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「ねぇ、ジョシュアどうする?やっちゃう?」
「………」
隣にいるヒューはウキウキしながら言ってくる。
ジョシュアは頭が痛くなりそうだった。
朝、元イグニス男爵領に行くためにヒューと合流した。
ピクニックと勘違いしたのではと思うようなサンドイッチを母に渡された時から、ジョシュアの苦労は始まっていた気がする。
行った事が無い場所への転移は出来ない。しかし見えている場所には転移出来るため、なるべく遠くの景色へ転移を繰り返し、イグニス領についたのは昼前だった。
「行った事がない所には行けないって不便だよなぁ」
横を歩くヒューがぼやく。
「転移陣が無くても移動出来るんだから文句言うなよ」
「ねぇ、街が消えるほどの水害があったって聞いたけど、意外と家は建ってるんだね」
人の話を聞いているのかと言いたくなるくらいヒューは自由だ。
「そうだな」
確かに不自然な平地は広がっているが、ポツポツと家が建っていた。
「あ、あれじゃない?元男爵家の屋敷跡って」
一際大きい崩れた塀の跡を指差しながらヒューが言った。
「あれか…」
アリスの実家だった場所。
今は瓦礫が積まれかつての屋敷は見る影もない。
「待て、誰かいる」
ヒューの腕を掴み足を止める。
塀の奥、瓦礫を踏みながらフードを被った人間がいる。
ガタガタと遠くからも音がするから複数人のようだ。
「いかにも怪しいですって見た目だよね」
「ああ。何か探しているのか?」
たまに瓦礫を持ち上げ、明らかに何かを探しているようだ。
「爵位を返上した屋敷跡を探すって…」
(わざわざそんな手間をかけるなんて、おかしくないか。イグニス家に何か秘密でもあるのか…)
アリスの実家跡を荒らし、その上平民になったアリスをつけ回し危険に晒している奴らかもしれない。
「おいヒュー、お前姿を隠せるか?」
「多分?迷彩魔法みたいな感じでいい?」
「ああ、ここは姿を隠すところが無さ過ぎるから」
声が聞こえるほど近づく事は出来ないが、せめて監視はしたい。
「ねえ、何を探してるのかな」
「さあな。せめてアイツらがどこから来たかだけでも知りたい。流石に転移陣もない場所で転移は無理だろう。様子を見よう」
それから一時間ほど瓦礫の中を探し回っていたが、そのうち屋敷から出て行った。
「後をつけるぞ」
「了解。なんかワクワクしてきた~」
「遊びじゃない」
「は~い」
(分かってるのか、こいつは)
ジョシュアは緊張感の全くないヒューに苛立ちながらも、距離を保って後をつける。
しばらく歩いて行くと三人はボロボロの小さな小屋に入って行った。
「あんな所が隠れ家って事?」
「分からない」
二人は出来る限り近くに寄ってみる。
「ねぇ、人の気配無くない?」
「もしかして転移陣か」
ジョシュアは小屋の隙間から中を覗いた。中には誰もいない。
「ヒュー!中に入るぞ」
「え?いいの?」
二人が中に入ると人気は無かった。長居をするような場所ではないらしく、床には物が散乱している。
奥に進んで破れた絨毯を剥がすと、何か模様が見える。
「転移陣だ…クソっ!」
これでは跡は追えない。
「あ、転移陣だね」
そう言うとヒューは陣に手をかざす。
「今なら追えるよ、多分」
「は?」
「もう少ししたら魔力の痕跡が消えそう。どうする?」
規格外の弟は転移陣から痕跡を辿れるようだ。
「お前…そんな事出来るのか…」
「多分だけどね」
「でも、今転移したらアイツらと鉢合わせるだろ」
「鉢合わせたならやっちゃえば良くない?もしくはすぐにどっかへ転移しちゃおうよ」
ヒューは天才だが、出来るだけ準備をして動きたいジョシュアには、こういう所は全く理解出来ない。
力でねじ伏せる事が出来る分、慎重さが皆無だ。
(でも今を逃したら次はいつ見つけられるか分からない。放っておけばそれだけアリスさんに危険が及ぶかもしれない…)
「魔力を追えるギリギリまで粘ってから飛べるか?」
「いけると思うよ。でももうそろそろだね。行くよ!」
ヒューはジョシュアの腕を掴むと、転移陣に引っ張り込んだ。
ぐわん、と転移する感覚がする。
