騎士科の女は、サバサバしてるが、自分をサバサバしているとは言わない。
騎士科の女は、階段落ちを助ける。ついでに伯爵家令息は墜落する。
昼休みも終わりに近づいたので、食堂を出ました。
パフェを食べに来た騎士科の女性は、遠い騎士科へもどるため足早に歩きだしましたわ。
食堂は中央ホールに面した2階にありますの。
中央ホールは、5階の高さのある巨大な吹き抜け構造になっていまして。
学園のさまざまな施設への交差点になっております。
大講堂、大図書館は、このホールに正面出入り口がありますし。
東翼へ行くにも西翼へ行くにもここを通りますのよ。
ですから、どの教室からでも、食堂には比較的早く移動できますの。
「大変ですわね。お帰りが遠くて」
ですけど、騎士科のある北第二棟だけは、別世界。
中央ホールから北へ続く廊下へ入って北棟へ行き。
一旦そこから外へ出て、学園の北の端にあるグランドを通って、ようやく北第二棟だそうです。
騎士科の授業には、実戦的な訓練や集団訓練、戦闘用の馬術や剣技があるために、敷地が広いのです。
地図で見ただけなので、本当にどれだけ遠いのかはよくわかりませんが……。
「仕方ないさ。パフェのためだからな」
「だからと言って、わざわざマイカップまでもってこなくてもよろしいのでは?」
「安物さ。お嬢様方の優雅なカップは、触ると割りそうでね」
この方、騎士科のトップだそうですけど……まだピンと来ませんわ。
「向こうにはないんですの?」
騎士科には、食堂もあるそうですが。
「ないよ。質実剛健であれ、だってさ。戦場ではパフェは食べられないそうだ」
「それはそうですわね」
この方も騎士科を卒業したら……すぐ戦場へ派遣されてしまうのでしょうね。
以前なら、騎士科を卒業した女性は、王妃様や王女様、王都の貴族令嬢の護衛に配属されたそうですが。
今年から、人材を有効活用するという口実で、前線にも配属されるようになったそうですもの。
その時、目の前の中央ホールから、
「きゃぁぁ! キルケ様何をぉ! あれぇぇぇぇぇ」
という絶叫。
「!」
わたくしの耳に届いた時には、騎士科の彼女は走り出しており、
「とう!」
ひらり、と中央ホールの手すりを飛び越えて大天井からぶらさがったシャンデリアの吊り鎖を掴み、
そのまま、ぶん、と揺れる勢いを利用して、大階段へジャンプ!
大階段の手すりに足をかけ、そのまま階段の中ほどへ着地。
落ちて来た女学生をキャッチしましたわ。
食堂や大図書館から出て来た方々から、一斉に歓声があがりますわ。
わたくしも思わず拍手しておりました。
「大丈夫か?」
「え……」
あらあら、お姫様抱っこされたピンク髪の女子『え、あ、すごい好み……』みたいな顔で騎士科の女性を見てますわ。
まぁそんじょそこらの美形令息より、よほど美形ですものね。
「どこか打ったか?」
「い、いえ」
それにしても……騎士科の彼女が助けた女学生見たことがあるような。
「ほんとうに大丈夫か?」
「は、はい」
「いくら慌ててても、足元はよく見ろよ」
「え」
騎士科の女性は、ピンク髪をお姫様抱っこしたまま、2階まで昇り。
2階の回廊にそっと置くと、
「じゃ!」
「ま、待ってください!」
行きかけた騎士科の女性のすそをピンク髪は掴みましたが、彼女は面倒そうに、
「勝手に助けただけだから、忘れろ。じゃ!」
再びさっさと行きかけるのを
「ち、ちがいます! あたしは突き落とされて!」
ピンク髪の瞳はうるみ、肩はちいさく震えておりました。
いかにも殿方の庇護欲をそそりそうな仕草ですわね。
「誰に?」
「キルケ様に! あの方はあたしが庶子だからって目の敵――」
「ベネット侯爵家のキルケ嬢なら、あそこにいるぞ」
「え」
ピンク髪は、ぎょっとした声でこちらを見て、思わずと言った感じで叫びました。
「な、なんで今日に限ってそこにいるのよ!」
ベネット侯爵家のキルケ様は、わたくしの隣で、まぁ、という顔で見ておりました。
隣のわたくしに。
「マグノリア様。私があの方を突き落としたのを見ましたか?」
「ベネット侯爵令嬢様。わたくしは見てませんわ。そもそもわたくしの後から出ておいでになりましたもの」
「ですわよね」
ベネット侯爵令嬢は、面白そうに付け加えましたわ。
「それにしても、いつもは我が侯爵家のサロンでランチをしているのですけど」
大貴族ともなると、学園内にそれぞれの家の私的な場所があったりするのですわ。
「こんなに素敵なパフォーマンスが見られるなんて、たまには食堂もいいですわね」
さて、あのピンク髪はなんでしょう?
