫んでるとせっかくの美声が枯れてしまうぞ」

「喉ならとっくに枯れてます……その上、さっきから胃まで痛いです」

「そんな君に正露丸!」

「いりません! というか、なんで持ってきてるんですか!」

「馬鹿野郎、正露丸は何でも治せる無敵の秘薬なんだぜ。オラはこれで虫歯を治した!」

「虫歯は薬で治りませんよ! 正露丸を盲信せずに、素直に城の歯医者に治療してもらって下さい!」

「オラ、あのキュイィインってのが苦手で……」

「クマをも恐れぬ王女がドリルを怖がってどうするんですか! だいたい、正露丸ならアリシア国にもありますから!」

「ほう、自信を持って言えるっぺか? 我が国で作られる正露丸が、他国にもあると!」

「うっ……ぐぅ。

 そ、それよりもですね、王女たるものが医者にかからず正露丸に頼るなどもってのほかですよ。城にかかりつけの医師が居るでしょうし、言えばすぐに治してもらえます」

「そうか、オラは正露丸もろくに飲めない立場なのか……王女というのも大変だな」

 妙な結論に落ち着き、ふう、と憂いがちに視線を外に向けるサクラ。心なしか、顔色が少し悪い。

 その哀愁漂う姿に、ユキは自分の無神経を少し後悔した。もう少し優しい言葉をかけて、主人の緊張を和らげてあげればよかっただろうか。正露丸と仕込み刀ぐらい、自由に持たせてあげたらよかっただろうか……。

 いいや、こんな時に従者が気弱になってどうする。何があっても主人を支えるのが、僕の役目だ。

 背筋をしゃんとのばし、佇まいを直して真っすぐにサクラを見る。

「僕も、あなたの立場の大変さはわかっています。何カ月も気の休まらない他国に滞在するなんて……出来れば代わってあげたいくらいです」

「……」

「何といっても、帝国アリシアの妃争い。他国の姫との戦いは熾烈でしょうし、信じられる人間なんて一握りになってしまうかもしれません」

「……」

「でも、ヒィさま。ヒィさまには、僕が付いておりますから。どんなことがあっても、貴方の傍にいますからね」

「……ユキ」

 サクラはうつむき、口元をそっと抑えた。そんな彼女に向って、ユキはとびきりの笑顔で返事をする。

「はい!」

「えち袋、ぷりーず」

「へ?」


 うええええええええええええええ、とばかりに馬車に響く声。サクラ、リ・バース。ドレスの上に、リ・バース。

「さっきから車酔いが止まらなくて……我慢してたんだけど、もう、げんかっ……」

「うわああああああああドレスがあああああああ!

 そ、それより!とりあえず正露丸! とりあえず無敵の正露丸を!」

 その後はユキの阿鼻叫喚やら、何事かと思った老人が馬車を止めるやら、その他いろいろな処置がなされたがそれは置いといて。 


「すまねえ……オラ、とんと乗り物関係に弱くて……で、なんの話だったっけ?」

「いえ……もういいです。正露丸は本当に何にでもよく効きますねって話ですよ」

 他国の姫と戦う前に吐き気と戦っていたサクラの姿に、心配して損したと言わんばかりにユキは遠い目をした。そのたたずまいは、先程のサクラの数十倍の哀愁が漂っている。若き従者というよりは、仙人といった方がしっくりくるような雰囲気である。


 城を目の前にして、まさかの休憩。一行は近くの宿屋に馬車を停め、げろまみれになったサクラを部屋で着替えさせていた。

「ああ……もったいない。白のドレスがアレな色のドレスに……」

「なあに、たかがドレスだ。ぐちぐち言うんじゃないベ」

「ヒィさまのそこんところの金銭感覚が、ほんと王女様ですよね……」

 そんなことを言いながら浴槽を桶代わりにして、じゃぶじゃぶとドレスを洗う。幸い予備のドレスを持ってきていたサクラは、その後ろでいそいそと新しいドレスに袖を通していた。

 と。ふと、何かを思いついた様子でその手を止める。……ゆっくりと、ユキの方を振り向き、腕を通しかけたドレスをもって近寄った。

「なあ……ユキ」

「なんですか。って……早く着替えてくださいよ。下着ままでは風邪をひきますよ」

 女の子の下着姿を見てノーコメントか馬鹿野郎、といつもなら文句と拳を浴びせかけるのだが、今日のサクラは違った。そっと、ドレスをユキの背中に押し当ててうんうんとうなずく。

「やっぱり。ユキ、おめぇオラと服のサイズ一緒?」

「はい、まあ」

「んじゃ、このドレスユキが着ろ」

「はい?」



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