目を開けるとそこは山の中だった。
急いで周囲を見回すが誰もいない。
「ここは…テール山か」
麓にグレドの街だった場所が見える。
アリスの実家跡も。
「足跡があるよ。行ってみよう」
「ああ」
二人は無言で足跡を辿る。
どんどん山を登って行くようだ。
「ヒュー、ちょっと待って」
「体力なさ過ぎだよ、ジョシュア」
筋肉の無い自分が恨めしい。
魔法を使うのに困らないからと特に鍛えていないジョシュアは、戻ったら筋トレをしようと心に誓った。
「洞窟…?」
足跡は洞窟の中に続いている。
二人は顔を見合わせて頷き合った。
「行ってみよう」
「うん」
二人が並んで歩ける程度の入り口だったが、段々と通路が広くなっていく、
洞窟の壁はツルハシのような物で削った跡が見える。
「誰かが掘ったのか?」
イグニス領に鉱山は無い。
にも関わらず人が掘った洞窟があるのは不自然だ。
「待て、誰かいる」
ドンドン進んでいくヒューの腕をジョシュアが掴んだ。
先程の人物達が話をしているのが聞こえる。
「どれだけ探してもあの屋敷には何も無かったぞ」
「元男爵は北方の奴らの目があって手が出せないしな」
「娘の方を捕まえればいい。何も吐かなければ売り飛ばせばいいだけだ」
「そうだな」
フードの男達の会話に、ジョシュアは身体中の血が沸騰するようだった。
娘というのはアリスの事だろう。
奴らはイグニス家の何かを探している。
そのための標的としてアリスを選んだのだ。
(奴らが彼女を…!)
ヒューがそっとジョシュアの腕に手を置く。
「落ち着いて。魔力が漏れてる」
「ごめん…」
自分らしくない。
アリスの身に危険が迫っている事を改めて知って、怒りでどうにかなりそうだった。
ヒューがいなければ、多分暴れていただろう。
「あのドラゴンをどうにかすればいいんだろ?そうすりゃこの国もお終いだ」
「ただ暴れるだけじゃ駄目だ。アイツを使えるようにしなけりゃ意味がない。領地の山の事だ、あの男爵家が何か知っているに違いないからな」
「せっかくの厄災だったのに、デメル王家が腑抜けだからな」
(ドラゴン…?デメル王家…?)
隣国デメルの人間なのだろうか。
しかし王家と繋がっているわけではなさそうだ。
「厄災のうちに攻めちまえばいいのによ。王家はそれに及び腰なのさ。カーティス公爵様の方がよっぽど国王に向いてるよ」
(カーティス公爵…確かデメルの筆頭公爵家か…)
ジョシュアは段々話が見えてきた。
この三人はカーティス公爵家が雇った人間だろう。
そしてこの山にはドラゴンがいるのだ。
「ヤバい魔導騎士がいるんだろ?北の英雄の息子とか言ってたか。だとしても相手も人間なんだから何とかなるだろう」
ジョシュアは思わずヒューを見た。
「ヤバい魔導騎士だって~」
何故か嬉しそうにヒューが言った。
その様子にジョシュアは目を剥きそうになった。
(アイツらは馬鹿なのか。この《《ヤバい》》弟を何とか出来るとでも?)
「ねぇジョシュア、どうする?やっちゃう?」
ニコニコしているヒューを見ながら、ジョシュアは頭が痛くなりそうだった。
(最悪だ…)
「捕まえて吐かせればいいよ。俺そういうの得意だから」
「………」
どうしたものかとジョシュアは悩んだ。
奴らがどうにか出来ると思っている《《ヤバい魔導騎士》》をけしかけるか。
多分ヒューは嬉々として暴れるだろう。
生かして捕まえられるか?
かといって北方騎士団が来るまで時間を稼げるとは思えない。そもそもここは中央騎士団の担当だ。他の騎士団内で動くには許可が必要だろう。
しかもわざわざ隣国に転移陣を設置するような奴らだ。きっとここにも転移陣があるのだろう。
アリスの笑顔が頭をよぎる。
(アリスさん…)
放っておけば彼女の身に危険が及ぶ。
(彼女を守る権利が欲しい…)
そうすれば自分の目の届く範囲に彼女を置ける。守る事が出来る。
今の自分にできる事はせいぜい、防御魔法をかける程度だ。
しかも無理矢理に。
(やるしかないか)
ヒューの心配はしていない。
弟は何か別の生き物だと思っている。
自分の理解からは程遠い場所で生きている。
「ヒュー…やろう」
「そうこなくっちゃ!」
言うや否や、ヒューが飛び出した。