わざわざベネット侯爵令嬢の名をあげるということは。
ベネット侯爵令嬢様の関係者……。
思い出しましたわ!
あのピンク髪!
ちょっとだけですが話題の女学生ですわ!
ベネット侯爵令嬢の婚約者の浮気相手。
というか、婚約者を寝取ったと噂のピンク髪!
リリサ・セキネライ子爵令嬢だったかしら?
騎士科の女性も、こちらを見て。
「御令嬢が立ってる場所。あんたを突き落とせる場所じゃないなぁ。しかも、落ちたあとであそこに出て来たが」
「でも、だって」
「まぁ、あんたが自分で落ちたのは、いろいろな人が見てるからなぁ。本当は、どうして落ちたんだ?」
「そ、それは、キル――」
「本当は、どうして落ちたんだ?」
「えっと、だからキ――」
騎士科の女性は、ニッと笑って、
「本当は?」
ピンク髪は観念したように
「じ、自分で――」
「キルケがリリサを突き落とすのを私達も見た!」
ホールの1階から空気を読まない喚き声がしました。
わたくしたちも騎士科の彼女も声の方を見下ろしました。
ピンク髪も、唖然とした顔でそちらを見ております。
すると、中央ホール1階、大階段の登り口に、何かを受け止めようとした形のまま、固まっている男子生徒が4人ばかり。
そのうちのひとりは、ベネット侯爵令嬢の婚約者、ボロス様です。
騎士科の女性は、彼らを見下ろすと、やれやれという口調で。
「ああ、そこで、落ちて来るこの子を受け止めようとしていたのか?」
「そうだ! お前がしゃしゃり出て来なければ――」
騎士科の彼女は、ピンク髪に笑いかけると。
「よかったな。あんたもあいつらも死んでたぞ」
「え。それは、どういう……」
「この高さから落ちたあんたを奴らが受け止めたら、あの顔真っ赤にしてわめいている奴もよくて骨折、最悪ふたりとも死ぬ」
「!」
男たちはぎょっとしたようでした。
だけど、気を取り直したように、
「ウソをつくな! 我々の愛なら受け止められる!」
「ほう」
騎士科の彼女は、何かを放り投げました。
あの安物のマイカップですわね。
カップは、くるくると回転しながら落下して、ホールの床で粉々になりましたわ。
砕け散る鋭い音と同時に、ざわついていた大ホールが静まりかえりました。
「それ安物だが、戦場でも使う奴だから結構頑丈だぞ。こうなりたかったのか?」
階段下の男達は青ざめ。
ピンク髪は「ひ」という声を漏らしましたわ。
物凄い説得力ですわ。
ベネット侯爵令嬢様が感嘆の声を漏らしましたわ。
「……物凄い説得力ですわね。あの方、何者ですの?」
「騎士科からパフェを食べにいらっしゃる方ですわ」
「……ミステリアスですわね」
「ベネット侯爵令嬢様なら、簡単にお調べになれるのでは?」
「それでは面白くありませんわ」
ボロス様は、ようやく気を取り直したらしく、
「わ、私達は安物のカップではない!」
「知ってる。騎士科だからな。人間の骨って結構簡単に折れるぞ。アレより脆い」
お取り巻き達は、砕け散ったカップを見て、自分の体を見て、再び黙り込んでしまいました。
ボロス様だけは、それでも、
「お、お前らうろたえるんじゃない! 何度も練習したじゃないか!」
騎士科の女性が、
「ここでか? この高さでか? ここって天井高いから、2階まででも普通の階段で3階の高さだぞ。よく五体満足で生きてたな」
騎士科の女性は、ニヤッと笑って。
「人目につかない階段で練習してたとすれば、大方、廃校舎の階段ってとこか。あの校舎は古いし、天井低いし、階段も踊り場があるから10段ないな」
男たち、今度こそ黙らされましたわ。図星だったのでしょう。
ピンク髪も、階段の一番上と、下を見て、ぶるぶると震えると、座り込んでしまいましたわ。
自分達のやろうとしていたことがどんなに危険で無謀だったか、ようやく悟ったのでしょう。
騎士科の女性はつづけますわ。
「それに、駆け付ける時、ちらっと見たんだが。あんたら、最初からその位置にいたよな」
「!」
「今、ホールの2階の手すりからこちらを見下ろしてる御令嬢全員が、あんたらを見ていた。そのうちの何人かは落ちる前からここで待ってるあんたらを見ただろうな」
男たちは、2階に鈴なりになって一部始終を見物しているわたくしたちを見回しまして、顔色を悪くしておりました。
彼らの計画では、こんな人数に見られる事態なんて、考慮していなかったのでしょうね。
「落ちる前からここにいた……落ちることが判ってたみたいだな」
ボロス様が、しどろもどろに、
「そ、そうではない! 落ちそうだったから――」
