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アリスに何か危険が迫っている。
本人の持ち物と部屋には防御魔法をかけたし、もし発動すればジョシュアには分かる。ピアスに関しては居場所が分かるようにしたからそれを目指して転移すれば良いだろう。
しかし一体なぜアリスが?
もしかして彼女を狙う男が?
自分の行動も若干ストーカーじみてはいるが、生活を覗き見る訳ではないのでとりあえず許してもらおう。
わざわざ後を付けて部屋まで突き止めるなんておかしい。
もし水害の事が隣国絡みだったら?
しかし今更返上した領主の娘に何かするだろうか。
アリスの部屋に向かいながら考えていた疑問がグルグルと頭の中を回る。
彼女の危険を一つずつ潰していくしかない。
そう決めてジョシュアはアリスの家から北方の実家へ転移した。
リビングに急に現れた息子に、さすがの母も立ち上がって驚いた。
「ちょっとジョシュア!帰ってくるなら玄関から入ってきて!」
「ごめん母さん!父さんいる?」
「さっき帰ってきたわよ。二階にいるわ」
「ありがとう!」
母の言葉を聞くと、ジョシュアは階段を駆け上がった。
ノックもそこそこに父の部屋に入る。
「何だジョシュア、急に帰ってきて」
「聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「元イグニス男爵領のこと。ゼルク様から何か聞いてる?」
着替えをしていた父ライオネルはその手を止めた。
「…何でお前が知ってるんだ」
「何かあるの?教えて。気になる事がある」
「何が聞きたい」
北方騎士団で魔導騎士をしているライオネルは、北方騎士団長でフォーセライド公爵家当主ゼルクの元で働いている。
フォーセライド家の家門魔法は密偵能力。信頼している寄子のみに明かされているもので、ジョシュアもバードナー伯爵家の当主教育の中で教えられた。詳しい事は知らないが、国内で何か怪しい動きがあれば情報が入ってくるはずだった。
「元イグニス男爵領の水害の事。あそこはテール山で隣国とも地続きだ。出来れば調べたい」
「なぜ急にイグニス領の事を…」
「それは…」
自分らしくない勢いだけの行動だった。
もし父が情報を持っているなら必ず聞かれるはずなのに。
「元イグニス男爵令嬢が最近誰かに狙われている。家もバレてるし、このままだと彼女が危ない。彼女には防御魔法をかけたから何かあればすぐに分かるから、とりあえずイグニス領の水害の事から調べようと思って」
「…恋人か?」
「…友人」
間違ってはいない。
恋人ではないのだから。
「そうか」
「水害の報告書を読んだ。雨季でもないのに突然の大雨はあまりにもおかしいなって。テール山から流れる川の氾濫も不自然だ。街一つ消えるほどの水害なのに先見が出てないのは人災だとしか思えない。だから明日、行ってこようと思う。知っている事があれば教えて」
じっと父の顔を見る。
もし教えてもらえなければ自分で探すまでだ。
それでも少しでも情報が欲しい。
「最近グレドにある男爵屋敷の跡地でおかしな連中を見かけた者がいる」
「おかしな連中?」
「何もない場所を掘ったり、何かを探しているようだったと。瓦礫をひっくり返して探していたそうだ」
「何のために?」
「分からん。被害も無いから様子を見ているようだが、ご令嬢が狙われているとなれば話は別だ。たまたまならば良いが…」
「ねぇ、元男爵一家はどこにいるの?」
アリスからは一度も聞いた事がない。
話したくないのだろうとは思っているが。
「北方にいる。爵位を返上してから移住申請をしてこちらで暮らしているよ」
「え?」
そんな事、アリスは一言も言わなかった。
ジョシュアが北方出身だと分かっていたのに。
(僕は彼女に嫌われているのか…)
考えたら落ち込みそうだ。
防御魔法だってイグニス領の事だって、ジョシュアが勝手にやっているだけだ。
彼女が望んでいるわけではない。
お節介なのは分かっているが、それでも知ってしまった以上放ってはおけない。
「明日行くならヒューも連れて行け」
「え?何で」
「何もなければそれでいい。お前達は自分の力を過信し過ぎるところがあるから、何かあった時二人の方が安全だ。あとヒューが休みの度に公爵家に行くからゼルク様の愚痴が止まらない。あの方の平穏のためにもな」
「それは…大変だね」
「もうすぐヒューも帰ってくるから夕飯でも食べて行け」
「うん。ありがとう」
ジョシュアは父と一緒にリビングへ向かった。
しばらく待っているとヒューがリビングに転移してきた。
「ねぇ、うちには玄関から入ってくる息子は居ないの!?」
「ごめん母さん。面倒になっちゃった。あれ?ジョシュア久しぶり~」
「お前この前うちに来たばっかりだろ」
「そうだっけ?で、どうしたの?」
ダイニングの椅子に座りながらヒューが言った。
「ヒュー、明日ジョシュアと一緒に元イグニス男爵領に行って来い」
「え?やだよ。せっかくの休みだよ?マーガレットに会いたい」
「お前が休みの度に公爵家に転移するせいで、ゼルク様の心が休まらない」
「え~」
弟のヒューはフォーセライド公爵の末娘マーガレットの事が大好きだった。
幼い頃に恋に落ちてから彼女一筋。執念のすえ念願叶って恋人同士になったが、マーガレットの父であるゼルクはなかなか複雑なようだ。
「頼むよヒュー、ついて来てくれたらお兄ちゃん嬉しいな」
「怖いよジョシュア。理由は?」
「調べたい事があって」
ジョシュアはアリスの事をヒューには絶対に知られたくないと思う。弟はエリオットと同じタイプだ。
「調べたい事?」
「一昨年の水害の事。先見も出ないのに水害で街が一つ消えたんだ」
「あーあったね。フリード侯爵家何してるの?って思ったよ」
「エリオットも気にしてる。人災だと先見は出ないらしいから」
「人災なの?」
「分からない。だから調べたい」
「ふ~ん。いいよ、ジョシュアが俺に頼み事なんてそれなりの事でしょ?」
「うん。ありがとう、ヒュー」
「とりあえず食べなさい。ジョシュア、今日泊まるの?」
「ううん。食べたら一度帰る。朝にまた来るよ」
「分かったわ」
魔力量のおかしな三人に囲まれている母は慣れっこなのだろう。
王都から転移をしてくる息子を気にするそぶりもない。
久しぶりの実家での団欒に、ジョシュアは少しだけ心が安らいだ気がした。