「なら普通。危ない! とか叫ぶもんだろう。咄嗟に受け止める準備なんかできやしないさ」
「し、素人ではない! わ、私達は何度も何度も――」
「もし仮に事前に知っていたのなら。やめろと言うべきだったな」
男たちは更に何か言おうとした時。
わたくしの隣で、ベネット侯爵令嬢が口を開きました。
「ボロス様。こんなことをせずとも、貴方との婚約解消には、いつでも応じましたのに」
「え」
「貴方は我がベネット侯爵家への入り婿、たまたま我が父と貴方の父が親友だったからにすぎませんのよ」
「う、うそだ! お、お前は! オレを愛してるはずだ! だってリリサを何度も――」
「情もない相手とはいえ婚約者に過度に近づく女に注意をするのは、いじめとは言いませんわ……ですが、よかったではありませんか」
「な、なにがだ!」
「貴方の希望通り、この婚約は解消されますわ。貴方の落ち度で」
「オレが何を――」
ベネット侯爵令嬢は、婚約者を見下ろして告げました。
「浮気の一度や二度で見捨てるつもりはなかったのですけど」
侯爵令嬢は、ふふ、とお笑いになりました。
「騎士様が、セキネライ子爵令嬢に『自分の不注意で落ちた』と言わせようとしていたのも判らず口を挟んだ時点で、貴方を見捨てることにしましたの。ご愁傷様」
そうですわね。
あそこで口を挟まなければ、リリサ嬢の不注意による転落で済ませることもありえたでしょうに。
ボロス様は、その場で膝から崩れ落ちになりました。
自分の未来が閉ざされたのを悟ったのでしょう。
取り巻き達も、わたくしたちの視線から逃げるようにあとじさり、逃げていきましたわ。
その時点で、騎士科の女性は姿を消していましたわ。
このまま事情でも聴かれる羽目になったら騎士科の授業に間に合いませんもの。
それに、なによりも面倒だったのでしょうね。
※ ※ ※
目撃者が多数いたのに、ベネット侯爵令嬢が突き落としたのを見た人はおりませんでしたわ。
男たちが事前にいたことと。落ちたピンク髪が階段のところでうろうろして何かを待っていたのは多数が見ておりました。
三日後には。
逃げた男達と、階段から落ちた女は学園から消えましたわ。
ベネット侯爵令嬢を始めとする何人かが婚約を結び直したようですわ。
ボロス様は廃嫡はされなかったものの、退学して田舎の領地に引きこもらせられた、とか。
※ ※ ※
そして、騎士科の彼女は今日も食堂でパフェを食べていますわ。
「そのカップはどうしたんですの?」
「買った。安物とはいえ月末には痛い出費だった。その上、舎監にも呼び出されるし、人なんて助けるもんじゃないな」
「なんの迷いもないように見えましたわ」
「仕方ないだろ。体が動いちまったんだから」
「そう言えば、貴方がお助けになった、あのピンク髪の御令嬢がどうなったかご存じですの?」
きっと、知らん、という返事だろうな、と予測していたのですが。
「平民に戻って、元々住んでた町のパン屋に勤めるんだとさ」
「え? ……なんでそんなことをご存じですの?」
「退学する日に、あいさつに来たよ。救ってくださってありがとう、だってさ」
「……」
あの方、自分でって言いかけてましたものね。
あの場で認めようとした、ということが情状酌量の余地ありとされて、平民落ちで済んだようです。
「ま。夢を見るくらい誰でもあるわな」
子爵家の庶子。それが伯爵令息に懸想されれば、夢も見ますわよね。
もっとも伯爵令息の方は、あの場の反応を見る限り、婚約解消されるとは考えてなかったようでしたわね。
婚約者の悪い印象を広めて、マウントでも取ろうとしたのでしょう。
「覚めてよかったですわね……」
「そのうち菓子パンでも差し入れてくれねぇかな……」
「そういえば最近。以前より食堂でランチするひと増えましたわね」
「まぁ、パフェが喰えれば、問題ないけどな」
ああ、ご本人は気づいていないみたいですわね。
食堂に来る方が増えたのは貴女のせいですのよ。
騎士科の女性。しかも、その辺の令息なんか話にもならないくらい格好いい女性が、
ふらっと食堂に現れるようになって、しかもパフェを食べるためだけに!
みなさん、貴女目当てなんですのよ。
だからあんなにも目撃者がいたんですわ。
あの日、ベネット侯爵令嬢が食堂へ来ていたのも。
貴女目当てだったんですのよ。
まぁ、本人には言いませんけどね。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




